第8話 国王ダールトン


「以上が事の経緯です」


「なるほど。お疲れ様、マルク」



えぇ……? というのがマルクから経緯を聞いたヴェールバルド王国第一王子、スヴェン・ガルフ・ヴェールバルドの感想だった。

妹のレオノーラは民を慈愛こそすれ、誰かに恋慕の情を抱くなど考えられなかった。

しかしまさか同性……その上、ファーストコンタクトが襲撃だった少女を妻だと称するとは。


彼女を助ける為の方便か、本当に愛しているのか……方便であっても、実際に家族として過ごす内に本当に惚れ込む事だってあるだろう。

かく言うスヴェン自身も政略結婚で妻を迎え入れたものの、今ではその愛は本物だ。


王族とは言え、1人の兄としては妹の恋路を応援したい気持ちもあるが……と、スヴェンは内心で溜息を吐きながらチラリと右斜めに視線をやった。



「如何なさいますか、父上?」


「ならん。その女は予定通り処刑せよ。スラムのゴミ共も皆殺しだ」



だよな……とスヴェンは肩を落とす。

それはそうだ。

かの少女はレオノーラを襲撃した。王族を襲ったとなれば死罪は免れない。

しかも(実情はどうあれ)誘拐もプラスだ。

そして、襲ったという意味では件のスラムの住民も同じではあるが……



「父上、今一度再考を」


「これ以上何を考える事がある?」


「まずスラムの件ですが、誰がやったのかは明らかになっていません。

父上の言う通りに皆殺しにするにしても莫大なリソースを必要とするでしょう。いったいどれ程の資金が必要になるか……」


「うむ……」



金の事を持ち出すと父……ヴェールバルド王国国王、ダールトンは途端に口籠った。

数年前までは年に似合わぬ程気力に満ち溢れていたが、妻の死を境に一気に老け込んでしまった。

最近では以前のような果断さも無くなり、慣例に則った判断しかしなくなった。

そしてヴェールバルドの象徴である魔鉱石と、それによって生み出される“富”を最重要視するようになったのだ。

まるでそれが唯一のアイデンティティだとでも言いたげに。



「ではスラムの連中は良いとしてあの女は如何とする?

王族の襲撃及び誘拐。レオノーラにスラムの事を教えたのも問題だ」



面倒な事をしおって……とダールトンは憤慨した様子だ。



「しかし当のレオノーラが妻にすると言っております。

そして……強引に処刑を進めれば不利益が生じるでしょう。

あれでレオノーラは頑固です。処刑を阻止しようとあらゆる手段を用いる筈です。

場合によっては父上と全面戦争になるやも知れません。

そうなれば民草に慕われているレオノーラを相手にするのは……それこそ面倒と言うもの」


「うぅむ……」


「ですが逆に彼女を許し、家族となる事を許せばレオノーラはいたく感激し父上に変わらぬ愛と敬意を捧げるでしょう。

それに同性同士なら間違って子供が出来る事もなし。

跡継ぎならすでに僕の妻が身篭っていますし、もし僕や子供の身に何かあったら、その時にレオノーラに男を充てがえば済む話です」


「うむ……」


「かつて3代目国王のグラウス王は奴隷反乱の主導者である男を捕らえ、しかし側近として召し抱えました。

以降その男は忠臣として最後までグラウス王を守り抜いたと言います。

父上もまた偉大なる指導者に数えられる存在です。

ここは寛大な処置を持ってそのお心の深さを示すべきかと」


「……そうだな」



ダールトンがようやく首を縦に振った。

スヴェンは僕に出来る事はやった。後は君達次第だぞレオノーラ……と窓を見上げて一つ溜息を吐いたのだった。



◇◇◇◇◇



「ぷぇ〜……」



レオノーラは奇妙な鳴き声を上げながらテーブルに突っ伏した。

例の事件から早一ヶ月……スラムの状況を良くしようと、普段の公務に加えて独学の勉強にも手を付けて疲労困憊だ。



「お茶をお淹れしますね」


「ありがとう、リア」



そんなレオノーラを労るように紅茶の準備を進めるのは妻であるリア。

例の件から正式に婚姻を結んだ訳では無いが、レオノーラが妻と呼び、そして当のリアも肯定しているので周囲からもそう認識されている。



「……♪」



手際よく紅茶を入れるリアを見つめてレオノーラは上機嫌。


リアは変わった。

一ヶ月前は痩せぎすで、敵意に満ちた目をしていて……まるで飢えた捨て猫のようだった。

しかしレオノーラと婦妻になり、隣に立つに相応しくありたいとミルラに師事。

適切な栄養摂取と戦闘訓練により、スタイルは女豹を思わせる程美しく、そしてしなやかだ。

その上メイドとしての技能や言葉遣い、教養やマナーまで徹底的叩き込まれてから……見違える程綺麗になった。

ボサボサだった髪は整えられ、今は艶やかなストレートの黒髪が肩口で切り揃えられている。

血色の悪かった肌は今では瑞々しく透き通り、腰の差した2本のダガーが無ければ至って普通のメイドに見えるだろう。


それでも時折り以前のような荒っぽい言動が出てくる時もあるが、そこもまた可愛いとレオノーラは思う。



「どうぞ」


「ありがとう……美味しいわ」



差し出された紅茶を一口飲むと、レオノーラはホッコリとした笑みを浮かべた。

そんなレオノーラを見つめるリアの表情も優しく穏やかで、そして何処か誇らしげだ。


最初はリアがメイドという明確に従者の立場になる事に難色を示していたレオノーラだが、リア本人から全てを支えられる存在になりたいと言われてしまっては頑なに否定も出来ない。

可愛いメイド服を着たリアに給仕される喜びもあるのでコレはコレで……とも思ったが、まだ修行中だからと一緒に居られる時間が少ないのは不満に思っている。



「? 如何なさいましたか?」


「戦闘訓練に限ればもう少し修行期間は短くなるのよね?」


「師匠からはそう聞いております。ですがメイドたるもの、お給仕に手抜かりがあってはなりませんので」


「むぅ〜……」


「はぁ……レオノーラ様」


「なぁに?」


「今日は一緒に寝てやるから、機嫌直してくれな?」


「……⁉︎ ひぁ、ひゃい……っ!」



先程とは一転、ワイルドな笑みと共に耳元へ囁かれたレオノーラは途端に頬を赤らめながら壊れた人形のようにカクカクと頷いた。


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