ヒーロー再び

もう俺のことなんて気にしなくていいのにな。


何を言ってあげればスーたんは落ち着くのか。



輩は実家に帰り、朝霧は仙台に戻った。

年末年始の休みを心の底から休むため、俺は仕事に励む。


「神田さ~んまだですか?」

「うん、なんか計算書まとめ始めてしまった」

「や、こんな時間からやることじゃないっす」

「先帰って」

「飲み行きたかった~」

「あ、あそこよかったよ

 天城んちの近くに串揚げ屋出来たじゃん

 お一人様向けって感じ」

「え!じゃあそこ行こう!

 天城誘って帰りまーす」

「うん、お疲れ」


ひとりぽっちになってしまった。

必要以外の照明が落とされた会社は不気味。

隅の暗闇から何か出てきそう。

怖い。

帰ろう。

あーーでも計算書に手を出してしまった!

もったいないけど電気つけよ。

そう思って立ち上がり、壁のスイッチを目指したとき


PPPP PPPP PPPP


「うわ!…あーービックリした」


オフィスが静かだから大音量響き渡った。


ん?スーたんだ。



「はいはーー…」『巧実さん助けて!』


え?


蘇る美来

え、まさか…


「スーたん今どこ?!どうした?!」

『ギャー!もぉ嫌だってば!やめてよ!』

『大丈夫だから!俺のお嫁さんになれるんだよ?!』

『ならなくていいです!』

『とりあえず試してみようって!

 絶対気持ちいいから!俺上手いんだって!』


ちょ……


「はぁ?!なに?!」




計算書なんかほったらかして、なんなら電気もつけっぱで、新宿までタクシーぶっ飛ばした。


「あとどのくらいですか?!」

「大丈夫!こっちから行けば空いてるから!

 もうすぐそこだよ!あ!ほら見えた!」

「お釣りはいいですから!」

札を叩き置く。

「兄ちゃん俺一緒に行くから!

 凶悪犯だったらどうすんの!」




いない!

中に入ったか?!


自動ドアをこじ開けようとしたとき


「兄ちゃんあの子じゃないの?!」


運転手が指す方。


ホテルの前の歩道の隅に、顔を伏せて座り込んでる女の子が。



「スーたん!」



顔を上げ

俺を認識すると



「巧実さん!」



飛び込んできた。



「大丈夫?!」



「怖かった…!」



思わず腕を回していた。



腕の中で震える肩。




「兄ちゃん大丈夫そ?

 男もいないみたいだな」

「あ…はいスミマセン」

「お姉ちゃん良かったな。

 こんなスーパーマンみたいな男が彼氏で」

「助かりました

 ありがとうございます」


いい運転手さんだった。

YSBタクシーか、贔屓にしよう。

そしてタクシーは帰って行った。

間違った、乗れば良かった。


いや、家に帰るわけにいかないのか。


「どっか入ろうか」

頷く。

歩き出すと自然と腕に掴まった。


と言ってもどこに…


「あ、スーたんあそこでいい?」

「うん」


カラオケだった。


「えーっと1時間…いや2時間」

「フリータイムで!」

なにこのデジャブ。


ちょうど空きが出た狭い部屋に入れた。


「寒くない?」

「うん、ごめんね」

「何もされてない?」

「うん」

「その人はどうしたの?」


「ほんとにヤバいと思って

 ホテルの入り口で暴れたらどっか行った

 たぶんホテルの人が出てきたから」


コートを脱いで壁のハンガーに掛ける。

振り向くとスーたんは、服を捲って足や腕を見ていた。

「怪我した?」

「なんかここ痛い」

「背中?」

「柱にぶつかったの」

そう言って俺に背中を向ける。

「どの辺?」

ニットを捲る。

「右側」

「ちょっと赤くなってるね。

 腕は動かせる?」

「うん」

「折れてはないかな」

服を戻して顔を合わせると

「あ…ごめんなさい」

「確かに」

クスクスクス

違和感なかった。


「なんで合コン?」

「合コンって言うか友達が…

 あ!あのね巧実さん!

 根岸さんとお友達になれそうなの!」

「え、どういう展開!」

カクカクシカジカ

「あぁね、本当はいい子だったのか」

「まぁ嫌なことは色々言われたけど

 ぼっちが嫌で友達作っちゃう気持ちはわかる」

「よかったね」

「うん、無理に付き合わなくてもいい感じするし

 一人で居てもいいし、なんかいいかも」

「そっか」


「さ!歌お~っと」


「スーたん何飲む?」

「とりあえずビール!」

「言うようになったね」


再会した夏。

スーたんは初めて酒を飲んだっけ。

あの時もカラオケで。

友達ができない話を聞き、朝まで一緒に眠った。


俺に寄りかかって、スーたんは安心しきった顔で眠ったんだ。


「巧実さんグレイ歌ってよ!」

「いいね~」

「スキーの時のやつ!」

「あれどっちだっけ、missingyouだっけ」

「なんか懐かしいね、スキー

 階段で歌ったよね~」

「うん」

「拓実さんの歌久々だな〜」



あぁどうしよう



好きだ。



たまらなく好きなんだ。




「巧実さん始まったよ!」



思うままに歌い、スーたんは可愛いカクテルじゃなくてビールとレモン酎ハイを飲んだ。


やはりどうしても、なにも変らない気がしてしまう。

きっとスーたんも似たような感覚があるんだろう。



すーたんのそれは恋とは違う、やはり友達のような感覚なのか。






「んーーー…」zzz

「スーたん寝るの?帰ろうか」

「やぁ…」zzz


しばらく歌って、俺に寄りかかり寝息を立て始めた。



抱きしめたい手を我慢するしかないのか。



俺のこの気持ちはいつか変わるだろうか。

恋ではない、友達の気持ちに。



「巧実さ…ん…」zzz


「おいで」




スーたんの匂いがする。


腕の中で安心したように眠る愛おしい子。




「ごめん…無理だ…」



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