第13話 俺が先にセックスしたのに…その3

 恋愛に興味のないという女の子に思いを寄せている小川君はすごいと思う。


「小川君の好きな人の名前出せないのってなんで?」


 けっこう酔いが回ってきた頃、オシャボ君が果敢にデリケートなところに切り込んでいった。


「あー。うん。やっぱり気になっちゃうよね…」


 小川君はビールを一気に飲んでから深く息を吐いて言った。


「僕の好きな人は声優の卵なんだ。高校の頃にすごく頑張って今は大手事務所の傘下の劇団で研修生として修行してるんだ。そろそろデビューも近いんだ」


「あー声優か。それはきびしいなぁ。ファンにバレたらあかんやつやん」


 オシャボ君がすげぇ同情している。逆に俺ははてなが浮かんでいた。


「うん。彼女とは幼馴染だから夢を叶えて欲しい。けどその夢の足を引っ張るなんてできないよ…」


 悲し気に呟く小川君に哀愁を感じる。これが恋愛の苦しみなのか。まあフラれた俺にもその気持ちの多少はわかる。だけど。


「でもバレなきゃ良くない?昔アイドルとヤったことあるけど、バレなかったよ」


「おまえはロクなことをやってないね?!お前をフッた女の子たちは見る目合ったよ!」


 オシャボ君のツッコミがすごく胸に刺さる。

 

「え?まじ?フラれて当然の人間?」


「うん。アイドルに手を出すのはあかんわ」


「さすがに僕もそう思うよ。アイドルは駄目かな」


 駄目かぁ。でも向こうも彼氏と別れたばかりでノリノリだったみたいだったけどなぁ。駄目なのかぁ。


「でも案外ばれないよ!声優さん業界よくわかんないけど!そんなの心配してもしょうがないと思う!確かに相手の夢は大事だけど!小川君の恋だって大事なんじゃないのかな!」


 俺自身ロクな恋愛経験はないけど、夢と恋って天秤にかけるようなものなのだろうか?少なくともうちのクズどもはそんなものを気にして生きてはいない。女と恋をしたりヤリ捨てしたりしながら夢を追いかけている。


「レイジ君。そんなこと言ってくれたのは君がはじめてだね。僕の恋は彼女の夢に比べれば小さなものだって思ってた。ううん。今でもそう思っている。けど。この思いに嘘はつけないよね…!」


 けっこう酔っているけど、目は真剣そのものだった。だから俺は恋に頑張ろうとする小川君に二枚のチケットを渡す。


「これ今度うちのバンドがやるライブのチケット。渋谷でやるから学校からも近いし、君の好きな人と一緒に来てよ。すっげー盛り上げてみせるからさ!二人の気持ちだってもしかしたら盛り上がるかもしれないし!俺は二人を応援するよ!!」


「レイジ君!本当にありがとう!君って見た目はアレだけどいい人だね!」


 小川君はチケットを手に感動をしているようだった。


「必ず一緒に行くよ。その時は僕の好きな人を紹介するね」


「はは!楽しみにしてるよ」


 なんだろう。自分の恋はちっとも進まないのに他人の恋を応援してしまった。でもまあこういう回り道もいいのかもしれない。小川君が好きな人とうまく言ったら、ニコとのつなぎ役とかやってくれるかもしれないしね。人生何が起こるかわからないし、こうやって人と繋がっていくべきなんだろう。だから今度のライブはがんばらないといけない。そう思った。













 ある日。オシャボ君と俺は原宿の服屋を回っていた。


「これどう?」


「いいんじゃない?落ち着きがある感じ」


 東野さんと来ていくデートの服選びを俺は手伝っていた。そしてだいたいの買い物を終えて、二人でタピっていた時にふっと思った。


「ところでさミカさんはどこの学校の人なの?うちの大学では見たことないけど」


「ああん?ミカさんは帝都藝術大学だよ。隣のギャルちゃんもだけど」


「へぇ。芸大ねぇ。すげぇチャラそう」


「おまえには言われたくないと思うぞ」


 オシャボ君とミカさんに繋がりがあってよかった。タエコは学内で見たことないから他大だとは思っていたけど、これで再会の目途が立ちそうだ。


「そういえば今日その芸大で展覧会やってるんだよ。高橋っていうこの間の飲み会で会った芸大生にチケット貰ってさ。どうせなら行く?」


「いいね。どうせ暇だったし行くよ」


 そして俺たちは芸大で行われているという展覧会に行くことになった。






 芸大のキャンパスはなんというか俺らの大学とは雰囲気が違う。なんといえばいいんだろう。おっとり感?そんな感じ?展覧会は芸大のキャンパス内にある美術館の一部スペースでやるらしい。


