第12話 新しい山


モーサは集まった人数の多さに辟易としていた。

あれは一週間前だっただろうか。それとも一ヶ月前だっただろうか。

代わり映えの無いスラムの生活では時間の流れに鈍感になる。

正確な日付けなど分からない……が、あの女に会った事は確かだ。


近々東の方でレオノーラ・フォン・ヴェールバルドが新しい鉱山を開くらしい。

そこに綺麗なレンガ仕立ての家があるから間違い無い。

王族から……というのは気になるだろうが新しい仕事に有り付けるチャンスだ、と。そう言われたのだ。


妙に髪や肌が小綺麗で、だと言うのに自分と同じくスラムの空気を纏う奇妙な女だった。


確かに王族は憎くもあるが、だからと言って稼ぐチャンスを不意にするような馬鹿な真似は出来ない。

だと言うのに……



「何だこの数は……」



これじゃあ溢れるかも知れねーじゃねぇか……とモーサは内心で毒付いた。

モーサもだが、彼等は儲け話を他人に話す事は無い。

それで自分が損をしては元も子も無いからだ。

だと言うのにこの人数はどういう事だ? 優に300人以上は居るが、あの女はどれだけの人数に声を掛けたんだ……と、モーサは呆れ返る。



「皆様、よくぞ集まってくださいました。私は今日という出会いを嬉しく思います!」



背後に複数のメイドを従えながら壇上に上がった女がそう告げる。

モーサは「あぁ、アイツか」と納得した。

あれが鉱山を開いたレオノーラとかいう王族なのだろう。

声がこちらまで届いているのが不思議だが、確か風の魔法でそんなのがあったような気がする、とモーサはぼんやりと思った。



「私は当鉱山の責任者であるレオノーラ・フォン・ヴェールバルドと申します。

皆様にはこれから私が開く鉱山で力をお借りしたく、お声を掛けさせて頂きました」



いやに丁寧な言葉遣いだな、とモーサは疑問に思う。

王族とは言うが、それにしては異常に腰が低い。



「鉱夫の仕事は初めてだという方も居るでしょう。

他の鉱山で働いた経験のある方も居るでしょう。

ですがまずは当鉱山でのルールを知って頂きたく思います!」



ルール……? と周囲が俄にざわざわと騒がしくなる。

モーサも内心穏やかではない。面倒なルールで難癖を付けてくる……というような事は平気でしてくる連中だ。



「まず皆様には作業中はこのマスクとゴーグルを着用して頂きます!

視界が悪い、息苦しい等の問題が発生する可能性がございますが、これも皆様の安全の為。

どうかご協力の程をよろしくお願い致します」



安全だと……? とモーサは訝しむ。

他の者達も訝しむ視線をレオノーラに向けている。



「次に、皆様には幾つかの班に分かれて作業をして頂きますが、班一つに付き魔法使いを同行させます。

今回は後ろに控えているメイド達ですね。

これは魔素が充満していた際にそれを散らし、魔力酔いを防ぐ為。

そして不安定で爆発の危険がある魔鉱石を判別する為です。

これもまた皆様の安全に必要な措置ですのでご了承ください。

また、魔物は事前に騎士団を派遣して掃討しておきましたが、それでもスライムやゴブリンが出現する事があります。

その場合は速やかに下がり、担当の魔法使いに任せてください」



そこでレオノーラは軽く咳払いをして……



「続いて勤務時間です。皆様には約8時間の採掘作業をして頂きます」



随分と短いな……とモーサが小首を傾げたり瞬間。

前方に立つ複数の住民が声を張り上げた。



「それじゃあ貰える金も少ないんじゃないか!?」


「俺はもっと働けるぞ!」


「ご安心ください! 8時間勤務であっても他の鉱山よりの多くの給金をお支払いする事をお約束致しますっ!」



そこに至って更に騒めきは大きくなる。

あまりにも話が美味すぎる。モーサ思わず眉を寄せてしまう。



「話を戻します。勤務中は適時休憩を行います。タイミングに付いては、こちらをご覧ください」



そういってレオノーラが取り出したのは皮紐に吊るされた乳白色の石だ。



「こちらは共鳴石。振動魔法でリンクした他の共鳴石の振動を伝え……いえ、見て貰った方が早いですね。後方をご覧ください」



レオノーラの指示通りに背後を振り返ると、メイド達が共鳴石……というらしいそれを掲げていた。



「行きます」



レオノーラが手元の共鳴石を金槌で叩くと、一泊置いてから同じような振動音がメイドの共鳴石から鳴り響いた。



「この石によって時刻をお知らせします。

2回鳴ったら休憩。また2回鳴ったら作業再開。

3回鳴ったら地上に戻ってください。

最初の3回は食事休憩。次の3回は作業終了の合図となります。

食事休憩の際は配給を行いますが、それに関しては一切お金は頂きません。

合図を覚えていないという方は同行する魔法使いの指示に従ってください」



そして、とレオノーラは集まった群集をゆっくりと見渡して……



「集まって頂いた女性や子供には配給調理の補助をして頂きます。勿論これにも給金が発生します」



わっ、と群集の一部から声が上がった。

あわよくば仕事に、と来ていた女子供達だろう。



「そしてこれが最も重要な事ですが……8時間勤務が終わったらすぐに次のグループに仕事を引き継ぎます。

8時間を3回行い、鉱山を24時間稼働させる……という事ですね。

疲労回復の為に、連続で仕事を受ける事は出来ません。

なので今回選考から漏れてしまった方も、次のグループには入れる可能性があります。

もし漏れてしまっても、どうか諦めず辛抱強く待って頂けたらと思います」



そこまで言い終えたレオノーラはふぅ……と息を吐いた。



「以上が当鉱山での仕事に関するルールとなります。

長々と失礼致しました。只今より、採掘作業を開始致します!」

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