第5話 16年もここに居なくちゃいけないの?

 私はまだ「夢の中」にいる。


 ***


 横領の疑いでゲオルグと『魔力封じの部屋』に閉じ込められて、2カ月が過ぎた。


 専属メイド・メイデンさんのおかげで、監禁生活はすこぶる快適だった。

 だが、ひとつ大きな問題があった。


 『暇』である。


 (回想)

 ここに収監されて、少し経った頃。


 そういえば『ヴィティって、16年近くここに監禁されている設定』だったことを私は思い出した。

 16年。

 長かったろうな……って、ん!? 

 もしかして。いや、もしでもなくてほぼ確定で、私これから16年もここに居なくちゃいけないの!?  

 まだ、アレキサンドライト王国(小説の舞台)に行ってないのに!!!

 ※そういう設定にしたのは、作者=私である。


 そりゃ、ヴィティでなくても暴れ回りたくなるわ…… 


 ―――っていうか、ヴィティ (私)が王国へ行かないと、悪魔のべリアスは封印※されたままじゃない?

 (※悪魔べリアスは、フロライトへ侵略してきたヴィティにより封印が解かれる。その後、新国王の座を押し付けられる。)


 悪政蔓延るフロライト王国がこの先存続する可能性もある。

 だとすれば、王族三兄弟は? あれ? そういえば、未来の勇者ルーシーも、ルイーズたちが無事なら王族三兄弟に拾われることもなくなる。あれれ?


 小説の未来が、変わっているかもしれない!? 


 どうしようかと、しばし悩んだ。

 だけど、ここに閉じ込められている限り私は何もできない。

 いくら悩んでも仕方ないので、ここでの生活を楽しんでみることに―――


 ―――からの『暇』である。


 部屋にあった本は、楽譜と百科事典みたいな本ばかり。文字も見たことも無い外国語で書かれており、全く読めない。チェスのようなボードゲームを見つけたが、ルールーも分からないし相手がいないと出来ないし。メイデンさんを誘ったが、「忙しい」とピシャリと断られた。そして、部屋にある唯一の楽器『ピアノ』は、あいつが占領していた。あいつとは、皇位継承権第5位「ゲオルグ殿下」である。


 あと、その『ピアノ』だが、私が知っているピアノとちょっと違っていた。

 鍵盤が少ない。ペダルが無い。独特の音色。(現代のピアノの音色がポロリーン♪であるのに対して、このピアノはチロリーン♩という感じです。)


 ゲオルグは処刑される恐怖からか、はじめの三日ほど挙動不審でおどおど・ビクビクしていた。

 それが急に「考えるのが、バカらしくなりました。私の幼少期の夢は、ピアニストになることでした」と、ピアノの練習をはじめた。それから一日中、寝食も忘れ朝から晩までピアノを弾いている。 


 すごい集中力で、私もちょっと弾いてみたいのに全然代わってくれない。一度「弾けるのですか?」と聞かれ「『ねこふんじまった』なら弾ける」って答えたら鼻で笑われた。

 しかも、絶対に私に触らせたくないのか、寝るときもピアノの下で就寝するし。それにだんだん狂気じみてきて、なんだか怖い。いったいゲオルグは、どこへ向かっているのやら??? ここへ来た初日に勃発した『ラブ展開』はいっさい進展なし。むしろ遠ざかった。LOVEのLのかけらも見えない。


 だがしかし、はじめはお世辞にも上手いとは言えなかったゲオルグの『ピアノ』の腕前は、めきめきと上達していったのだった。

 

 ちなみにゲオルグが弾いていた曲は、「~~~のソナタ集」「~のワルツ」など。

 どの曲も聞いた事があるようでないような、全く知らない曲ばかりだった。

 その間。暇すぎた私は、ゲオルグのピアノをバックに自室でひたすら日課の筋トレに励んだ。


(※ヴィティ(私)は『多額横領疑いの件』は、すっかり忘れている。これは、ヴィティ(私)が忘れっぽいとか人格的に問題があるとかそう言ったことではなく、ゲオルグが「まだ”疑い”ですので。心配するだけ無駄です」と言っていたので。)


 *** 


 それから2カ月が過ぎた、ある日の事。


 ドカーン!!!


