悪質害悪ファンと呼ばれるようになった俺の元にやってきた新任の教師は推しアイドルだった

霧山鬼灯

プロローグ

 朝、起床した男の名前は霧山光。私立の高校に通うありふれた高校二年生だ。

「……もう朝か、ねっむ」

 枕元でけたたましく鳴り響くアラームを止めて大きく欠伸をした彼はスマホでSNSを開いて推しの投稿にいいねをする。

 光の推しは世界的にも人気であるのに、アンチと呼ばれる層が少ない特殊なアイドルだった。そんなアイドル、凛堂華の投稿にいいねをするのが彼のモーニングルーティンだった。

 彼女の投稿で元気をもらうことで怠さしか生まない高校にも行けるのだから、推しという存在は凄いものだと光は実感していた。

「それじゃ、行ってきます」

 誰もいない家の鍵を閉めると、そのまま電車に乗って高校へと向かう。

 高校についた光は教室に入って自席に荷物を置く。椅子に腰を下ろすと、背後から声をかけてくる人物がいた。

「ねぇ、そろそろ部誌の提出迫ってるけど大丈夫なの?」

 光に話しかける少女は、同じ文芸部の一条沙耶だ。彼女は学年でもかなり上位の成績を収めていて、光では歯が立たないほどに優等生だ。

 そんな彼女は、提出期限がそろそろなのに部誌を書いていそうにない光を見てむずむずしていたのだろう。光と沙耶はさほど仲も良くないため、そうとしか考えられない。

「あぁ、そろそろ書き始めるから大丈夫だよ」

「ちょ、まだ書き始めてもないの!?ちゃんとしてくれない?準備するこっちが大変なんだから」

 沙耶はその優等生ぶりも相まって、文芸部内でもかなり重要な役割を担っている。正直彼女がいなくなるだけで部には深刻なダメージを負うことだろう。

 ただ光は特段物語を書くことに固執も気に入ってもいないのでいつものように適当に済ませる気でいた。

 そんな部活の事なんかより、凛堂華の情報を追っていた方が光からすれば幸せなのだ。

 いつものようにスマホでSNSを確認している光を見て、沙耶は諦めることにした。こうなった光を説得する方法を知らないし、面倒だったからだ。

「っと、帰ったらこの番組見ないとなぁ」

 朝から推しがTV番組に出ることが決まっているので今日一日も頑張れそうだ。部誌を書かなければいけないのが面倒だが、そんなものは授業内で終わらせてしまえばいい。

 優等生とは正反対の思考をしている自覚を持ちながら、光はSNSを見続けた。


~数日後~

 部誌も提出し終わり、本日は推しのイベントにやってきていた。所謂ライブというものである。

「この日の為に、どれだけバイトをしたことか」

 どんなに辛い仕事でも、推しの為ならと頑張ることが出来た。すべては、このライブを全力で楽しむためである。

 左手にペンライト、右手にもペンライトという完璧な布陣で光はそのアイドルの登場を待っていた。観客も増えていき、熱気が空間を包んだ瞬間、爽快な音楽と共に彼女が登場してきた。

 ファンたちはペンライトを全力で振り、彼女の事を応援する。そして彼女はそれに応えるが如く、最高のパフォーマンスをしてくれた。

「今日は来てくれて本当にありがと~!!こんな機会はもう滅多にないだろうから、本当に嬉しい!!」

 彼女の一言でライブは無事に終了し、第二のイベントが始まろうとしていた。

 第二のイベント、それは握手会だ。オタクにとっては、推しと触れ合えるという最高の機会。

 ワクワクしていた光は、列に並んで凛堂華と握手できると再認識して手を拭う。

 凛堂華がこの場に登場して場は盛り上がりを見せ、順調に握手会は進んでいった。

 いよいよ次は自分の番、と光の心拍数が上昇していると前方から怒鳴り声が聞こえてくる。

「もうやめるって話してただろ!?なんでまだこんな事続けてるんだっ!」

 別の意味で心拍数が急上昇しそうだった。彼女には正当なファンが多かったから、こんな人がイベントに来て問題を起こすだなんて思えなかったのだ。

 その男は今にも推しに手をあげそうで、周りが見えなくなった光の体は有無を言わさず動いていた。

 その男の足を思いっきり払い男が転倒すると、光は男の腹部を思いっきり踏みつけた。

 やり過ぎたと、思考するには時間がかからなかった。そもそも、彼女の周囲にはスタッフがいるのだ、いざというときには守ってくれるに決まっている。

 だというのに、こんなに暴力をふるう必要なんて微塵もなかったのだ。だけどこれも彼女を守るための行動で、と必死に言い聞かせて彼女の方を向いて……

 彼女の、怯えた様子が光の思考を壊した。その直後、どこからかシャッター音が聞こえてきて……光は思わずその場を駆け出した。

 ……誰も、止める者はいなかった。

 家に帰っていつもの動作でSNSを確認した。推しの投稿はなかったものの、彼女の所属事務所からはある投稿がされていた。

 ただそれは暴動が起こったくらいで、明確には記載されていなかった。

 更に光を壊したのは、今のトレンドだった。トレンド一位が#害悪で、気になった光はそれをタップしてしまった。

 そこに映るのは、男を踏みつけている自分の姿。握手会に行っていないファンも大勢いるため、こんなの自分が暴動を起こしたと言われているようなものだった。

 次々と、変な憶測が飛び交っていく。

 少し前に問題になっていたストーカーももしかするとそいつなどという憶測が、まるで事実のように取り扱われるようになるのは一瞬の出来事だった。

「なんだよ……これ」

 普段は全く来ないDMも、今は大量に来ていた。

「彼女に変なことをするな」「推すのやめろよゴミ野郎」「お前なんかファン名乗るな」「ライブいけなかった人の気持ち考えて」

 そんな否定的な意見が、光の元に大量に押し寄せられたが……光の精神を大きく削ったものが他にあった。

「お前みたいなキモオタは学校に来るな、空気が汚れる」「どうせ学校でも暴力ふるうんでしょ」

 もう、学校には来るなと捨て垢で伝えられて反抗のしようもない。即座にブロックされ、どうしようもない状況なのだ。

 本人が否定の投稿をしてくれるのを願ったが、その投稿がされることは……なかった。

「どうして、否定してくれないんだ……!」

 まるで裏切られたような気がして、光は何を信じれば良いのかも分からなくなってきた。

 彼女がいたからこそ頑張れていたバイトも、どう頑張ればいいのか分からなくなってきた。高校も、もう行きたくない。

 あんなDMが来たのだ。行ったところで、何があるというのか。全てが見えなくなってしまった。

 光は頭を抱えて壁に飾ってあるポスターを力なく叩くのだった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る