第19話 ミルラ・ラージメルト


ミルラ・ラージメルトは不機嫌だった。

いや、正確にはモヤモヤだとか焦燥感とか。そんな感じだ。


理由は分かっている。

仕えている主、レオノーラ・フォン・ヴェールバルドと愛弟子のリアが肌を重ねたからだ。


当然それについては自分も了承しているし、サポートもした。

……しかし、だ。

レオノーラが幼い頃から教育係を務めていた身としてはやはり複雑な心境だ。


下流貴族の末娘として生まれ、亡くなったレオノーラの母親……レーゼ付きのメイドとして育ち、レーゼの最期まで仕えた。

自分はレーゼ様の寵愛を受けていた、とミルラは思う。


自分を溺愛し、メイドのみならず様々な技能を習得させる為に英才教育を施した。

そして……夜伽の相手を務めた事も一度や二度ではない。

レーゼ様は女性がお好きなのですか? などと。

あの頃の自分はとんでもない事を聞いた物だと未だに震える時がある。

実際はどうあれ、王であるダールトン様を愛していない、などと言える訳が無いだろうに……と。


やがてレオノーラが物心付く頃には、病床に伏せったレーゼに代わって教育係を仰せつかった。

レオノーラはレーゼに似て優しく、ひたむきで。

そして髪や瞳の色も

小柄で色白な身体も

時折見せる無邪気な笑顔も


まるでレーゼの様で、その度にミルラは思わず抱きしめたくなる衝動を抑えるのに必死だった。

だがレオノーラはレオノーラであってレーゼではない。

身勝手な劣情をぶつけるなどあってはならない。

ましてや当時は10にも満たない子供だったのだから。


しかし時が経ち、レオノーラは成長して益々レーゼの面影を濃くしていった。

市民に見せる慈愛の眼差しはまるでレーゼへの生き写しの様で……それが一層ミルラの心をかき乱した。


戦闘訓練で怪我をして泣きじゃくるレオノーラを治療し、慰めた日もあった。

甘えん坊で添い寝をする時もあった。

入浴の際はいつもミルラが背中を流していた。

思春期に入ったレオノーラに「もう一人で出来るわ」と告げられた時には寂しさと同時にホッとしている自分に気が付いた。


身分が違うから。

女性同士だから。

そして、レオノーラは同性を恋愛対象として見ていないから。

だから、ミルラはこの想いを秘めてメイドとして、教育係として仕え続けると決めた。



だと言うのに。

レオノーラは自身を襲撃したリアを妻と称して処刑を回避させた。

最初から惹かれ合っていたのか、それとも妻という関係性を持ってから発展したのか……それはミルラには窺い知れない。

ただ一つの純然たる事実として……二人は愛し合い、そして一夜を共にした。

それ以来、レオノーラはどこか上の空で、時折リアとの情事を思い出しては顔を赤くする。


レオノーラに相応しく有りたいとリアが師事してきた時は立派な志だと思ったし、実際直々に手解きした戦闘訓練は、かつて自分に施されたそれよりも遥かにハードな物にした。

それに耐えられたのは……やはり愛なのでしょうね、とミルラは確信めいた思いがあった。

かつての自分がそうだったから。

レーゼの期待に応えたいから。

レーゼの役に立ちたいから。

だから、耐えられたのだ。


リアを鍛えた事に後悔は無い。

それはレオノーラを支え、守る力になるのだから。


それでも

あぁ、それでも……


今レオノーラの隣に立っているのはリアだ。

入浴時に背中を流すのもリア。

添い寝をするのもリア。

そして……レオノーラと愛し合っているのも、リアなのだ。


もし、自分が気持ちを伝えていれば

もし、立場や性別を言い訳に秘めていなければ

何かが変わったのだろうか?

今もレオノーラの隣に立てていたのだろうか?

そんな思いが時折どうしようもなくミルラの胸を締め付ける。



(……いけませんね)



つい物思いに耽ってしまった。

気持ちを切り替えねばと、ミルラは頭を横に振り深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

その時だった。



「ミルラ……」


「姫様。どうされたのですか?」


「その、ちょっと時間良いかしら?」


「えぇ。勿論ですわ」



どこかそわそわした様子のレオノーラ。

ミルラはその様子に妙な既視感を覚えたが、それを振り払う様に微笑み、主の言葉を待つ。



「もうすぐミルラの誕生日でしょ? 少し早いけど、暫く忙しくなってしまうから……これを受け取ってほしいの」


「これは……」



レオノーラが手渡した小箱には、小さな宝石の嵌め込まれたブローチが入っていた。



「姫様……これは?」


「その……誕生日の贈り物にと思って。

特別に魔鉱石の欠片を分けてもらって作ったの。いつもありがとう、ミルラ」


「……っ!」



レオノーラははにかんだ様に微笑む。

かつて、レーゼもミルラの誕生日プレゼントにブローチを贈った事がある。

それがまるであの日の再現のようで……



「姫様……!」



思わずミルラはレオノーラを抱きしめた。

しまった、とミルラは思った。


メイドとしてあるまじき行為。

立場を弁えろ、と自らを叱責する。

しかし、離れようとして……背中に腕を回されてた。



「ふふ、そんなに喜んでくれて嬉しいわ。ミルラったら感情が見えにくいから、喜んでくれてるのかいつも不安なのよ?」


「姫様……私は……」


「それはね、リアと一緒に選んだの。リアもお世話になっているから、是非自分からもお祝いさせてほしいって」


「そう、ですか……」



あぁ、自分はなんと愚かしいのか。浅ましいのか。

最愛の主と、手塩をかけて育てた愛弟子からの贈り物だというのに。

その2人が仲睦まじく自分へのプレゼントを選ぶ様を想像し嫉妬に駆られるなどと。



「ありがとうございます。……申し訳ございませんでした」



そういってレオノーラから離れた。

その謝罪は抱き着いた事か、それとも嫉妬した事へ対してか……

それは、ミルラ自身にも分からなかった。

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