「ぎゃあああああ」


 爆発音とメイデンさんの叫び声に、自室から飛び出すと。


 ガラガラガラ……タタタッ……

 リビングの壁が崩れ、誰かが部屋に侵入してきた。

 

「助けて! ヴィティ様!!!」

「「エスペン!?」」(ヴィティ&ゲオルグ※ピアノを弾いていた)


 エスペンは少しやつれ服はボロボロ。頭から血を流していた。

 

「おまえ、よくも!」(ゲオルグ)

「申し訳ありません! あっ(足音が近づいてくる)ですが追手が来ます。一緒に逃げましょう! 早く!」 

「え」(ヴィティ)


 エスペンが私の手を取った。


「殿下も、早く!」

「は? やだね。因果応報だ、ざまあみろ。アーーーーーッハハハ!!!」(ゲオルグ)


 ゲオルグは、狂ったように笑いながらピアノをかき鳴らした。


「何言ってんですか! 2週間後、殿下とヴィティ様は帝都で公開処刑されます! 早く逃げましょう! あああっ、くそっ」


 バタバタバタバタ……

 逃げる間もなく、数十名の黒い隊服の騎士が駆け付け、先ほど倒壊した壁を塞ぐように取り囲んでいた。

 

「弓兵構え! エスペンをやれ! それ以外は、できるだけ無傷で連行しろ」


 騎士たちは、こちらに向けて一斉に弓矢を構えた。

 

「うわあああああ」(エスペン)

「キャーーーーッ」(ヴィティ)


 恐怖で目をつぶり叫び声をあげたその時だった。


 パキッ!!!

 

 辺りは急に、しんと静まり返った。


「ん?」


 恐る恐る目を開けると、そこには弓を構えたまま凍り付いた騎士たち。逃げようとしている状態でカチカチに固まったエスペン。ピアノの前には、笑ったまま凍るゲオルグ。

 

「あ……やだ。みんな、凍っちゃってる。うそ、どうしよう。エスペン! ゲオルグ!」


 ”氷の解除”ってどうするの?

 ゲオルグに近づき、”とにかく解けて”と願い、手を翳した。

 すると、白い冷気のような靄がフワッと氷を覆った。これが魔力!?


「氷解除! お願い、解けて!」


 パキ、パキ、パキ、パキ、パキン!


「……ッ、ハァッ。ゴホゴホッ……ハァハァ……あ、ああ、ピアノが!」


 息を吹き返したゲオルグは、凍り付いたピアノを見て呆然とした。

 すぐさまエスペンに駆け寄り、先ほどと同じように手を翳すと、氷が割れエスペンも息を吹き返した。


「……っハアハア……ヴィティ様、助かりました。殿下! ゲオルグ殿下、しっかりして下さい」


 エスペンは、放心状態のゲオルグをひょいと担ぎ、私の手を取った。 


「行きましょう!」


 罠かもしれないと一瞬考えた。けれど、こうしてゲオルグを助けに来たエスペンが、彼本来の姿であるように私は思えた。


「ヴィティ様! 早く!」

「待って!」


 凍ったままの騎士たちに向け手を翳した。


「そいつらは、そのままでいいって!」

「嫌よ。夜眠れなくなっちゃう。氷解除!」


 氷が割れ、息を吹き返した騎士たちが、バタバタとその場に倒れ込んだ。


「騎士さんたち、追って来たら今度は容赦しないわ!」


 威嚇するために騎士たちをキッと睨みつけると、騎士たちはその場に正座し両手を挙げた。指揮官らしき人物は、跪き頭を床につくまで下げた。


「ヴィティ様。命令とはいえ多大なご無礼をいたしま……」

「もういいわ、じゃ」

「もう追ってくんなよ!」(エスペン)


「「「「はい!」」」」(黒い騎士たち全員)


「ありがとうございます。ヴィティ様」「どうかお気をつけて」「無事の帰還を祈っております!」「ご武運を」「おお美しい!」「愛しております!」「俺も!」「俺も愛しております!」「好きです!」「ヴィティ様!!!……


 いま「愛しております」とか「ご武運」とか言ってなかった? なんで?


「あの人たち、何を言っているの?」

「ほんと、何だろうね」


 エスペンが、クスッと笑った。


「で、これからどうするの?」

「帝都へ向かう」

「どうやって?」


 ガチャ

 エスペンが廊下の突き当りの扉を開けた。

 

「ヴィティ様、あれだよ」


 エスペンが示した先には、真っ白な軍艦がドンと停泊していた。 

 それは白く巨大で、まるで海に浮かぶお城のようだった。


 真っ白な金属で覆われた戦艦は美しく。氷山のように尖った艦首にはジェダイド帝国のシンボル『剣を掲げる翼の生えた白いライオン』の彫刻。その瞳には真っ赤な宝石が光り、王冠や剣の束には細やかで見事な金細工の装飾が輝いていた。


 ”JEDAIDO Empire ☆ Admiral Pascal”


「ジェダイド帝国、アドミラル……パスカル号?」


 ***


 私はまだ「夢の中」にいる。

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