第20話 夏のはじまり

 期末試験が終わり、俺たちは待ち遠しかった夏休みを迎えた。

 昨日の夜は試験もあって溜まっていたアニメと映画を一気に消化し、気付けば深夜。大晦日以外でこんなに夜更かしをしたことがない俺は何かに追われるように眠りに就いたのだ。



 そして起床した今、思う。


 これでいいのか?


 と。


 だって夏休みだぞ。まるっと一ヶ月以上がお休みなんだぞ。

 なのに、その日を満喫し切らないで眠るとか、ありえないだろ。


 とある露出多めで酒好きの吸血鬼が言っていた。「人はその日に満足していないから夜ふかしをする」と。

 昨日の俺はどうだ? 溜まっていたアニメを見て、映画を見て、それだけで満足したか?

 答えは「No」だ。なんならテレンス・T・ダービーに見てもらってもいい。それくらい自信を持って言える。

 満足出来ない程度の夜ふかし。意味がない。こんなことをしてしまうようじゃ俺はあれだ。本当は焼き鳥を食べたいのに値が張るからとしょぼい柿ピーでごまかすような、欲望の解放のさせ方がへたっぴな債務者だ。


 今日だけ満足。それを毎日やる。さすれば俺はきっと、この夏休みを充実したものにすることが出来る。


 「そうと決まれば、まずはアニメを見よう。ワンクールを2本見て、シメには映画と洒落込むんだ」


 夏休みは今日が初日。昨日は前哨戦に過ぎない。

 そして、そこで惜敗したおかげで今がある。


 まさに、文字通り、俺の夏休みは今日から始まるんだ。



* * *



 「おはよう」


 「立花、おはよ」


 「あれ、お母さん、今日休みだっけ」


 「何言ってんの。今日土曜じゃない」


 「あれ……ああ、じゃあ最新話、夜」


 「そうよ。推しを亡くした私にこの作品を見続ける気持ちはまだ出来てないから、パパと二人で見てちょうだい」


 「うん。でも、父母や夫以外の喪は、長くて90日とかだから、そろそろだよ」


 「推しの喪は無期限なの。気持ち次第でしかないのよ」


 「そう。まあいいけど。

 お父さんは?」


 「部屋にいるわよ。午前中にペン入れまでやっちゃうって」


 「そう」


 「立花もあそこまでワーホリになれとは言わないけど、宿題はちゃんと、計画的にね」


 「うん」



 今日から夏休み。

 宿題は一週間で終わるから、最初頑張って後から楽しよう。


 たぶん、みんなでどこかにいくかもだし。


 時間に余裕が出来れば、急に誘われても、きっと大丈夫。夜までに一教科終わらせよう。



* * *



 夏休み初日の今日、俺はスーパーにアイスを買いに来た。

 そこで和泉に会った。

 外見はガラの悪そうなプリン頭のくせに、家ではポットでむぎ茶を作るような奴。料理も出来て家庭的。

 これでもう少し愛想が良くて胸がありゃあな。


 和泉と雑談がてらイートインに寄った。

 今日暇だったからこいつも暇か聞いてみたけど、特に予定はないって言うから、皆で集まろうと思った。


 「出ねぇ~」


 「小鳥遊は無理か。りっちゃんも「先行投資」とか言っててダメで、紗和ちゃんも忙しいみたいだし……」


 紗和ちゃん……?


 「紗和ちゃんって誰だっけ?」


 「浅見ちゃんだよ。可愛い名前してるよな」


 「へぇ」


 可愛い名前って言うなら、俺の「奏」もなかなだろ。

 「ささづかかなで」で「か」が続くから発音し辛いけど。


 「つかどうするよ今日。暇すぎてどうにかなりそうなんだが」


 「皆にだって予定があるんだから、いい加減諦めろよ。つか宿題やれ」


 「なぁんで初日から頑張んなきゃいけないんだっつーの」


 ……つっても二人っきりじゃ特に行けるところもねぇし、やれることもねぇし。


 「ん~。とりあえず今日は帰っか。予定はまたおいおい決めてくべ」


 「いや、それならあたしに付き合え」


 「は?」


 「読書感想文用の本を借りに行くんだよ。ついでにお前も自分用の探せるし、ちょうどいいだろ」


 読書感想文……?


