第21話 レディキラー④~ビトウィーン・ザ・シーツ~

 俺もホテルから水着を借りて、プールに入った。ぷかぷかと浮いているといつの間にか隣にリルハが泳いできていた。


「何考えてるの?」


「別に何も」


 ほんとはリルハをどうやってここに呼んだかを思い出そうとしている。だけどリルハはどうやら何か誤解したらしい。


「やっぱりお母さんのこと?」


 俺はそれを聞いて視線だけをリルハに向ける。母については一応ケリがついている。よほどのことがない限り、思い出してもフラッシュバックはしない。


「どうしてあたしたちのお母さんは優しくなかったのかしら?」


「さあね。自分のことでいっぱいいっぱいだったんじゃないのかな?」


 俺の母は少なくともそういうタイプだったと思う。自分が一番だった。父も俺も母の一番にはなり得なかった。いいや。違う。俺は母の一番大切にしているものを…。


「それってきっとおかしいわよね?だってあたしこんなにもあなたのことを…」


 リルハは俺にキスをしてくる。そして俺とリルハはキスしてままプールの底へと沈んでいく。柔らかなリルハの体の感触と、生温かなプールの水が俺に心地よさを覚えさせる。だけどここにはずっといられない。息は絶対に続かない。だから俺たちは自然と水面に戻る。俺とリルハは抱き合って、見つめ合う。


「ねぇだから赤ちゃんはなくのかしら?お母さんのお腹の中は息苦しいから」


「そうかもしれないね。確かにそうだ。母といるといつだって息苦しくて声も出なかったんだ。俺はきっとそうだった」


 いつも誰かが俺たちを息苦しくしている。だけどそこから逃げれば今度は別の誰かに息を止められてしまう。リルハは特にそうだ。母から今度は別の男へと逃げて、結局息ができないままだった。








 俺はカウンターでバーテンさん相手にベースのことを語っていた。だって他に話す話題が俺にはないから。自分で言うのもなんだけどなかなか退屈な人間だと思う。そんなときだった。


「ちょっといいか?」


 香坂が俺に話しかけてきた。一瞬お持ち帰りがバレたのかと思って警戒したけど、相手はのほほんとしている。


「小鳥遊にバンギャが絡んでるんだ。追っ払うのを手伝ってほしい」


「はぁ?なに?バンギャが絡む?どういうこと?」


「そのままの意味だよ。バンギャたちがライブの時からずっと小鳥遊に絡んでるんだ。おかげで二人で過ごす時間がないんだ」


「あ。そういうこと」


 この俺を利用してバンギャたちを追い払うとかなかなか香坂もしたたかなやつである。


「わかったよ。いいよ。なんとかしてやる」


 こういうしたたかさは嫌いじゃない。好きな女を手に入れるためにする努力を俺は憎めない。香坂がカウンターからいなくなった後に、俺はバーテンにカクテルを頼む。


「癒し系でポカポカなやつください」


「でしたらビトウィーン・ザ・シーツなんかどうでしょうか。寝入りカクテルなので穏やかな気持ちになれると思いますよ」


 マスターが入れてくれたカクテルを俺は飲み干して立ちあがる。そしてクロークに行ってベースを取ってくる。そしてカラオケステージのところへ行ってマイクを握る。


『はーい!にじかいのみなさーん!盛り上がってますかー!』


 俺がそうアピールするとステージの近くにバンギャ系女子というか、会場のほぼすべての女子が集まってきた。もちろん小鳥遊に絡んでいたバンギャたちも俺の近くに集まってきている。


『今日やった曲のベース弾き語りバージョンにチャレンジしようと思いまーす!ぜひ聞いてくださーい!』


 集まった女子たちから歓声が響く。そして俺はベースでの弾き語りにチャレンジする。普通ギターじゃね?みたいに思うけど、やってやれないことはないはず。


「~~~~~~♪」


 ベースで曲のメロディーを弾きながら歌う。何とか形にはなった。目の前の女子たちもうっとりと俺の歌に聞き惚れているようなのでうまくいっているようだ。そして何とか一曲を歌いきれた。


『ご清聴ありがとうございましたー!』


 客の女子たちからは拍手が巻き起こる。さらにやって欲しそうな空気感を感じるけど俺は大人しく下がることにした。香坂の方を見るとリルハと二人きりで楽し気に話せているようだし、うまく言ったように思える。


「お疲れ様です。こちらはサービスです」


 バーカウンターに帰ってくるとバーテンさんからおつまみの味噌漬けのチーズが差し出された。そのチーズを爪楊枝で刺して食べると酒でバカになっているはずの舌でさえも痺れさせるほどに美味かった。


「滅茶苦茶うまい!なにこれ!」


「わたし昼は赤坂のフレンチでシェフをしております。よろしかったらいらっしゃってください」


「まじかい。うん。フレンチしたことないし、その時はよろしく」


 バーテンさーんはにっこりと笑った。そして二人で適当にお喋りしていたのだが、途中バーテンさんがふっとVipエリアの方を見て俺に言った。


「あれさっきのお客様とそのお連れの女の子ですよね。なんか揉めてるようですね」


 俺もそちらを見ると、香坂となんかいかにもブイブイ言わせている広告マンって感じのおっさんがいた。その間で小鳥遊は俯いて気まずそうな感じだ。俺はそっと彼らの傍に近づいて、会話を盗み聞きする。


「だからちゃんとお金は払うから俺たちの席に来て欲しいって言ってるんだよ」


「だめだ!今日はパパ活とかそういうことは絶対にやらせない!」


「ふーん。でもさ。君よりこっちの方が彼女だって楽しいんじゃないかな?こっちには若手のイケメン俳優もいるし、今日のライブの出演者だっているんだよ。絶対に楽しいって。来なよ」


 おっさんはリルハに手を伸ばそうとした。しかしおっさんのその手を香坂は思い切りはたいた。


「痛い!何すんだこの野郎!」


「おまえこそ彼女の意思を無視して何しようとしてるんだ!」


「これくらい普通だろう!それにギャラ飲み代はちゃんと出すって言ってるんだけど!それなのにふつう殴るか?!ばかかおまえは!」


 なんだろう?おっさんの方が被害者っぽく見えるんだけど?あれ?これ香坂を助ける必要ある?


「キミの彼氏大丈夫?まともじゃないよ。たかがギャラ飲みくらいでなんでこんなにイキって来るのさ…わけわかんない…」


 おっさんはリルハに向かって文句を言っている。でも気持ちはわかる。


「そうやって女の子を金で何とかしようって考えが気に入らないんだよ!」


「いや。ちゃんと対価を払ってるんだけど…。べつに相手をどうこうしたいんじゃなくて、お金の分だけサービスしてねって話をしてるんだけど…」


「そうやって金で買われる女の子が傷つかないって思ってないのかよ!」


「やりたくないならやらなきゃいいだけじゃない?もちろん俺はギャラ飲みして欲しいけど、そっちの地雷ちゃんからは今のところイエスもノーも聞いてないっていうか、君が勝手に喋り倒してるっていうか」


「彼女だってやりたくないのにやらなきゃいきていけないんだ!!馬鹿にするな!」


 そう言って香坂は拳を振りかぶる。ちょ?!まず!俺は今にも殴られそうなおっさんの前に立つ。そして顔だけをガードして香坂に腹を殴られた。


「ぐふぅ!」


 そこそこダメージが腹に入った。だけど運よく筋肉の部分に拳が当たったので、そこまで痛みはない。


「キミ大丈夫か?!」


 おっさんは俺の顔を覗き込んで心配そうにしている。そして香坂を睨んで。


「どういうつもり?酒に酔った勢いでこういうことするのはいくら何でもアウトなんじゃないかな?!」


 おっさんがガチギレしている。香坂も流石に俺を殴ってしまったことに衝撃を受けているようで、真っ青な顔になっている。


「まあまあ。すみません。この子たちは俺が招待したお客さんです。彼の粗相は俺に責任があります。代わりに頭を下げます。許してくださいお願いします」


 俺はおっさんに頭を下げる。招待客の粗相は招待した奴の責任だと俺は考える。


「そんな!綾木君!頭を上げてくれ!君がそんなことをする必要なんてないよ!!」


 おっさんは俺の背中を撫でて頭を上げさせる。そして香坂を睨む。


「君は友達にこうやって代わりに謝らせるのか?」


 香坂は体を震わせていた。何かをぶつぶつ呟いているけど、よく聞こえなかった。


「すみませんでした!あたしのせいです!」


 小鳥遊もおっさんに頭を下げる。


「あたしがちゃんと態度を決めればよかったんです!ごめんなさい!彼のことを許してあげてください!あたしはギャラ飲みオッケーです!ただでもいいので!引き受けます!ですから許してください!」


