待ち伏せの告白

熱は出なくなり、家も整い、暮らしも整ってきた。


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『計って入れるだけの液味噌だよ』

なにそれ。

添付された写真は冷蔵庫の中の扉。


「あぁ、これっておみそ汁なんだ」


拓実みそ汁はお湯に入れるだけの味のついたお味噌だった。




小鍋に沸かした湯に、切ってポリ袋に入れておいた玉ねぎとしめじをぶっこむ。

そして秘伝のお味噌を大さじではかる。


私にもおみそ汁を作れた。



一人で頑張る



とりあえずピアノと暮らしと勉強。

しっかりしたい。

恋をするのはそれができてから。


運命に任せればいい。



初めて一人で切符を買い、私は新幹線に乗った。



降り立ったそこは雪が降っていた。

凍てつくほど寒いのに、ハラハラと舞い上がる雪を見上げると、私は夜の空に咲く大輪の花火を思い出した。


あの夏はもう戻らない。


毎年一緒に見ると思っていた花火は、次の年には隣に光輝はいなかった。



「うーー寒っ!」


名刺に書いてあった住所をスマホのマップに入れ、道を辿る。

幸い仙台駅から歩ける距離だった。


街はどこもかしこもジングルベル。


光輝仕事だよね。

クリスマスイブだからって休みじゃないだろうし。

あの頃帰宅時間は色々だったけど、今もそうなのかな。



見上げた仙台の会社は、舞う雪と、反射するイルミネーションがキラキラして綺麗だった。


吹き下ろす風は冷たい。


私が光輝の会社を何度となく見上げた頃は暑かった。



「寒い」ハァ

手に息を吹きかけて擦り合わせる。

雪で濡れているし、座れそうな所はなかった。

人が行き来する玄関を見張り、また手を擦り合わせる。

ここ以外に出口があったら終わりだな。


「何階だろ」


また見上げる。




「ス…スズ……?」




「光輝…?」




暗くてよく見えないけど、シルエットと声は光輝だ。



「よかった…会えた」



気付いてくれなかったら私気付かなかったかもしれない。


「ス…」

「ダメ!!」

女の人が光輝の腕に抱きつく。

「朝霧さん、俺ら先に行ってますから。

 あとで連絡ください」

「行っちゃダメ!

 りぃたちと飲みに行くって行った!」

「りぃごめん」

「りぃ行くぞ

 イタリアンの店探してやるから」

一緒にいた男の人がその人を引っ張る。


彼女ではないんだよね?

私のこと好きだって言ったし。


「りぃごめん。

 俺あの子に告白してて返事待ちなんだ」

「は…?」

「朝霧さん、ズバッと言いすぎです。

 この後慰める俺の気持ちも察してください」

「ごめん、岩本頼む」

「りぃ行くぞ」

「りぃ…朝霧さんの事

 好きなんて全然言ってないもん!」

ぷいっと歩き出した彼女を、男の人は追いかけていった。

それを見届けて光輝がこっちを見る。


「ごめ…お仕事」

「あ、ううん

 もう終わって飲みに行くとこだっただけ。

 仕事じゃないから大丈夫」

光輝の視線が手元に下りる。

「いつから待ってた?寒かったろ?」

「寒いね仙台は」

「どっか店に入ろう、腹減ってない?」

「ここでいい、すぐ済むから」



もう最後。

光輝に会うのは最後かもしれない。


あの頃より痩せたのかな。

あの頃見ていた時よりも、大人っぽくなったような気がする。

憧れた大人な光輝には、きっと追いつけないんだろうな。

私が大人になるのと同じように、光輝も同じ長さの時が流れてますます大人になるんだもん。



「あっちに小さな公園あるから行こう。

 ここ会社の前だし」

「うん」


先を歩く光輝の背中を見る。

横に並ぶのは憚られた。

ふいに立ち止まり、振り向いた光輝はネックウォーマーを取り私に被せた。


光輝の匂い。

暖かさ。


それがあの頃とはリンクしない。

忘れてしまってるんだ。


「あ、スズこれくらいいいだろ?

 何がいい?ミルクティー?」

光輝が自販機に千円札を差し込む。

「大丈夫自分で買うから」

「いいから、どれ?」


お腹空いた…


「じゃあコンポタ」


光輝はコンポタを二つ買い、小さな公園へ入っていった。

屋根の付いたピクニックベンチに座ると、コンポタの缶を上下に揺らして開けてくれた。



「はい」

「ありがと、あったかい」

「たまたま早く終わったけどさ

 俺が出てくるまで待ってるつもりだった?」

「うん」

「電話くれたらよかったのに」

「番号わからないから」


「大学は?」

「もう冬休み」

「そっか」

「光輝アルゼンチンじゃなかったの?

