第6話「冒険者ギルドへ行こう」

 川のほとりで朝日に照らされて目を覚ましたオレは、とんでもない筋肉痛におそわれていた。

 慣れない運動をしたのが悪かったのだろうか。

 昨日森を歩き回った足と剣を振り回した腕が特に痛い。

 毎日の登下校爆速チャリじゃ運動不足は解消されないってことか。



「おっはよー、よく寝れた?」


「まあ…、体がクッソ痛い…」


「ハハハ、筋肉痛なんて動けば治るって」



 軽く言ってくれる。

 治るまでが大変なんだぞ。


 小川で顔を洗い、オレたちは朝食をとった。

 川を泳いでいた魚を剣で仕留しとめようとしたが、全くれずにいた。

 途中から手で取った方がいいとガイアに指摘され、人生初の魚の掴み獲りをした。

 小一時間かけてやっと2匹。

 その場で火を起こして焼き魚にした。

 昨日森で手に入れたアケモモは1日っても 未だみずみずしさを保っている。

 今度はこぼさないように…。


 食べ終えてすぐ、オレは依頼で手に入れた服に着替えた。

 長袖に茶色いベスト、それと七部丈しちぶたけのズボン。

 着心地は思っていたよりも良い。

 そして何より、一気に異世界感がましたことで、オレのテンションはだいぶ上がっている。



「似合ってるじゃ〜ん。馬子まごにも衣装って感じ?」


「最後のが余計」



 着替えた後、今日の作戦会議に移った。



「今日は、冒険者ギルドに行こうと思いまーす!」


「へえ…」



 冒険者ギルド!

 やっとそれっぽくなってきた!

 オレは内心の興奮を抑えようとしたが、冒険者ギルドと聞いてオレの声が少し高くなったのを、ガイアは聴き逃さなかった。



「お〜?もしかして楽しみだった〜?」


「い、いや…別に」



 ガイアがニヤニヤしながらオレの顔を近くで覗き込んでくる。

 変なとこだけ察しの良い……。





 町へ来た。

 入り口近くにはやはり露店が立ち並んでおり、焼いた肉や魚、果実なんかが並んでいる。

 ソースと絡めた肉を炒める香ばしい匂いが鼻を通り、思わずヨダレが垂れそうになった。

 木の実や魚はうまいけど、やっぱり肉が食べたいよなあ。



「大分歩いてるけどまだかかりそう?」


「うん。前来たとこは郊外こうがいだからね。ギルド本部は基本的に国の中心部にあるから」



 少し歩くと町中に石像や絵画かいがなど、芸術作品が多く立ち並ぶようになった。

 いやさっきのところにもあったはあったのだが、何故かここは数が尋常じんじょうじゃない。



「…視線を感じる……」



 四方八方至る所にある。

 その中でも絵画などは主題や描かれるものが様々だが、石像はさっきからほとんど同じ人の顔しか見ていない気がする。

 しかも妙に顔立ちがととのっていて性別も分かりにくく、服装でようやく男とわかるくらいだ。

 この国の英雄か王族かなにかだろうか。

 街の奥に目をやってみれば、巨大な建物が見える。

 教会のようでありまた城のようでもあるその建物、街のど真ん中にあるし多分シンボルかなんかだよな。


 それから小1時間ほどでやっと冒険者ギルドに着いた。

 「ある程度の場所までしかわからないから後は自力でよろしく」とまたガイアに投げられたのだ。

 正直覚悟はしていたが、町行く人にいたりそれっぽい建物を手当たり次第に覗いてみたり、なかなかに大変だった。


 ギルドの中は様々な武器や服、よろいなんかをを装備した冒険者がいた。

 ガイアが情報収集はギルドが最適だと言っていたが、なるほど、冒険者一人一人の服装の文化圏がだいぶ分かれている。

 中世ヨーロッパの鎧のようなものを着ている者もいれば和服に近い格好かっこうで日本刀らしき刀を腰に下げている者もいる。

 国のギルド本部だ、それだけグローバルに対応しているのだろう。

 オレは奥にあるカウンターへと足を進めた。

 カウンターでは猫耳の受付嬢うけつけじょうがにっこりと微笑ほほえみながら対応をしてくれた。



「冒険者ギルドアウローラ公国こうこく支部へようこそ。今日はどのようなご用件でしょうか」


「えっと、冒険者登録をお願いしたいんですが」


「冒険者登録ですね、承知しょうちいたしました。少々お待ちください」



 そう言って嬢は後ろのたなから書類を一枚取り出した。



「では、ギルドパスポートに記載きさいする個人情報をここに記入していただきます。ご自身で記入されますか?」


 ギルドパスポートってなんだ?会員証的な?

