第32話 愚か者共
「以上の施策により魔鉱石採掘量の上昇を達成しました。詳しくはお手元の資料をご覧ください」
王城会議にて。
レオノーラは坑道封鎖による魔物増殖を利用した魔鉱石採掘量向上の成果を発表していた。
「このように、当初は僅か三日でオーガが出現しました。
その後、Bルートを封鎖した結果、三日でオーク止まりでした。
その後再びAルートを封鎖した所、オークの出現に五日掛かりました。
その後も交互に封鎖を繰り返し、最終的にはどちらも一週間でオークが出現。
まだサンプルとしては少ないですが、概ね一週間を目安にしても良いかと。
約束通り、余剰分の魔鉱石は研究に回しています」
事後承諾に近い形ではあるが、また難癖を付けられては堪らない……と、レオノーラは既に研究機関に魔鉱石を回していた。
まだ十分な数が確保出来ていないので、一先ずは魔鉱砲の複製を優先させている。
「良くやった。お前は何時も我々を驚かせてくれるな」
「勿体なきお言葉です、お父様」
父、ダールトンの言葉にレオノーラは恭しく頭を下げる。
ダールトンは魔鉱石に関する業績を上げれば上機嫌になるので、当面は自分のやる事に口出ししてこないだろう。
漸く一息つけた気分ね……とレオノーラは内心で胸を撫で下ろす。
「時にレオノーラよ」
「はい、如何されましたか? お父様」
「何故一鉱山の一部ルートしか封鎖しないのだ?
全ての鉱山、全てのルートを封鎖すればその分多くの魔物が出現し、魔鉱石も更に採掘出来るであろうに」
「それは……難しいと言わざるを得ません。
全てのルートを封鎖してしまったら、どれ程のスピードで魔物が進出してくるか見通しが付かないのです。
こちらの想定以上に多い、強い魔物が出てくる可能性もあります」
「それは聞き捨てなりませんぞ姫様!」
「ジール将軍……」
「それではまるで我々が魔物に対処出来ないと仰られているようでは無いですか!!」
「その様な意図で申し上げたのではありません、ジール将軍。
ただ悪戯に被害を増やす必要は無いと言っているのです。
下手に封鎖し、過剰に魔素の濃度が高まればそれだけ強い魔物が出てくる……最悪の場合、ドラゴンが現れて街を襲う可能性すらあるのです」
「ドラゴンがどうしたと言うのです!
我らヴェールバルドの騎士に掛かればドラゴンの一匹や二匹どうという事はありませぬ!!」
ジールの大言壮語にレオノーラは目眩を覚える。
オーガの一件から事ある毎に周囲に自慢していると聞いてはいたが、こんなにも増長していたとは。
「……お言葉ですが、ジール騎士団はオーガ相手に多大な被害を被りました。
とてもドラゴン討伐が可能な戦力とは思えません」
「あの時は久々の戦闘で部下が腑抜けておっただけです。
事実、それ以降は危なげなく討伐してきたではないですか!」
「それはオークが相手だからでしょう? そのオーク相手にも死傷者は出ています」
「その腑抜け共もキッチリ説教して気合いを入れ直しております!
最早我等に敵は無し! 王も我等の精強さはご存知の筈!」
「うむ」
拙い、とレオノーラは思った。
ダールトンはジールの言葉を肯定しているが、あれはジールの実力を信じている訳ではない。
ただ魔鉱石に目が眩み、ジールが本当にドラゴンを討伐せしめる実力者であると信じ込もうとしているのだ。
少なくとも、レオノーラの目にはそう映った。
(だったら……)
レオノーラはふぅ、と気持ちを落ち着ける。
「では経済に対してはどうでしょうか?
全ての鉱山を封鎖してしまったら鉱夫達の収入が無くなります。
彼等はまだ貯蓄の概念が薄く、その日暮らしの人も多いです。
いきなり仕事が無くなっては混乱も起きてしまいますし、彼等を相手に商売をしている人々にも少なくない影響を与えてしまいます。
我がヴェールバルドの経済は間違いなくダメージを受けるでしょう」
金に関する事なら話を聞いてくれるだろう。
それが損に繋がると説明すれば考え直してくれる筈だ、と。
「スラムの連中など捨て置け」
「……はい?」
甘かった。
レオノーラはダールトンの魔鉱石に対する執着心を甘く見ていた。
「申し訳ございません。良く聞こえませんでした」
「つい最近まで獣のような生活だったのだ。
一時的に職が無くなる程度、問題はあるまい」
「そんな!? 彼等はやっと文化的な生活を手に入れました!
近い内にスラムの名も捨て、正式な町として繁栄させて行こうという段階まで来ているのです!
この政策には多額の資金が投入されていて……」
「魔鉱石の前では些事である。即刻鉱山を封鎖し、魔物を増やせ。
その後に騎士団に掃討させてから鉱夫共を働かせれば良い」
「許可出来ません」
「それを決めるのは余だ」
「鉱山の責任者として、スラムの指導者として……私は断固反対します!」
「それは国益に反する行いである。お前は国益より自分の我儘を優先するつもりか?」
「一斉封鎖こそ国益を損ねる行為です!」
「これは国王たる余の命令だ」
「例え王だろうと神だろうと、その命令には従えません!」
「……そうか」
レオノーラの拒絶にダールトンは深い溜め息を吐いた。
「お前はもう少し利口な娘だと思っていた。
衛兵、奴を連行しろ。二、三日牢に入れておけば頭も冷えるだろう」
「なっ⁉︎ お父様! それは横暴が過ぎます!! ドラゴンが出現するというのは夢物語などではなく実際に起こり得る出来事なのですよ⁉︎」
「連れていけ」
「姫様、どうかご容赦を……」
「く……っ」
レオノーラが二人の衛兵に両腕を捕まれ、会議室から退室させられようとしうとした、その瞬間。
「レオノーラ様から手を離せ!」
リアが、狼のように歯を剥き出して立ち塞がった。
「お前ら何で国王に従うんだ⁉︎ レオノーラ様の方が正しいって分かるだろ⁉︎」
「……」
「衛兵、何をしている。邪魔立てをするなら彼奴も纏めて牢に入れるが良い」
「望むところだ! レオノーラ様、すぐにお助けしま……」
「リアッ!」
「っ⁉︎」
レオノーラが珍しく大きな声を出す。
リアは、予想外の事態に身体をビクッと跳ねさせた。
「貴女の気持ちはとても嬉しいわ。でも……私は大丈夫」
「……っ、しかし!」
「貴女まで捕まってしまったら、誰が私のお世話をしてくれると言うの?」
「……うぅ……っ」
「申し訳ございませんお父様。従者の不始末は主人の不始末。どうか彼女の罪も背負わせては頂けませんか?」
「良いだろう。躾不足も含めて猛省するが良い」
「ありがとうございます」
レオノーラは拘束されながら一礼し、会議室から退室した。
「く、ぅ……っ!」
リアは悔しさで歯軋りしながら、牢に向かうその背中を見送る事しか出来なかった。
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