 名刺に仙台って書いてあったけど」

「年明けまで仙台に派遣されてんの。

 俺がアルゼンチンって誰に聞いた?神田?」



「愛理…」



一瞬、光輝はコンポタを吹き出しそうになった。


「それ聞いてから…

 会っちゃうしなんかもうぐちゃぐちゃで」

「そっか、ごめん」


よし、ちゃんと言おう。

今の私の気持ち。



「あのね光輝」



「返事?」




「ごめん私…

 光輝の気持ちにこたえられない」




「そっか…

 やっぱ神田がいいか」




「違うの、巧実さんにはふられたの。

 もう一緒に住むのはやめようって言われて

 私、美術館の次の日から自分ちに戻ったの」

「や…」

「光輝に会っちゃってからね

 どうしても光輝のことばっか考えて

 でも巧実さんのことはすごく大事で

 なんかもうわかんなくて…」


それが私の素直な気持ちなの。


「あのね、いっぱいいっぱい考えてね」


「うん」ゴクリ



「私ね、一人になりたいの」



よし言えた!



「………」



シーーーーン



なんか黙っちゃった。



「しばらく一人になって

 一人で考えて一人で頑張ろうと思うの」



光輝が頭を抱える。

別にふったわけじゃないのに。


「ずっとね、光輝に甘えて光輝しか見えてなくて

 光輝にふられた後は美来くんでしょ

 そんで美来くんがあれで巧実さんで…

 誰かに頼らないと一人になるの怖かった」

「スズ、いいから」

「何が?」

「ちゃんと考えたんだよな

 たまには自分と向き合うのも大事だ

 うん、それでいい」

「うん、だからごめんね」

「や、だから」


「じゃ、そういうことだから

 私帰るね、まだ新幹線間に合うし」


缶に残っていたコンポタを飲みきり、私は立ち上がった。



「待って」

「あ、これ返すね

 暖かいねこのネックウォーマー」



「スズは俺のこと好きってこと?」



「うん、好きだよ」



「じゃあいいじゃん

 俺もスズを好きでスズも俺を好きなら

 それは一緒にいていいってことだろ?」



「だから、一人で頑張りたいの。

 一人で大学行ってピアノ弾いて

 バイトも頑張ってちゃんと一人で暮らす」

「なんで?」

「だから、ずっと誰かに甘えてきたから

 自分で頑張りたいなって思ったの。

 巧実さんち出てからいっぱい考えたの」

「神田と別れてすぐだから?

 いいってそんなの」

「違うの

 そういうことじゃないの」

「いっぱい考えて

 自分一人で頑張ろうと思ったんだよな」

「うん」

「自分を見つめるいい機会だったわけだ」

「そうなの」

「オッケー、よく考えました!

 それはそれでいいから

 俺のこと好きだと思うなら俺のとこ来ればいい。

 もし、やっぱ神田が好きだと思ったら

 その時は神田のとこ行けばいいから」

「だから…話し聞いてた?

 一人でしばらくやっていきたいの」

「しばらくって?三日くらい?」

「そんなわけないじゃん!」

「じゃあ年内?」

「何年かわかんない!」

「じゃあ俺どうすんの?待つの?」



「運命だったらまた出会う!」



「運命だったからまた出会ったんだろ」



やばい、言い負かされる!



「じゃ…私気持ち伝えたからね!」



逃げろ!



「スズ」

「バイバイ!光輝もアルゼンチン頑張ってね!」


空き缶をゴミかごに捨て、スタコラサッサ!



「スズ!」



逃げようと思ったその時



ふわっと身動きを封じられた。



「困る…!やめて…!」



「嫌だ」



「離してよ!」



「俺はもう…一人は嫌だ」




頬に感じる光輝の体温。

一気にあふれ出るあの頃の空気。



「頼む…一人にしないで……」



すぐそばに聞こえる声。



「光輝…」



「また彼女になって?」



意図せず溢れ落ちる涙。

揺らぎそうになる心。



「だから無理!じゃあね!」



光輝を振り切って私は走った。


光輝を好きだと思う。

だけど巧実さんのことを整理しきれてない部分もある。


だからしばらく一人で考えたいと結論に至ったのは本心なの。



「スズ待って!」



しつこ!


人通りの多い駅の近くを全力疾走。

信号を渡ったとこで光輝の姿は見えなくなった。


また会うかもしれないし、もう会わないかもしれない。


光輝に会いたいと思ったら、その時は会いに行くからまた私の気持ちを聞いて欲しい。



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