 女の子がきっちりときれいに頭を下げるとおっさんとしてはお手上げだろう。


「わかったもういいよ。だけど綾木君。君には申し訳ないけど。その男の子はこの会場から追放してくれないか?さすがにその顔を見るのは不愉快だ」


「わかりました。それは仕方ないですね。香坂。いくよ」


 俺は香坂の手を引っ張って会場の出入り口まで連れていく。


「ごめん。俺はただ彼女がまるで馬鹿にされたと思ってそれで」


「その気持ちは理解する。だけどお前の行動が他人の迷惑に、ひいては彼女の迷惑になる可能性は自覚しろ。道徳的に正しいから、その場での行動が正解だとは限らないんだ。もっと大人になれ。いいな?今日はもう帰ってくれ」


 俺はそれだけ言って香坂を店の外へと追い出した。そして広告のおっさんのところへと戻った。


「綾木君。君は立派だね。あんな友達の粗相なんてかばう必要ないのに」


「いや。まあ。なんか。恋愛とかには一生懸命なんで…手助けはしたくなっただけですよ」


「そうか。でも私も誤解してたね。バンドマンっていうのはけっこうルーズなところがあるけど、君は違うんだね。どうかな?今私が手掛けているCMのテーマソングを探しているところなんだけど。Breaking Sad Storyさんに頼もうかなって思うんだけど」


「え?いいんですか?!」


「ああ。君の誠実さには感心した。きっといい仕事ができると思う。こっちからリーダーさんに企画を持ち込むから近いうちに一緒に仕事しよう」


 おっさんは俺に手を差し出してくる。俺はそれを握り返して、ぶんぶんと大きく握手した。


「まあ堅苦しい話はもうおしまいだ!そっちの地雷ちゃんも来なよ!シャンパン入れてるから楽しいよ。もちろんギャラ飲み代は払わないからね!あはは!」


 俺と小鳥遊はそのままVIPルームに誘われた。そこには最近売れてきたイケメン俳優やほかのバンドのメンバーや業界人たちが女の子侍らせて楽しんでいた。


「こういう席は初めてね…ちょっと興奮してきたかも」


 俺の隣に座るリルハはちょっと楽しそうな笑みを浮かべている。


「そりゃいままでのおっさんたちよりここのおっさんの方がリッチだからね。ああ、あと香坂についてはすまなかったね」


「あなたが謝ることじゃないわ。むしろ大事にしてくれなかったのだからこっち感謝しなきゃダメよね」


 そして俺たちは他の人たちと一緒にシャンパンを乾杯する。小鳥遊は広告おっさんと楽し気に話していた。広告おっさんよく見るとイケメンだしな。話も面白いし。だけど俺のことを忘れてもらっては困る。俺は話す小鳥遊のブラウスの背中の襟にメモを入れる。


「きゃ!?」


「うん?どうかしたの?」


 広告のおっさんがリルハを気遣う。


「あ、すみません。俺が彼女の背中にちょっと悪戯しただけです。だってイケオジとだけ喋って俺に構ってくれないんだもん」


「いや。何言ってんの。むしろ今日の主役は綾木君でしょう!会場の女の子の視線を独り占めしてたくせに!あはは!」


 広告のおっさんの言葉に、VIPルームのみんなも楽しげに笑う。まあこういう飲み会もなかなか乙なもんだ。俺はVIPルームの中でいろんな人たちとお喋りした。業界人たちとの繋がりが増えていくのを感じる。そして俺が席を外している間、リルハは俺が背中に入れたメモに気づいてそれを読んでいた。彼女とテーブルのシャンパンの瓶越しに目が合う。俺が笑うと、カノジョは恥ずかしそうにはにかんだのだった。









 香坂追放しちゃったのかよオレェ?!やばいな最近の流行りだとざまぁされるらしいじゃないか。リルハと手を繋いでぷかぷかとプールに浮かびながらそんなくだらないことを考えていた。


「そろそろ上がりましょう」


 俺たちはプールから上がる。そして水着を脱いでリルハと一緒に風呂場に入る。


「私。も。入る」「うちも塩素ながしたい!」「ずるい!わたしも!せんぱいの背中流してあげる!」


 そして俺たちは五人でシャワーを浴びてそこそこ広い浴槽にみんなで一緒に入った。四人の美女を侍らせて一緒にお風呂。極楽だとおもう。だけど。


「ところでこれって、四股なのかしら?」


 リルハの一言が俺たちの奇妙で居心地のいい関係に楔を打ち込んできたように思えた。そして浴槽の上で彼女たちの視線の火花が散った。そう見えたような気がする。


「ああ。まったくやれやれだぜ」


 俺はラノベ主人公のように、余裕なポーズでやれやれとした。ように見えてたらいいなって思いました。


---作者のひとり言---


香坂君が追放された?!レイジ君ぴーんち!ざまぁされるのか?!考えるだけで恐ろしい…!



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