プロジア王国物語~ファンタジー世界にて召喚者は現代兵器でのし上がる~

広瀬妟子

プロローグ 岩崎巧という男

 遥か昔、この世界は魔王に支配されていました。魔王とそれに従う魔物に苦しむ人々を救うべく、神様は勇者と賢者を遣わしました。


 勇者は多くの仲間と共に魔王軍に立ち向かい、これに打ち勝ちました。世界はこれを祝い、未来まで称えるために新たに暦を作りました。


 以後、勇者が魔王に勝ったその年を初めとして、勇暦(Heloic Era)が生まれたのです。


(アジリピア大陸西部に伝わる伝承より)


・・・


 勇暦というものほど、便利なものはない。広大な盆地の片隅にある町、その酒場の一席にて岩崎巧いわさき たくみはそう思いながら葡萄酒を飲んでいた。


 ここ、北ラジッツ地方にある町ノルトリクトは、彼がこの世界に『召喚』されて6年後に拠点を構えた場所である。日本の工業系メーカーで働いていた彼を召喚したのは、どう見ても技術の類と縁遠そうな貴族の領主だった。


「どうか、我らに仇成す魔物を倒してくれまいか!」


 アジリピア大陸の西側を占めるイルピア地域は、約800年前までは魔王が支配する場所だった。魔王軍の圧政に苦しんだ人々は神に祈り、異なる世界から勇者と賢者を呼び出したという。その故事に倣い、イルピア地域の国々は技術力と軍事力の向上を果たすべく『召喚の儀』を執り行っていた。


 彼には武芸の類はない。だが知識は元々あったし、召喚される際に身に付いたスキルは十分に役立った。『想像製作』という特殊なスキルは、魔法陣の中で様々なモノを作り上げるものであり、そして彼には軍事兵器に関する知識があった。


 超高振動の刃で何でも一刀両断するバイブレーション・ソードに、1000メートル先から射貫く狙撃銃。その他低い戦闘能力を補うための武器を拵えた彼は荒くれ者数名を率いて魔物討伐に赴いた。そして見事依頼に応えた。


 それから1年程、この世界で生き抜くための手段と名声を手にした彼は、新たな段階に挑むこととした。傭兵や奴隷、そしてつまみ者扱いされていた人々を連れて彼は、遠い辺境の地の開拓に臨んだのである。


 彼を召喚した神聖ゴーティア帝国の東部地域は、かつて世界を支配していた魔王軍の残党からなる部族や、騎馬遊牧民族を中心とした者達との衝突地域であり、多くの人々はこれを不安視した。彼が高値で買い取った奴隷の多くはそういった部族との戦闘で得られたものであり、復讐を受ける可能性が非常に高かったからだ。


 しかし、彼は勇敢だったし、そして勝算も十分にあった。彼は賛同者のうち魔導師の職にある者と協力して、新しいモノを作り上げていた。例えば戦いや病で手足を失った者には義肢を与え、生きる望みを分け与えてきたのである。


 さらに衝突する可能性があった辺境の部族に対しては、同じ集落出身の奴隷を介して交渉に臨み、正しい手順で土地を手に入れていった。彼は優しい性格であったが、戦闘のどさくさに紛れて集落を襲い、人さらいを目論む者達には手厳しかった。


 ノルトリクトはそういった地道な活動を5年程かけて行ってきた『結果』である。一応合議を経て町長の地位にあるが、外交とか行政の類は他所から来てもらった下級貴族とかその手の能力がある者に任せている。ノルトリクト近郊の鉱山からは膨大な量の石炭と鉄鉱石が産出しており、それらを原料として工業製品を生産。周辺に輸出することで財を成している。


 特にこの酒場『鉄窯亭アイゼン・オフェン』はその象徴的な場所だった。骨組みは鋼鉄製であり、調理器具も近代的な規格で量産されたものばかり。極めつけは店名の由来である鉄製のオーブングリルであり、これを用いて焼き上げるソーセージと豚肉のステーキ、そしてジャガイモとタマネギのグラタンはこの店の名物だった。