 自分で記入とか選べるんだな、きっと文字の読み書きできない人への配慮はいりょなのだろう。

 実際オレがとても助かっているし。



「じゃあ、お願いします」


「承知いたしました。では、お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「笠井賢吾です」


「ありがとうございます、カサイケンゴ様。ご出身は?」


「あー、出身は…」



 なんて言ったら良いだろう、日本って言ったって絶対伝わらないよな。

 するとカバンの中からガイアが「アウローラ公国って言って」とオレに小声でささやいた。

 アウローラ公国、たしか最初にも嬢が”冒険者ギルドアウローラ公国支部”と言っていた。

 おそらくこの国の名前なのだろう。

 公国ということは、貴族がおさめている国ということか。

 アウローラといえばローマ神話に登場するあけぼのの女神の名前だ。

 町の雰囲気ふんいきも若干ローマっぽいし、何か関係があるのだろうか。


 その後も5分ほど質問をされ、書類の記入が終わった。



「ではギルドパスポートを作成いたしますので、そちらへおかけになってお待ちください。でき上がり次第しだいお声掛けをいたします」



 言われるがまま、オレたちはカウンター近くのテーブルへ腰掛こしかけた。



「広いなあ」



 国のギルド本部ということもあり、内部はかなりの広さだ。

 階段があり、外装がいそうを見るに三階建の屋敷やしきのような作りをしたとても大きな建物。

 そしてここにも壁面へきめんには美しい絵画やフレスコ画が多く描かれ、さらに4つほど石像がある。

 今度の石像はどれも顔が違う。

 それにしても人が多い。



「カサイケンゴ様ー」



 そうこうしていると、もう名前を呼ばれた。

 早いな。まだ15分も経っていないぞ。



「お待たせしました。こちらギルドパスポートとなります」



 そう言って出されたのは、6×9㎠ほどの銅板どうばんだった。

 周りには太陽と雲ようなずいぶんとった装飾が施され、中心部に文字が刻んである。

 下に丸い窪みがある。

 コレはなんだろう。



「では最後に、パスポートへ血液の登録をお願いいたします。」


「え…血の登録…ですか?」


「はい、盗難、紛失時の悪用防止のためです。この窪みへ一滴いってきらしていただけば結構けっこうですので」



 なるほど、DNAなんていつわりようが無いもんな。

 その点、身分証よりも確かなシステムかもしれない。

 人差し指の先を少し切って窪みへ血を一滴垂らしてみると、血が銅板へみ込み、装飾の一部があかく染まっていく。

 コレも魔法の一種なのだろうか。



「はい、登録完了です。ご説明は必要ですか?」


「あ、お願いします」


「かしこまりました。このギルドパスポートは貴方様がギルド登録された冒険者であることの証明書となります。このパスポートを持っていれば、ギルドでランクに応じた依頼を受けたり、ギルド運営の食堂や宿泊施設での料金割引を受けることができます。また、このパスポートは外国でも身分証明書等として使用可能ですので、紛失や盗難に十分お気をつけください」



 便利なもんだ。

 これ一枚で色々なことができる。

 デザインも結構カッコいいし、何よりオレが冒険者になった証だ。



「ランクは推薦以外は皆様一律いちりつFランクからのスタートとなっております」


「Fランクが受けられる依頼って何がありますか?」


「買い出しの手伝いや迷い猫探しなどの基本的に戦闘のない依頼ですね。もう登録が完了しているので今すぐにでも受けることが可能ですか、いかがいたしますか?」



 もう依頼を受けられるのか。

 オレは「ちょっとすみません」とその場に少しだけしゃがみ込んでカバンに顔を寄せて、小声でガイアと相談した。



「どうする?受けちゃう?」


「思い立ったが吉日、あるんなら受けちゃおう!」


「よし」


「お客様……?」



 嬢が不思議そうにオレの顔を覗き込む。

 まずい、今のは少し奇行だったかもしれない。



「あ、すみません。受けます、お願いします!」


「承知しました。」



 嬢はニッコリと微笑ほほえみながらそう言った。





 記念すべき最初の依頼は、迷子の猫探しだった。

 今朝、ドアを開けた隙を狙って家から逃げてしまったんだとか。

 オレたちは町中を駆け回って猫を探したが、この広い街の中で小さな猫1匹を探すなんてのは実に骨が折れる。

 白黒で赤い首輪がついているらしいから見つけやすいと思ったけど、なかなか見つからないもんだな。



「闇雲に探してないでさ、猫の気持ちになって探してみようよ」



 猫の気持ちかー、全くもって考えたこともない。

 こういう時はテンプレを想像してみると意外と当たってたりするもんだ。

 猫…猫…。



「猫といえば高いとこだよな」



 キャットタワーとか屋根とか木の上とか。

 そう考えてふと、近くのレンガ製の家の屋根を見た。すると

 いたーーーー!!

