王太子の結婚 〜飲んだくれの俺が幸せをつかむまで〜

ゆきおんな

第1話


 窓の外を見ると朝露に覆われた街が陽に照らされて、キラキラと輝いていた。鳥達の囀りも聞こえてくる。

 

 眼下に広がる城の広場には、早朝にもかかわらず王太子とその花嫁を一目見ようと大勢の国民が集まっていた。スカーレット国の赤い旗を持った人々はどの顔も笑顔で、喜びに溢れている。


 皆が俺の結婚と王太子妃の誕生を心から祝ってくれているのがわかり、心にじんわりと暖かいものが溢れてくる。


 ありがとう…

 こんな俺のために…




 広場には準騎士団が皆の安全のために目を光らせている様子も見える。赤い羽を付けた帽子を被り、準騎士達は胸を張って仕事に励んでいる。


 そうだよ。俺だけが幸せになるのではなくて、皆で前に進んで行くことが大切なんだよ。

 俺達の前には道が続いているのだからね。



 

 眼線を上げると、そこには雲ひとつない青空が広がっていた。


「あの青い空の向こうに、何があるかご存じですか?」


 初めて会った日にソフィアがそう俺に問いかけた事を思い出し、ほんの少しだけ口元が綻んでしまった。

 

「…セオドラ王太子殿下。それはよろしくない笑い方ですぞ」


 友が肩を叩く。


「殿下、それはですね、思い出し笑い、または…巷では…スケベ笑いと言われる笑い方!」


「これから妻になる可愛い女を想っているのだから、今ぐらいはいいだろう?」


 はいはい、ご馳走様なことで…と友は呟いて笑う。


 この友、ジェイク パーカーは伯爵家の長男で、幼い頃からの親友であり、俺の親衛隊副隊長でもある。そして、俺の事を心から心配し支え続けてくれた、心優しい男だ。


 側仕えする世話係の者たちに殴りかかる俺を身体を張って止めたのも、ゲロまみれになって城下で倒れていた所を見つけ出して連れ帰ったのも、ジェイクだった。


 だが、俺はジェイクに感謝していても、なかなか素直に感謝の言葉を口にできないでいる。


 王太子のプライド?

 いや、ただ恥ずかしいだけだ。


 言葉にしてきちんと伝える事の大切さを、今の俺は知っている。礼を言うなら、たまたま二人きりになっている今だろう。そう思い、ジェイクと向き合う。


「ジェイク パーカー!」


 な、なんだよと言う顔でギョッとしているジェイクに、俺は深々と頭を下げた。


「心からの感謝を!

 今まで、本当に有難う。

 これからも私を支えてほしい」


 はっとしたジェイクは片膝を着き、右手を左胸に当てて、頭を垂れる。


「もったいないお言葉でございます。

 これからも誠心誠意お仕えいたします。

 セオドラ王太子殿下に神の御加護が在らんことを!」


 楽にせよ、と立ち上がらせたジェイクの眼を見て、しっかりと頷く。


 心配をかけたな。

 俺はもう、大丈夫だから…


 ジェイクは何も言わずに俺を見た。


 はいはい、分かっておりますよ…

 心の中でそう思っているであろう友は、ほんの少しだけ笑っていた。




 やがて、時間だと侍従が告げ、部屋の扉が大きく開かれた。俺の前には長い回廊が続いている。その先には太陽に照らされたかのように光に溢れる大聖堂が見える。


 その大聖堂で今日、俺はソフィアと永遠の愛を誓う。


 俺は王太子の白い正装と濃紺のマントに身を包み、王太子の印である聖剣を腰に下げ、親衛隊の騎士達がずらりと並び敬礼する中をゆっくりと歩み出す。


 大聖堂へと続く回廊の窓のからは、青空に浮かぶ赤い月と青い月が輝いて見えた。


 そして、ふとあの2人、ゾーイとアレックスも今、2つの月を見ているのだろうかと考える。


 あれから何年もの月日が流れた。

 

 時が経てば苦しみが和らぐと誰もが言ったが、それは正しくなんかなかった。今でもあの事を思い出すと苦しくなる。今も決して和らぎはしない。


 そう、あの日。


 朝、起きたら隣で寝ていたはずの愛する婚約者ゾーイが、消えていた。俺の親衛隊にいたアレックスと共に。


 その日、俺は部下に間男され婚約者に逃げられた、情けない王太子に突然なった。

 

 そして、それは底のない泥沼に沈み込んだ様な日々の始まりだったんだ。

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