友達宣言

あ、こんなとこに落ちてたんだ。


脱衣所の棚の奥。

棚板に少しだけ隙間があって、そこからよく物が落ちる。

洗剤やシャンプー類のストックの並ぶ奥に、スーたんのおパンツが落ちていた。

ふりふりした甘いやつじゃなく、色は可愛いピンクだけどスポーティーなデザインで、上下で着たいらしいスーたんはがっかりしていた。


家はとっちらかっていた。

忙しいからじゃない。


何もしたくない。


家のあちこちにスーたんがいて、思い出しては泣きたくなりぼんやりして時間は過ぎた。



『巧実さん!』



スーたん


会いたい




PPPPP PPPPP PP

「はいはーいお疲れさん」

電話は真田だった。

『神田もう上がってんの?

 エネ開にかけたら帰ったって』

「うん、今帰ったとこ

 今日ほんとは公休だも~ん」

『夕飯食った?出てこいよ』

「珍しいね、お前から外食のお誘いなんて」

『マドカの命令』

「え!弦くんも?!」

『弦は実家』

「なーんだ」


棚からわざわざ出した詰め替えのボディーソープはとりあえず詰め替えて、スーたんのおパンツはとりあえず引出しにしまった。


着替えるのが面倒で、そのままコートを羽織って家を出た。





「え」



「ほら行くわよ」

「もっと美味い店に行きたかった」

「早く」


マドカちゃんに連れ込まれるジョイジョイ居酒屋。


「なんで…?」


「面白いから♡」



この期に及んで、店の中に店員さんを見つけると胸が一瞬躍った。


「お、スーたん久しぶり」


「3人ね」

「とりあえず生3つな

 神田も生でいいだろ?」

「うん」

注文いいながら席に向かう手慣れた人たち。


「どういうおつもりで?」

「いいじゃない

 一生会わないつもりだったの?」

「や、そんなことは」


「お待たせしました~」


「適当に持って来て」

「りょ~」

マドカちゃんがそう言うと、店員さんはまた戻っていく。


なんか普通だな。


また錯覚しそうになる。

まだスーたんが横に居いると。


「お前ら喧嘩でもしてんの?」


ぐーーっと飲んだジョッキを置いた真田が聞く。

あ、今から話す感じか。

わざわざの呼び出しでここだったから、マドカちゃんは聞いたんだろうと思ったけど。


「別居したのよね」

「スーたんに聞いた?」

「神田くんはそれでいいの?」

「いいっていうか、まぁ仕方ないじゃん」

「朝霧くんに気持ち伝えたみたいよ、スズ」



「そっか」


良かった。

それで良かったんだ。


「結局朝霧がよかったってこと?」

「偶然会っちゃうなんて運命強いんだろうな2人」

平気平気。大丈夫。


俺が望んだこと。



「スズ迷ってるわよ」



え?



「吹っ切れないのもわかるけど。

 一緒に暮らしてたんだしね」


迷うことない。

俺はそんなの望んでない。






「私も飲もうかな〜」

シフトの時間が終わって、スーたんは席に来た。

メニューを渡すと楽しそうに選ぶ。

「店員なのに頭に入ってないの?」

「入ってません」

「スーたん生搾りレモン飲みたいって言ってたじゃん」

メニューを指す。

「あ、そうだった〜」

「マドカちゃんは?お茶もらう?」

「じゃ神田くん、あとはスズよろしくね」

「「へ?」」

「せっかく子のいないデートなんだから」

「マドカ、どこ行く?」

「前に行ったホテルは?」

「あぁいいね、おもちゃでも買うか」

「いいわねたまには」

楽しそうですね…

「あ、私トイザらスのチラシもらったんだった!

 クーポンもついてるの!」

「違うわよ」

「そのおもちゃじゃない」

意味わかってないのが可愛すぎる。

ホテルの予約を入れて2人は帰っていった。


「何か食べる?まかない食べれたの?」

「うん」

「俺も同じの飲もうかな〜」

「偶数で注文されると助かるんだよ!」

「あぁ、半分に切るから?」

「そ」


「不思議だな」


今までと何も変っていない気がしてしまう。




生搾りレモンを一杯飲んでお店をあとにした。


「スーたん送るよ」

「え、でも」

「明日は昼から行くし遅くなっても平気」

「そっか」


何も変らない気がしているのに、そうじゃないことをちゃんとわかっている。

今までは一緒にタクシーに乗ったり、手を繋いで少し歩いたりした。

同じ家に帰っていた。

ちゃんと、送るよって言葉が出た。



「スーたんお正月は?家に帰る?」

「バイト入れちゃった」

「おぉ!働くね〜」

「拓実さんは?」

「何しよっかな〜キャンプでも行こうかな」

「え!キャンプ?!」


もしまだ一緒に暮らしていたら、お正月は何をしただろう。

冬のキャンプもいいし、家で飲んだくれるのもいい。

いや、きっとうちの親が黙ってない。連れて行くことになったかもしれない。


「キャンプ行きたい?

 暖かくなったら行く?真田たち誘ってもいいし

 静香ちゃん誘ってもいいし」

「まどかさんも静香さんもキャンプとか行かなそう」

「確かに」アハハ


「ねぇ巧実さん」

「あ、そうだ

 スーたんあのピンクのパンツ出てきたよ」

「え!あった?!」

「天城に預け…」

「やだ」

「ですよね」

「書留で送ろうか!住所教えて!」

「パンツをカキトメ?」アハハ


「あ、そうだスーたん」


「ん?」


俺が立ち止まったから、スーたんは少し先で立ち止まり振り向く。

笑ったまま、花が咲いたような笑顔。


抱きしめたい手を


撫でたい手を


握りしめる。




「880円」




「え…?」



「返してもらってなかったな」



笑顔のまま止まったその表情で



涙がこぼれ落ちる。



思わずそらしたくなった視線を、必死に維持した。




「そ…そうだったね」



財布から取り出した千円札。



「おつり120円で~す」


「いい…利子だから」



無理矢理笑おうとする顔にまた涙が落ちる。



「スーたん」



抱きしめたい



「借金も返済したし

 今日からさ、俺たち友達になろう!」



抱きしめて言いたい




「俺たち友達以上に友達になれるよ」




好きだと



離したくないと





「どう?」




「うん…!」




迷わなくていいから


朝霧のとこに行ってくれ




俺が望んでいるのは


なによりも




あなたの幸せだから

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