「うーん。これが藝術かぁ!ぜんぜんわからん」


「安心してよ。俺もよくわからん」


 二人で見物していたけど、よく理解できなかった。へんてこりんなオブジェクトや、落書きのような人物画、絵の具をぶちまけただけにしか見えない謎の絵等々。きっと俺らに教養がないからわからないのだろう。でも一つ目を引くものがあった。


「これエロッッッ!」


 オシャボ君がちょっと興奮している。


「確かになんかエチチだな。ていうか出来がいいし、思いが伝わってくる感じあるね」


「そう言っていくれると嬉しいです」


 振り向くと人の良さそうな繊細感のある男がいた。この間のタエコと会った飲み会で見たことある顔だ。たしかタエコのマンガトークに付き合ってたやつだ。


「高橋君!見に来たよ!」


「本当に来てくれたんだね。ありがとう!」


「この女の子の像が高橋君の作品?」


「そうだよ。かなり頑張ったから何かしら感じ取ってくれたなら嬉しいよ」


 高橋君は恥ずかし気に笑っている。でもその気持ちはわかる。ライブをやったとき、お客さんが笑顔で帰ってくれるのを見ると俺はとても嬉しい。音楽をやっていて良かったと思うのだ。


「あらかた見終わったならカフェでも行きません。うちの大学のカフェはけっこうコーヒーが美味いんですよ」


「いいね。今日見た作品について語り合うか。レイジもいいよな」


「うん。こういうのもいいよね。文化に触れて俺は大人になった気分だよ」


 そして俺たちはキャンパス内にあるカフェに来た。そして今日見た作品についていろいろと語り合ったのだった。


「藝術っていうのは相手の心を動かしてなんぼなので、なんていうか独りよがりじゃダメだと思うんですよ」


「あーそれわかるー。俺はこれがいいって思うって作曲してリーダーに出すと、いっぱい添削されるんだよね。で言われるのオナニーはやめろ!客とセックスするつもりで曲をかけって!」


「え?ええ。うーん。ちょっと例えがあれですけど、まあ独りよがりは駄目ですよね」


 俺がうんうんと頷いていると、オシャボ君が高橋君に尋ねた。


「なあさっきの像ってもしかして好きな人とかモデルにしてないか?」


「…あー。わかっちゃいます?」


「わかるわかる。なんかすごく気持ち込めてんなってのが伝わって来たもの」


 オシャボ君…観察眼もあるのか?!ほんとハイスペックだな。


「へぇ好きな人ってどんな人なの?同じ大学?」


 俺はちょっと興味を持った。好きって気持ちを藝術に昇華してみせた子の高橋君に俺は興味を持った。


「はい。同級生で、彼女は…俺の憧れです。快活でいつも堂々としてて自分に厳しい。楽しいことに妥協しない素晴らしい人です」


「へぇかっこいい女の子だね。そういう人は素敵だね」


「いつも一緒に創作しているのですが、俺には釣り合わないすごすぎる人です。俺が創作の道に入ってこうして藝術大学に今着ているのも彼女がいろんなことを教えてくれたからなんです」


 高橋君の好きな人はクリエイターになるきっかけでもあったわけだ。きっとすごく思いは深いのだろう。俺にもこうやって深く思いを寄せられる人はできるのだろうか?


「いいねいいね。ところで普段その人とデートしてる?どこ行ったりする?」


 オシャボ君が高橋君にそう尋ねた。今自分がいろんな子とデート控えているから参考にする気かな?


「え?デートですか?!うーん。デートらしいデートは特には。よく一緒に遊びに行くんですけど、デートっていうのとは違う気がしますね」


「そっかー。でも逆に言えばそこまで気安い関係なら付き合うまでもうすこしなんじゃね?」


「あはは。そうだといいんですけどね」


 俺はふっと思った。よくカップルでライブに来るやつってそのままのテンションでラブホに行くとか多いらしい。俺だってライブ後の打ち上げで女の子を良く持ち帰るけど、そう言う時のセックスってなんかお互いすごく燃える。


「高橋君。今日はいいもの見させてもらったんで、かわりにこれをあげる」


「これはチケットですか?ライブ?」


「そう。俺のやってるライブ。よかったらお好きな人を誘ってきてください。めっちゃ盛り上げるんで!もしかしたらその勢いでお互いの気持ちも深まるかもしれないよ!音楽には人と人を繋げる力があるからね!」


 俺はグッジョブと親指を立てる。高橋君は最初きょとんとした顔だったけど、柔らかく優しげに笑って言った。


「そうですね。あの人を誘って行きますね」


「おう。ぜひ来てくれ!あんたの恋愛応援してる!」


 他人の恋愛を応援する前に、自分の恋愛を何とかせいよと思うけど、それでも俺はこの高橋君の作品に心動かされたし、応援したくなったのだ。俺のライブで二人の仲が深まってくれたら嬉しい。俺はそう思ったのだった。








---作者のひとり言---


このBSSフラグを積み上げていくスタイル。

レイジ君…お前は混沌の申し子だよ…。


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