第13話 美味ぇ
「三列に並んでこのマスクとゴーグルを受け取ってくださーい!
この数が今回の上限人数となります! 押さないでくださーい!」
レオノーラが連れてきたメイド達は手際良く列を捌いていく。
モーサも随分と後の方だが、どうにか今回の採掘班に滑り込む事が出来た。
「このマスクとゴーグルは皆様の身を守ってくれる大切な物です! 必ず着用してくださいねーっ!」
レオノーラが言ったようにこれは本当に必要な事なのだろう。
モーサもそれは分かっているのだが、どうにも違和感が拭えない。
何故こんな面倒な事を? その疑問がどうしても頭を離れないのだ。
いや、だがしかし……とモーサは頭を振る。
余計な事をして雇い主を怒らせる意味は無いのだから。
「受け取った方はこちらに並んでください。貴方達はE班となります。
私はメリル・バープ。同行させて頂く魔法使いです。よろしくお願い致します」
「お、おぉ。よろしく」
深く腰を曲げたお辞儀に面食らいつつもモーサ達は返事を返す。
「皆様、ゴーグルとマスクの着用。そしてこの水筒を腰に結んでください。……はい、ありがとうございます」
それを見届けたメリルもマスクとゴーグルを着用し、地下道の入り口へ歩き出した。
「足元暗いのでお気を付けて下さいね」
「いや、明るいよ」
モーサは思わず返した。
だが本当にそうなのだ。
以前働いた鉱山では最低限すら無い明かりで足元すら見えない事もあった。
しかし、この地下道は壁に設置されたランプがぼんやりと光を放っているのだ。
「これは……?」
モーサの疑問にメリルは柔らかに微笑んで……
「はい、それは魔鉱石を用いた物です」
「そんな高いもんを……」
「必要な事ですので。さて皆様、お着きになりました。作業の開始をお願い致します」
カン、カンと硬い岩を削る音が木霊する。
ゴーグルが曇る。マスクも息苦しさを感じる。
しかし、とモーサは汗を拭う。
確かに、知り合いに目や肺をやられた鉱夫が大勢居る。
当然そいつはマスクもゴーグルも支給されずに鉱山に入った奴等だ。
(これだってタダじゃないだろうに)
モーサは未だにレオノーラ・フォン・ヴェールバルドという王族の考えが読めなかった。
だが、この環境は悪くないとモーサは思う。
少なくとも……他と比べて労働時間は短いのだから。
「皆様、休憩のお時間です」
どれ程時間が経ったか。
壁に設置された共鳴石が震え、音が響いた。
水筒の皮袋から水を飲み、モーサは一息吐く。
休憩時間等、他の場所では考えもしなかった。
「皆、少しいいか」
モーサが潜め声を上げると、数人の男達が集まってきた。
「どうした?」
「いや……みんなはどう思ったかってな。あの女の事をよ」
「……まぁ、怪しいとは思うがな」
「あぁ。いくら何でも話が美味すぎる」
「だが他に働き口が無いのも確かだ。乗るしかあるめぇよ」
「だな。……まぁ、愛護精神に目覚めたってんならそれで良いか。飽きるまでは存分に稼がせてもらおう」
男達は口々にそう言って重い溜息を吐く。
レオノーラを馬鹿にしたりだとか嘲笑うだとかではなく、彼女に騙されている、玩具にされている事への諦念の感が浮かぶのが彼等の今の立ち位置という事なのだろう。
「皆様、作業再会のお時間です」
「おう、今行く」
メリルが号令をかけると男達は立ち上がり、作業に戻る。
レオノーラの真意は分からない……が、休憩と水分補給のおかげか随分と体が軽い。
それだけは、純然とした事実だった。
「皆様、石が3回鳴りました。作業を中断し地上に戻りましょう。水筒をお忘れなく」
モーサ達はメリルを先頭に、来た道を引き返していく。
大休憩の際には食事を配給すると言っていたがさてどうなるか……
地下道を出て地上に戻ると、既に多くの労働者が集まっていた。
既に食事を受け取った者は皆一様に笑顔だ。
「食事の配給となります。どうぞお並び下さい!
1人1つまでとなります。全員分ありますので押さないでくださーい!」
メイドが列を捌き、モーサ達もまた列に並ぶ。
「こちらになります。休憩時間はたくさんあるので焦らずにお召し上がりください」
「あぁ、どうも……」
差し出されたのは1つのサンドウィッチ。
何の肉かは分からないが、薄くスライスされたそれと瑞々しい野菜を柔らかいパンで挟んだ物だ。
念の為にパンを捲っても怪しい物は無い。
毒でも仕込んでいるかと思ったが、周りの人間が苦しんでいる様子も無い。
モーサは恐る恐るサンドウィッチに齧り付いた。
「……美味い」
誰に言うでもなく思わず口に出した。
そもそもにして腐っていなければ、砂や泥で汚れている訳でもない。
モーサはあっという間にサンドウィッチを平らげた。
(いや、本当に美味かったな)
腹も膨れて人心地ついた所で周りを見る余裕が出来た。
皆一様に笑顔で食事を摂っている。
別の方を見ると、粗末な服装の女子供に並んでレオノーラが共にサンドウィッチを食べていた。
女子供の方は調理を手伝った者達なのだろう。
「……王族も同じもん食うんだな」
「あん? なんか言ったか?」
「いや、何でもない」
モーサは頭を振った。
少なくとも、悪い気はしなかった。
それから休憩を終えて地下道に戻り作業を開始。
それから更に幾許の時が過ぎて……
「石が3回鳴りました。皆様、これにて本日の業務は終了となります。地上に戻り、係の指示に従ってください」
メリルの号令と共に地下から地上へ向かう。
地上に出た瞬間、元気な声が耳に入った。
「使ったゴーグルとマスクはこの鍋に入れてくださーい!」
見ると鍋の中は泡立っていた。恐らく洗浄してまた使い回すのだろう。
洗うにしても洗剤や人手が要るだろうに……とモーサはこの日何回かも分からぬ心配をした。
「はい、皆様お疲れ様でした。今日の分の報酬を配付させて頂きます」
マスクとゴーグルを鍋に放り込み、列に並んだ。
なんとレオノーラが直接手渡しするらしい。
「どうぞ。お疲れ様でした」
「おぉ……」
採掘作業で汚れた自分の手を、それでも尚レオノーラは躊躇う事無く包み込み、1枚の貨幣を握らせた。
「……銀貨っ!?」
他の鉱山では精々銅貨数枚。それと比べたら破格の金額だ。
「今はそれが精一杯で……それと1つお願いがあるのですが……」
「? なんだい?」
「あちらでお買い物をして頂けれたらな……と。後悔はさせませんので」
「……?」
不思議に思いながら指定の場所に行くと、メイドが威勢良く声を張り上げている。
「干し肉いかがですかー! 風通しの良い所なら1週間は保ちます!
そのまま齧っても良し、煮込んでスープにするも良しです!」
「蜂蜜の飴玉もありますよー! 甘い物は疲れた体に効きますからねー!」
ゴクリ、と喉が鳴った。
どうせ金を持っていても、黒の牙と腐った食べ物と交換するしか使い道がなかった。
それなら此処で干し肉や飴玉を買った方が遥かに有意義だろう。
銅貨も僅かながらに手元に残る……モーサに躊躇いは微塵も無かった。
「ありがとうごさいましたー!」
軽く手を振って応えて、紙に包まれた飴玉を1つ口に放り込んだ。
甘さが口内に広がり、思わず頰が緩む。
「……美味ぇ」
美味い、という言葉を1日で2回も言うのは生まれて初めての経験だった。
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