 そんな彼はこの日の仕事を終え、カウンター席で牛肉のシチューとワインを味わっていた。この世界において高性能の時計を作ったり、それらを社会で有効的に活用するのに『勇暦』という社会システムは非常に便利だった。


 と、今晩の料理に舌鼓を打っていると、ティアンドルに身を包んで大ジョッキのエールを運んでいたエルフの店員が話しかけてくる。


「旦那、あっちを見て下さいよ。見慣れないツラです。服装からして貴族の旅人みたいですが…なんか手持ちが少ないみたいで、安い料理しか頼んでくれないんです。なんかしてくれます?」


「そういうのは俺に頼む様なことでもないだろうに。分かった、酒の分はやらせてもらおう」


 軽く応じ、岩崎はテーブル席で食事を取るその旅人達へと歩み寄る。片方はスカーフで頭を丁寧に包んだ、赤色の鮮やかな衣装を身に纏う少女で、もう片方はずいぶんと着古した感のある衣服に身を包んだ少年だった。


「お二人さん、見ない顔だね。どこから来た?」


 一般的なお客に見せかけつつ声をかけると、ライ麦パンにソーセージのセットを小さく切って丁重に食べていた少女が答えてくる。


「…私達は、西のガロアから来ましたの。この町は肩身の狭い者なら身分に関わらず受け入れてくれるとお聞きしまして」


「…ぼ、僕も同じ話を聞いて、この町に来ました。僕の名はホージョーと言います。彼女はマリア、僕の雇い主です」


 向かい側の席でちびちびとビスケットをかじっていた少年は話す。それを聞いた岩崎は目を丸くした。


「ガロアって、ゴーティアの西隣のデカい国じゃないか。ずいぶんと遠いところから来たねぇ…それに、旅行目的にしちゃ慎ましい晩飯だな。奢ってやるから詳しく話してくれ」


 ホージョーと名乗った少年の隣席に座り、店員に注文を出す。そしてグリルで丁寧に焼いた鶏肉とジャガイモとタマネギのグラタンが二皿置かれると、マリアは小さく礼をしながら話し始める。


「あ、ありがとうございます…私はガロアにて名のある貴族でして、とある高貴な方と婚約を結んでおりました。ですが先の戦争にて実家が酷いことになってしまい、婚約先は新たに西の国から来た人と婚約を結んでしまわれたのです」


 先の戦争と聞き、岩崎は半年前に終わったばかりの戦争を思い出す。神聖ゴーティア帝国とその南にあるアスタリシア帝国が、魔王軍残党を中心とした蛮族国家の侵攻を受けて始まったそれは、輸送インフラが貧弱なこの時代では珍しく2年程度で決着を見た。それにはガロアも援軍を送り込んでおり、軍事的に優勢を得ていたにせよ余りにも短い戦争だった。


 後により優秀な諜報網や、当時を戦場で実際に知る立場にあった者達との接触で情報を得られる様になって知ったことだが、序盤の攻勢でゴーティア・アスタリシア両国の軍は皇帝直属の部隊が壊滅し、高名な貴族の当主が多数戦死。国内まで押し込まれたところで様子見に徹していたガロアがようやく援軍を派遣し、戦局を挽回せしめたという。マリアがこの町に流れ着いたのも、その戦争で実家の当主が戦死してしまったがための悲劇だろう。


「国を跨いだ婚姻にて魅力の失った者に待つ将来は悲惨そのものです。故に私達はこの町へ参ったのです」


「そうか…ここに来るまでに随分と苦労した様だな。そうだ…」


 岩崎は懐からボールペンと紙を取り出し、何かを書き出す。そして書き終えると二人に渡した。


「コイツを町役場で見せてやれ。少なくとも仕事を得るための話は通せる。後はあんたらの努力次第だね」


 岩崎はそう言いつつ、席を立つ。そして呆然とする二人を他所眼に、彼は自身のいたカウンター席へと戻っていった。

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