第17話 気にしたら負け







 鍵が掛かっているってことは、まずはその鍵を開けるかドアを強引に破壊するしかない。

 しかし俺達に鍵を開錠する技術などない。

 

 俺がリュウに目配せすると、リュウが無言でうなずく。

 そこで俺は詠唱を始める。

 ドアノブの周囲が魔法陣で包まれる。

 そしてほんの数秒後には、ドアノブが爆発と共に消し飛んだ。


 即座にリュウがドアを蹴破り中へと突入。

 俺もそれに続き、部屋の中へと侵入した。

 そこでリュウはライトで部屋の中を照らしながら動きを止める。


「ハズレかよ……」


 俺も必死に部屋の中を隅から隅までライトで照らすが、見えた物といえば瓦礫がれきばかりだった。

 部屋の中に土砂がなだれ込んで、“お宝”は埋もれてしまっているらしい。


 そんな中、瓦礫がれきに埋もれるダンボールを見つけた。

 俺がそのダンボールをライトで照らしていると、それに気が付いたリュウがダンボールに近付いて行く。

 俺もゆっくりと近付く。

 そして二人してそのダンボールの前にしゃがみ込んだ。


 ダンボールは瓦礫がれきや土砂で、殆ど埋もれている。

 リュウが薄汚れたダンボールの見える所を手で払うと、文字が見えてきた。

 俺とリュウはほぼ同時に、その文字を口に出して読んだ。


「「パンの缶詰」」


 二人してハイタッチして大喜びだ。


「リュウ、運び出すぞ!」


「うひゃあ。これは売る前に少し食べても良いよな、ハコ社長?」


 本物、つまり合成ではないパンは珍しい。

 この汚染された地では、天然の麦の栽培は難しいからだ。

 汚染されずに栽培できる地は、ごく僅かな場所だけだ。

 米もそうだが、出回っている物の殆んどが変異した植物から作られた合成食材だ。

 だからたまに見つかる米やパンの備蓄食材は、酒類同様に高い値で売れる。

 賞味期限? そんなものを気にする奴は最早いない。

 心配なら中和剤を振りかけろと、この地で生きる全ての者が言ってくるだろう。

 缶詰に放射能を防ぐ機能はないが、身体を変異させる細菌を防ぐ機能はあるのだ。


 瓦礫がれきと砂に埋もれたダンボール箱に手を添えて、リュウと二人で同時に引っ張る。

 上手くやったつもりが、段ボールが破けて缶詰が転がり出る。


「駄目だな。一個ずつ取り出すか」

 

 俺がそう言うとリュウも「しゃーねえな」と同意。


 だがそれだとかなり時間が掛かる。

 それに一個取り出すごとに、砂が崩れてくる。

 これは上手くやらないと二人とも生き埋めだな。


 ひたすら掘り出していると、すぐ横に別のダンボールを発見した。


「リュウ、ミネラルウォーター発見だ」


「お宝がザクザクじゃねえか」


 まあミネラルウォーターは缶詰ほどじゃないが、そこそこの値段で売れる。

 誰でもうまい水を飲みたいからな。

 そこで欲をかいたのが悪かった。

 俺がミネラルウォーターを箱ごと取り出そうと、両手で引っ張った途端とたんだ。

 急に地面の砂が減り始めた。


「リュウ、逃げろっ、床が崩れるぞ!」


 床に穴が開いていたのか、そこへ砂が流れ出したらしい。

 二人して慌てて部屋から退避する。


 すると備蓄倉庫だった部屋が砂埃と共に、一気に床ごと崩れた。

 さらに天井の瓦礫がれきも落下し始める。


「リュウ、ここはマズい。脱出するぞ」


 この地中に埋もれた建物自体が崩れかかっているみたいだ。

 急がないと本当に生き埋めになる。

 こういう時の引き際は大切で、欲を出すと大抵死ぬ。

 その辺はリュウも知っていて、二人して必死に出口へと向かう。


 外の明かりが見えてきた。元の場所だ。

 良かった、崩れる前に出られそうだ。


 何とか穴から這い出し地上に出ると、外はもう日が暮れ掛けていた。

 モエモエが興奮した様子で言ってきた。


「凄い、凄い、ギリ脱出だね。はい、ゲームクリアー」


 そんな事を言いながら笑っている。

 何が楽しいのか理解不能だ。

 でもスズより良いか。


「やっと戻って来たっすね。それで戦利品はどれっすか」


 なあスズよ、心配って言葉を知らないのか?


 取り敢えず戦利品を並べてみる。

 リュウと俺とでパンの缶詰が八個、それに五百ミリのミネラルウォーターが三本。

 それだけ持ち出すのがやっとだった。

 だが、それを見たスズが大はしゃぎだ。


「これは凄いっすよ。パンじゃないっすか、パンっすよ、パン!」


 パン、パンとうるさい。

 モエモエが缶詰を手に持ちながらつぶやく。


「チョコチップって書いてある~」


 それを俺は説明してやる。


「それはチョコチップパンだな。チョコレートチップがパンの中に入ってるんだよ。他にプレーンって書いてあるのが普通のパンだよ。確かドライフルーツ入りもあったはずだ」


 モエモエは一通り眺めた後、チョコチップパンの缶詰を抱えながら言った。


「食べたい……」


「それじゃあ、食べて見るか」


 俺のその言葉に一同が大歓声を上げた。

 

 見張りをしてくれている変異人の二人も呼んで、全員で試食会を開催した。

 とはいっても、パンの缶詰は高級品。

 二缶を六人で分ける。

 プレーンとチョコチップの二つだ。

 更にミネラルウォーター三本も開ける。


 ちょっとしたパーティーみたいだ。


 最初にモエモエがチョコチップパンの匂いを目を閉じながら堪能する。

 そして「う~ん、良い匂い~」とか言いながら、パンを千切って口に放り込む。


 するとモエモエの目が一瞬で丸くなる。


「何これっ、ふわっふわっでめちゃくちゃ美味しい!」


 それを聞いたスズが我慢できずに、自分の分のチョコチップパンにかぶりつく。


「何すか、何々すかこれ。チョコチップが凄いっす!」


 スズも感動しているようだ。


 俺達四人もそれぞれパンを口にした。

 確かに美味い。

 皆は初めて食べたらしいが、俺は以前に食べたことがある。

 やはり本物のパンは美味い。

 パンというよりも、カップケーキに近い味かな。


 続いてモエモエがコップに注がれたミネラルウォーターを口にした。


「凄い美味しいんですけど!」


 その辺の濾過ろか水や中和剤漬けの水とは違うからな。

 本来の水は美味しいものだ。


 スズとリュウは以前にミネラルウォーターは飲んだことあるが、変異人二人は初めてらしくパンよりも感動していたようだ。

 表情から感情は読み難いのだが、二人がミネラルウォーターを飲んだ後に、ハイタッチしていたのがその証拠だろう。

 

 俺達は久しぶりの御馳走に歓喜していた。

 中でもモエモエの喜び方が群を抜いていた。


「凄いよ凄いよ、こんなの初めて食べるよ!」


 一口食べる度に大騒ぎだった。


 だがそこでモエモエが変な質問をしてきた。


「ねえ、ねえ、この賞味期限ってなあに?」


 そこで俺は答えてやった。


「ああ、それか……それはな、気にしたら負けだ」


 こうして荒廃した地での夜は更けていった。








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