 二階建ての屋根の先端に、特徴のよく当てはまる猫が1匹。



「いた!屋根の上!」


「おー!賢吾ナイス!」



 オレは家の人に許可をとり、屋根の上へ登った。

 ガイアの入ったカバンは、危ないので下に置いてある。

 屋根にしがみつきながら猫へ手を伸ばし、文字通りの猫撫で声で呼びかけた。



「猫ちゃーん、おいでー」



 しかし猫は自分の毛並みを整えるだけで、一向に見向きもしない。

 もう少し前へ出たほうがいいか。

 オレは猫に触れられるくらいの距離まで来て、もう一度呼びかける。



「猫ちゃーんおいでー、怖くないからねー」



 右手でそっと背中に触れる。

 すると猫は「にゃーん」と一声鳴いて、斜面に突き出た窓の上に跳んで移ってしまった。

 なんてこった、さらにキツくなったぞ。

 オレは屋根へ寝そべるような体勢でゆっくりとゆっくりと窓に近づいて行った。

 ふちに足を掛けて起き上がると、再度猫へ手を伸ばした。

 慎重に、慎重に…。



「ほーら…おいでー…」



 オレがそっとでると、猫は立ち上がってオレの手にり寄った。

 チャンスだ!

 オレはもう一方の手を出して猫を持ち上げると、寝返って腹の上で抱きかかえるように捕獲ほかくした。



「ふう…」



 安心したのも束の間。

 起きあがろうとしたオレは、足を滑らせて体勢を崩してしまった。

 やばい!!落ちる!!

 オレは咄嗟とっさに背中を下に向けて、そのまま地面へドスンと落ちた。



「賢吾!?大丈夫!?」



 ガイアがカバンに入ったままピョンピョン跳ねてオレを心配している。



「一応、大丈夫」


「にゃーん」



 猫はオレの腕に抱かれたまま、目立った外傷は見当たらない。

 良かった、無事みたいだ。





「お疲れ様です。こちら報酬の300ルベルとなっております。」



 ギルドのカウンターで受け取った巾着袋には、金色の硬貨が3枚入っていた。

冒険者としての初任給だ。

 元の手持ちと合わせて800ルベル。



「お疲れさま賢吾。ちりも積もれば山となる、この調子でコツコツ貯めてこう!」


「あー、それなんだけどさ、このお金、今から使ってもいい?」


「え?まあ、いいけど何に使うの?」


「それはまだ内緒」



 オレはギルドを後にして、町の雑貨屋に来た。

 ティーカップからストーブまで、実に沢山の品物がそろっている。



「賢吾ー、ここで何買うのー?」


「まあまあ」



 店を歩き回り、オレはある”モノ”を探す。



「お、あったあった。すみませーん、これいくらですか?」


「はーい、こちらですね。1000ルベルになります」


「あー、もうちょっと手頃てごろなのってあります?できれば800ルベルより安いくらいの…」


「それでしたらこちらに」



(え?何?何買ってるの賢吾?気になるよぉ〜)




 店である”モノ”を買ったオレは、町を出て昨日寝泊ねとまりした川原まで帰ってきた。



「ねぇ賢吾〜何買ったの〜?」



 紙袋を抱えたオレの周りをガイアがフヨフヨと浮きながら回っている。



「急かさない急かさない」



 そう言ってオレは紙袋を開け、中身を取り出す。

 ガイアのほおに押し当てて触らせると、まるで動物園でゾウを見た子供のように表情がパアっ明るくなった。



「わぁ!ぬいぐるみだぁ!」



 オレが雑貨屋で買ったのは、少し大きめの猫のぬいぐるみだった。

 中古だったのでところどころがほつれているが、この大きさで700ルベルは結構お 得だったんじゃないか?



「賢吾ってぬいぐるみとか好きなんだね〜。意外かも」


「違うって、これは…」



 オレは剣を取り出し、ぬいぐるみの背中をい合わせてある糸を切断した。

 そして中身の綿わたを少し抜いて、ぬいぐるみと合わせて買った小さな裁縫セットで切ったところにボタンをいくつか縫い付ける。

 これが結構難しくて6回くらい指に針を刺したけど、割と上手く縫い付けられたと思う。



「ガイア、ちょっとこっちきて」


「え?何?何?」


「じっとしてろよー。」



 そう言ってオレはぬいぐるみをガイアにかぶせ、ボタンを閉めた。



「どう?苦しくない?」


「大丈夫だけど」


「よし、じゃあ完成だ!」



 オレが作ったのは、ガイアに着せるための即席そくせきの着ぐるみだ。



「着ぐるみ?」


「そう。カバンの中にいるだけじゃ退屈だろ?これを着てれば見られても大丈夫だし、何よりコソコソ話さなくていいし、運ぶオレの負担も減る。感覚は少しにぶるだろうけど、そこは我慢してくれよ」



 ガイアはしばらく周りをクルクル回ったり、その場で上下したりと動き回っていた。

 ……気に入ってくれただろうか。



「良い!すごく良いよこれ!動きやすいしモフモフで気持ちいいしぃ〜!」


「マジ?良かったぁ〜」



 どうやら気に入ってくれたようだ。

 ガイアはオレの周りを跳ねるように回っている。

「ありがとーー!!」と言って抱きついてきたが、着ぐるみの中に少し残した綿わたのおかげで骨が当たらず、全く痛くない。

 我ながら良い完成度。

 これで明日からの移動が少しは楽になるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る