まりも

1

「別れよう」


大好きな甘いカフェオレを飲む私に不意に突き付けられた、ひどく苦い言葉。


「ごめんね」


決して甘くないその現実をなかなか受け入れられず顔を上げられない私の頭を、まるで仔猫を撫でるかのように優しく触れる彼の右手。


その手は新しい誰かを求めているのだろうか。

その手はもう既に新しい誰かに優しく触れているのだろうか。


私の頭から彼のその手が離れるのと同時に抑えていた涙が溢れだした。


彼はもう私の歪んだ視界には映らない。


消えた彼の姿と残り香が私の心を無惨に切り刻む。


辛うじて理性。

涙が止まるのを見て店を出た。


今の私の心を表しているような土砂降り。


自棄とはこの事。

哀れ惨めな今の私に傘なんて必要ない。

私はそのまま歩き出す。


重く冷たくなる体。


落ちてくる大量の雨粒はまるで私に下を向くように仕向けているみたい。



「おい」


突然腕を引っ張られた。


振り返ると当たり前に傘をさす同僚のノブが、びしょ濡れの私を怪訝な表情で見つめていた。



「何してんの」


「別に…」


「別にっておかしくね?こんな雨で傘さしてないのおまえだけだぞ?」


ノブは同じお店で働く美容師仲間。

明るくて話上手で職場での人気も高い。



「もしかしてフラれたとか?」


「……」


「あ、ごめん」



私を傘に入れてくれている勘のいいノブの肩はびしょ濡れになっていた。


私の顔をじっと見つめるノブ。


「…な、なに?きったねー顔とか思ってんでしょ。もうどうせなら思いっきり笑ってよ~」


「俺じゃダメ?」


「……」


「あ、間違えた。俺にしない?」


「……」


「違うな。俺にすれば?」


「…ノブ、ひとりで何言ってんの」


真面目な顔してひとりで変な事言ってるノブがおかしくて。


「わりとマジなんだけどな、俺」


「はいはい」


フラれた私を笑わせようとしてくれるノブ。


「何があったか大体わかっちゃったし、こんな時にこんな事言うのもどうかと思うんだけどさ」


「うん」


「俺、お前の事好きだよ」


「…あ、ありがとう」


ノブはニカッと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る