 「そんな宿題あったっけ」


 「お前な……いいから来い。行くぞ」


 ん~~……まあいいか。



 「読書感想文って官能小説でもいいのかな」


 「だっ、ダメに決まってるだろッ!!」



* * *



 蝉が鳴いている。

 カラッとした夏空にじりじりとした日差し。

 暑さから逃げるように影だけを踏んで歩いていると、思っていたよりも早く図書館に着いてしまった。


 緑あふれる趣き深い庭園に、静かな外観。図書館とか美術館とか博物館の、街の喧騒から独立したこの空気感があたしは好き。


 「お前そんな見た目なのに自発的にこうゆーとこ来るのすげぇな」


 隣にいるのは、同じクラスで隣の席の男子。笹塚奏。入学して間もない内からクラス中の人間と交流していた変な奴。

 最近はあたしらのグループにばっかいるけど、それでも依然として一定の人気があるというか、白い目で見られていない。

 世渡りが上手いんだろうな。

 りっちゃんは「廊下に立たされてそうな名前なのにすごい」とかいってたけど……そういやあれってどういう意味だったんだ?


 まあでも、普通にいい奴だし、普通に優しいし、顔も別に……


 「官能小説~♪」


 ったく、なんでこいつはこんなに馬鹿なんだ。

 か、かん……小説なんか、普通にダメだろこのバカ。


 「お前はそんなのより、こういうのにしとけ」


 私は適当に選んだ青春小説を手渡した。タイトルから察するに、内容はバスケの話っぽい。


 「じゃあこれにしよ」


 「お前貸出カードも、それを作る気も無いだろ? あたしもささっと選ぶから、少し待っててよ」


 「ひでぇ言われようだがその通りだ」


 笹塚を置いて、適当に目についた書架から一冊、無造作に抜き出す。

 歴史系ならどうしようかと思ったけど、手に取ったそれはなんてことない文庫本。題が内容そのままのような、動物をテーマに扱った作品だった。


 「よし、行くぞ」


 「えっ、早くね? もう選んだん?」


 「適当に選んだほうがフラットに感想書けるだろ?」


 「なんでその見た目で真面目なんだよ」


 「別にいーだろ。なんでも。

 ……つーかあたし、この後隣の美術館行くけど、お前も来るか?」


 「美術館……? え~息苦しそう」


 「そうでもねぇぞ。確かに少し静かだけど、敷居だって高くねぇし、一回くらい行ってみるのも悪くないと思うぜ」


 「んんん……はぁ、まあいいか。暇だし」


 っし。


 「ん。じゃあ借りてくっから本貸せ」


 「うぃ。よろしく」



 図書館行って、美術館行って。

 そんなこんなであたしの夏休み初日は、好調でスタートした。

 そして、初日とはつまり、ほぼ全部の休みがまだ残っているということ。


 胸が躍るな。



* * *



 (だから、何度云えば理解る)


 「そんな、二人きりでなんて、む、無理だよ……」


 (折角の長期休みだぞ。満喫せんで如何する)


 「だ、だったら皆で、あ、新崎さんたちも誘って、それで──」


 (其れが出来ないから小鳥遊の世話になったんだろう。礼も済み、今は対等な立場なんだ。勇気を出せ。自分から誘ってみせろ)


 「ううぅ……」


 (何なら、ワタシから云って遣ろうか?)


 「だっ、だめっ!」


(はあ……なら覚悟を決めろ。気合を入れろ。何も矢庭に気持ちを伝える必要は無い。いざその時に天秤を傾けられる位には、彼奴の中で比重の掛かった存在に成っておく必要が有ると云うことだ)


 「それはわかるけど……でも……」


 (遅くとも今月中には、予定の一つは組んでおく事だ)


 「……うん」


 (お前なら遣れるだろう。知っているぞ。

 何故なら、ワタシはお前で、お前はワタシなのだから)


 「…………うん」




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