第2話 エド爺さん、どこ行った?
私はまだ「夢の中」にいる。
正確に言うと、自分がはじめて書いた小説のラスボス【氷の魔女ヴィティ】となり、「夢の中」と思われる世界で生活している。
***
今朝。
ノール帝国エポラルに停泊していた交易船は、ここからずっと南にあるジェダイド帝国へ向けて出港した。
早朝にも関わらず海神メルヴィルやルイーズファミリー、エポラル島の人々が見送りに来てくれた。
私は号泣し、皆の幸せを切に願った。
小さくなるエポラルを見つめ、はっとした。
いくら何でもこれはおかしい。
私はかれこれ1週間以上、覚めない「夢の中」にいる。
さすがに怖くなった私は、物語の隠れお助けキャラ「エド爺さん=
「エド爺さん」とは、ここへ来た初日。私の前に跪いていた『掃除当番の髭もじゃのお爺さん』のことである。
「エド爺さん、どこ行った?」
エド爺さんに聞けば、元の世界に帰る方法や何らかの解決策を伝授してくれるかもしれない。とにかく、早くエド爺さんを見つけないと。
夢から覚めたら、仕事に買い物、掃除、洗濯。検査入院していた父も帰ってくる。
頼りになる乗組員①~③は、出港と共に各自の仕事場へ。(①ゲオルグ②コンラード③エスペン)
ちなみに船の乗組員と思われた彼らは、ヴィティの直属の部下。三人ともジェダイド帝国の「国家公務員的」な立場の方たちだった。
全員悪魔族。
彼らの魔力量や、属性等の能力はよく分からないが、悪魔族特有の赤い瞳がたまに発光するくらいで、普通の人間とあまり変わりない。全員、角無し(隠している場合もある)。氷の魔女である私も、周囲が少し涼しくなる程度で、普通に生活する分には特に問題はなく、快適に過ごせている。
現在、氷の魔女ヴィティは、『ジェダイド帝国交易大臣』という肩書。らしい。
実際、仕事の大半はジェダイド帝国交易省の政務官ゲオルグ・キースさん(20代・細身・長い黒髪を一つに結わえている。乗組員①と言っていた人物。)が社畜のごとく執り行い。
会計管理は、コンラード・ティッカさん(30代・財務省所属。短髪白髪の褐色ガチムチ。護衛の脳筋ではなかった。乗組員②と言っていた人物。)。
資材管理雑務担当は、エスペン・マケアさん(24歳・総務省所属。銀髪ツンツン頭の少年。見た目15・6歳ぐらいに見えたが実は立派な成人男性。仕事もできる。乗組員③と言っていた人物。)。
つまり、ヴィティはお飾り大臣。
何気にこの一週間、仕事は一切せず。結婚式で仲良くなったルイーズファミリーに誘われて一緒にクルーズ船に乗り『ノール諸島観光ツアー』に出かけていた。(←新婚旅行でしょ!? と、一応断ったが、是非と言われ断り切れず。)
とても楽しかった。
ルイーズめっちゃいい子。しかも、来月エポラル領で行われる花火大会と、年末のドファン領の武術大会にも誘われた。絶対、行きたい。行って応援したい……
そんな場合じゃない。
貨物室から出てきたエスペンを見つけ声をかけた。
「エスペン。あの髭もじゃのお掃除当番の……ああっ、面倒くさい。エド爺さんはどこ?」
「エド爺さん? ああ……ノールに帰ったよ」
「え!? なんで!?」
「ヴィティ様、お忘れになたのですか? エド爺さんは嵐で船が壊れてしまったので、この船で働くのでクータモ港からノールまで乗せてくれって頼まれて……一応、ヴィティ様に報告して了承いただいたのですが」
「え……そうだったの。じゃあエド爺さんはノールに」
「はい。帰られました」
「うわっ、やられた!」
エスペンも、残念そうな顔をしてコクコク頷いた。
「そうですよね、俺も引き留めたんですよ。……というか、ずっと勧誘してたんです。フラれちゃいましたけど」
「勧誘?」
「エド爺さんすご腕の航海士なんです。海流の流れに詳しくて、この船をほぼ風力だけで航行させたり、時間調整もできる。しかも妖精族だから船内で野菜を栽培してくれるんで、航海中の食料の心配も無し。それにしてもヴィティ様、あの方の名前ご存知だったんですね」
すでにエスペンは、エド爺さんに丸め込まれていたのか……
エド爺さんの正体は、
妖精女王(ティターニア)の元カレ。そしてフロライト王国の深窓の姫様と大恋愛の末結婚。周囲の人物を丸め込み、その場に溶け込む。稀代の人たらし。そして、そういう設定にしたのはこの私だ。
「次にノールへ行くのはいつ?」
「来月です」
「う~ん。じゃあ、仕方ないか……」
再び船の甲板へ戻った私は、ルイーズたちのいるノール帝国へ思いを馳せ、澄み渡る青空と白く霞む水平線を見つめた。
「そういえばヴィティ様。この話、知ってますか? 実はエド爺さんフロライトの出身で、(小声)ある罪で国外追放されたらしいです」
エスペンが聞いてくれと言わんばかりに、私に話を切り出した。
「あ、そうだったわね」
「あれ? ご存じだったんですか?」
エスペンが少し驚き、不思議そうな顔で私を見つめた。
「あ、ああっ、ちょっとそんな感じがしてね」
「さすがヴィティ様」
「そ、その罪って何だったかしら?」
知っていたが、私はあえて知らないふりをすると、エスペンは嬉しそうに話を続けた。知っていることを話したくてうずうずしている様子のエスペンは、おしゃべり好きな実の弟とダブって見えた。弟とは、もちろん現実世界の弟(現在23歳・会社員)である。
「あのですね……エド爺さんの息子さんが、あるお嬢さんとの婚約を反故にしたのを理由に、重罪人として海流しの刑に処されたらしいです。あんなに凄い人を追放しちゃうなんてフロライト王、馬鹿ですよね」
「プッ」
本音を隠さないエスペンに思わず吹き出した。
この一週間。氷の魔女ヴィティの急なキャラ崩壊に、周囲の人々は「ん?」と一様に固まった。だが、私の直属の部下三名は「ヴィティ様は、ヴィティ様です」と冷静に対処。その中でもエスペンは、いち早く私に順応し、たまにこうしてたわいも無いおしゃべりに付き合ってくれる。とっても素直で優しい部下だ。
「ヴィティ様。メルヴィル様の結婚式。素晴らしかったですね」
「うん、ステキだった。やっぱり平和が一番ね」
私が微笑むとエスペンも嬉しそうに笑い、輝く海を一緒に見つめた。
***
※私が書いた小説内では……
メルヴィルとルイーズの結婚式の当日。
エスペン含む部下三名と、この船の乗組員全員は氷の魔女ヴィティによって殺害される。
だが現在、ノール帝国とフロライト王国を侵略し殺戮の限りを尽くした氷の魔女ヴィティは、ここにはいない。
世界は平和になった。私は世界を守った。そう思った。
だが、悲劇の幕はすでに上がっていて、静かに、そして確実にこの世界を浸食していたのであった。
***
それから一週間が過ぎた。
私はまだ「夢の中」にいる。
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