第20話 変わりゆくスラム街


「この位置でお願いします」



リアは炎天下の中、職人達に指示出しするレオノーラの隣に立っていた。

現在レオノーラはスラムに建てる集合住宅建設の陣頭指揮を執っている。

……と言っても、彼女には建設の知識は無いので大まかな位置を指定するだけだが。

それと、一応はスラム住民と城下の大工達との確執を生まない為の緩衝材としての役割も担っている。

スラム住民も生活や精神に余裕が生まれ始めてはいるが、まだまだ城下と比べると裕福とは言えないのだから。



「ふぅ……」


「レオノーラ様、水分補給を。日傘も用意致します」


「ありがとう。でも日傘は結構よ。大工さんだって汗を流して働いているのだもの」


「役割という物がございます。もしレオノーラ様が倒れられたらスラム開発計画にも遅れが生じるでしょう」


「……分かったわ」


「こちらに」



リアはレオノーラの肩を抱いて椅子に座らせる。

彼女が更に痩せてしまったような気がしてリアは内心穏やかではなかった。


予算が組まれ、スラム開発計画が本格的に始動してから早三ヶ月……レオノーラは禄に城に帰っていない。

5つある鉱山。その近くに建てた仮拠点を転々として各地の指揮を執っている。


休んでほしいとは思う。

しかし、今が正念場である事はリアも理解していた。


スラム住民の文化的生活の為に衣食住を用意する。

食は一応の格好は付いた。

食材や飴玉を大量に仕入れ、それにより潤った肉屋や菓子屋が今後も継続して商品を提供してくれる事が決まった。

スラム住民が顧客に成り得ると理解した城下の商売人達は、進んで彼らから話を持ち掛けてきてくれた。


次は住だ。

スラムには木と布で作った家とも言えぬボロ小屋が精々だった。

野宿で夜を過ごす者も少なくない。

故に可能な限り早く家を建てる必要があったので安価な木造、また土地は余っているので平屋を多く建てる方針に決まった。

現在進行形で魔法と技術、そして国中の大工を掻き集めた人海戦術で猛スピードで建設している。

住民の数からするとまだまだ足りないが、今は鉱夫達への給金も多くは渡せないので同居を選ぶ者も多いので何とかなっている。


そして衣。

これに関しては城下の服屋が商売の匂いを嗅ぎ付けてきた。

特に最大手の服屋『スターラ』の主人は自らが服の作り方を指導すると張り切っていた。

特に鉱夫向けに破けにくい頑丈なズボンを作ると豪語し、スラムの女性達にその作り方を教える事で大量生産を目指す、と。

レオノーラも女性の仕事が増えると大喜びだ。

その為の作業場も優先的に建てて、既にそこで作られた作業服が鉱夫達の中にも広まってきている。


そして他の細かい部分。

怪我や年齢で鉱夫として働けない者達には自警団や清掃員、大工の補佐役等の仕事を与えた。

魔鉱石を用いた大衆浴場も建て、清掃と相まってスラムの町や住人も徐々に清潔になってきている。


本当に、金も人権もそして人の心すら無かったスラムが一人の王女の奮闘によって人らしく、そして町らしく変貌していっているのだ。


本当に、どうお礼を言っていいのか分からない……リアの想いは日々募るばかりである。



「お水です。どうか御身をお大事になさってください」


「ありがとう。でも私が今一番頑張らないといけないのよ?

だって私は王女だから。こんな所でへこたれてられないわ!」


「レオノーラ様……」


「おぉい姫さん! 大丈夫かぁ!?」


「あら、モーサさん。平気よ、少し休んでいただけ。

バーラムさんと何処かに行くのかしら?」


「おぉ、コイツ酒の美味さを知らんようだからな! 連れてってやるのさ!」


「まぁ! 年長者らしい心掛けだけど飲酒歴ではモーサさんも初心者でしょう?」


「なぁに、鉱夫は皆生まれながらに酒飲みなのさ!」


「ふふ、頼もしいわね。バーラムさんに呑ませ過ぎない様にね?」


「任せろ!」



そう豪快に笑いながらモーサはバーラムの肩に腕を掛けて歩き去った。


変わったものは他にもある。

一番大きな変化はレオノーラと住民との関係性だ。

当初は自分達から搾取し、豪奢な生活をしている王族を恨んでいた。

だが、レオノーラの改革によりスラムの生活は大きく改善された。

その上レオノーラは自らの足で歩き、自らの口で話し……そして決して奢る事無く真摯に彼等と接し続けた。

結果、レオノーラはスラムの者達に慕われ、現在では気安く声を掛ける関係へと至った。

レオノーラの方も当初は過剰に遜っていたが、今では城下の住民へ接するように随分とフランクだ。


次に酒場。

生活に必須な物では無いと後回しにしていたが、商機を見出した酒造ギルドがレオノーラに直談判し鉱山各地に酒場を建設。

住民の懐具合を考慮して安酒ばかりだが、それでも数少ない娯楽と言う事もあって客足は途絶えない。


そして、同行魔法使いの雇用。

メイド達は最後まで『遠慮なさらず……!』と抵抗していたが、やはり無償で働いて貰うのは不健在だとレオノーラは採掘作業同行の依頼を発行した。

充満した魔素を散らす、危険な魔鉱石を見極める、スライムやゴブリン等の低級の魔物を退治する……それらは学生であっても容易な内容だ。

城下町から離れているので何れも泊まり込みを前提とした仕事ではあるが、割が良いので希望者は多かった。

先程のバーラムも大学の長期休暇を機にこのバイトを始め、鉱夫達とは良好な関係を築いている。


商人やこういった同行魔法使いの証言により、城下町にも『スラムの連中も意外と話せる』という認識も徐々に浸透していっている。

最近では更に欲が出てきたのか、いつか学校を建てたい、これだけ広い土地があれば農業や酪農も出来るかもしれない……と将来の展望を語りながら眠りにつく夜もあった。

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