第33話 厄災、降臨
「お湯をお持ちしました」
「ありがとう、リア」
レオノーラが投獄されて三週間。鉄格子を挟んだ向かい側のリアを見つめて微笑む。
レオノーラが投獄されているのは王城の幽閉塔。
地下牢よりはマシだが、逆に自分を世話するリアには要らぬ苦労をさせてしまって心苦しい、とレオノーラは心を痛めている。
「いえ、入浴出来ないのであればせめて、と。
私自身がお拭き出来れば良かったのですが」
「捕囚の身だもの。こうしてリアと会えるだけでも重畳よ」
「本来ならこの様に投獄される謂れは無いというのに……」
「お兄様が居れば話は変わったのでしょうけど……私が言えた事じゃないわね」
現在兄スヴェンには妻であるソラシャと共に息抜きの慰安旅行……という名目で各国の魔鉱兵器の調査をして貰っている。
研究を進めている魔鉱砲のサンプルも、スヴェンが苦労して送ってくれた物だ。
自分の要望に応じて遠出して貰っている以上、あの会議に出席していなかった事を責められよう筈も無い。
「それで、手紙は送れた?」
「はい、確かに伝書ホークに託しました。すぐにスヴェン様の元に届くでしょう。
手紙の内容はラピズに書いて貰いましたが……」
「ふふ、リアも順調に文字を覚えていってるじゃない。
貴女が努力している事、私は良く分かっているわ。
その努力は決して恥ずかしい事では無いのよ?」
「……はい、ありがとうございます」
レオノーラは格子の隙間から手を差し出してリアの頭を撫でる。
「後は各鉱山の状況ね。住民の様子は?」
「だいぶ苛ついていますが、レオノーラ様のせいじゃない事は皆理解しています。
食料に関しては、引き続きこれまで売ってきた店が提供してくれています」
「そう。相変わらず彼等には頭が上がらないわね……
無事にこの牢を出たら労いと謝礼の用意をしなきゃね。
それで……魔物の様子は?」
「私も現場に行けていないので数日遅れの情報となってしまいますが……最悪です。
案の定騎士団は湧き出た魔物に歯が立たず、各鉱山の魔素は濃くなる一方。
そのせいで鉱夫達は碌に仕事も出来ず、また本当に復帰出来るのかを不安に思っているようです。
最近では地上にスライムやゴブリンが漏れ出ているらしく……」
「……待って、地上に魔物が? 数日前から?」
「はい。幸いにもあのレベルなら騎士団でも対応出来ているようですが……」
「不味いわね。地上にまで魔物が進出していると言う事は、鉱山の中はもっと……」
「二週間前の時点でオーガが出てきて手が付けられない状態でしたから……今はどんな魔物が闊歩しているのか確認すら出来ない状態です」
「せめて最悪の展開になる前にお兄様が帰ってこられたら……」
最早頼みの綱は兄スヴェンだけ。
武勇に優れた彼ならオーガの討伐も可能な筈だ。
「今は祈るしかないわね……」
レオノーラが不安を吐露したその時だった。
「っ!何⁉︎」
突然、幽閉塔が揺れたのだ。
その後、遠くからガラガラと何かが崩れる音。そして……
「グララアァァァァァァァァッ!!」
天を裂く様な咆哮が響いた。
「っ、まさか……!?」
レオノーラは幽閉塔の窓辺に駆け寄り外の様子を伺う。
「そんな……っ」
レオノーラの目に飛び込んできた光景は、想像を絶する物だった。
オーガを遥かに凌駕する体躯。
全身を覆う頑強な鱗。
巨体を支えるに相応しい四肢。
巨大な翼は折り畳まれているが、広げたらどれ程の大きさになるのか。
位置的に王城から最も離れた第五鉱山から出現したと思えるが、それでも目視が可能な巨大さだ。
「そんな……ドラゴンが……っ」
それは、時として神とも災害とも呼ばれる存在。
その強靭な肉体と高い知性から、魔物の最上位種として恐れられる存在。
そんなドラゴンが今、このヴェールバルドに現れたのだ。
「ドラゴンですって!? 早く逃げなければ……っ!」
「そうは言ってもこの牢から出られないわ。それよりもリアは下に降りて情報を集めてきてちょうだい」
「で、ですがレオノーラ様は……!」
「大丈夫。ドラゴンはまだ動かないわ」
「そうなの、ですか?」
「リアからは確認しようが無いけれど……ドラゴンの足元に魔物がたむろしているの。
恐らく地上に出たは良いけど、魔素が薄くて動けないんだわ」
「……なので、配下の魔物を密集させて魔素を濃くしようとしている?」
「恐らくね。開けた場所だから時間は掛かるけど……裏を返せばドラゴンが動き出すのも時間の問題という事。
そうね……情報収集のついでにお父様にもそう報告しておいて。ドラゴンを叩くなら今が最大の好機だと。
手紙を書くから紙とペンを」
「はい!」
レオノーラはリアが懐から取り出した紙とペンに予想されるドラゴンの状態を書き記し、リアに託す。
「確かに受け取りました。必ずやレオノーラ様解放の約束を取り付けて参ります!」
「そんな余裕があると良いけれど……」
慌てふためく父やジールの顔を思い浮かべて、レオノーラは重く深い溜め息を吐いた。
それから約3時間後。
「リア……じゃない?」
階段を登って来たのは1人の男。服装からして兵士だろう。
リアが良かった、とは口には出さないレオノーラであった。
「姫様、ダールトン王がお呼びです」
「お父様が?」
この状況でというのは気になるが、ひとまず牢から出るチャンスだ。
牢の鍵が開けられ、兵士の後をついて王城へ向かう。
「この事態を収拾せよ」
「はい?」
玉座の間に着くや否や、ダールトン王から発せられた台詞がコレであった。
「お前は鉱山の責任者である。ならばこの事態を収めるのもお前の役目であろう」
「私もこの国の一員です。事の解決に協力を惜しむつもりはありません。ですが……他に言うべき事があるのではありませんか?」
レオノーラの言葉にダールトンとジールは目を逸らした。
まるで怒られるのを嫌がる子供のように。
その幼稚な反応にレオノーラは自身の心が怒りに染まっていくのを自覚する。
「ジール将軍は何故ここに居るのです?
ドラゴンの一匹や二匹、将軍なら容易く屠れるのでしょう?」
「わ、ワシは王の護衛という重要な任務がございましてな……」
「では今は誰が騎士団を率いて戦っているのです?
自分だけ安全圏に引き篭り、また副官達だけを死地へ向かわせたのですか?」
「人聞きの悪い事を言わないで頂きたいっ!」
「お父様もお父様です。散々忠告したではありませんか!」
「今は国の大事である。些事に気を取られる訳にはいかぬ」
「その些事と称する物を無視してきたからこうなっているのでしょう!」
レオノーラの一喝に遥か年上の男2人は押し黙る。
その様子に更なる怒りが爆発しそうになった瞬間。
「……?」
ダールトンが片手を上げた。
その意図が掴めずレオノーラが顔を顰めると……
「んん……っ」
「……リアっ!?」
扉から、後ろ手に縛られ猿轡を咬まされたリアが兵士に引き摺られるようにして姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます