第11話 新崎さんも怖いものは怖い

 「こっくりさんこっくりさん、どうぞおいでください。もしおいでになられましたら、「はい」へお進みください」


 10円玉はスーッと動いていき、「はい」へ辿り着くと同時に沈黙した。


 「うおお! 動いた動いた!」


 どうせお前が動かしてんだろ。まったく、廊下に立ってろ。


 「ちょちょちょ、誰だよマジ! こういうのはふざけちゃいけないんだぞ!」


 和泉さんは相変わらず、ギャップが凄いな。

 怖いもの知らずみたいな見た目してるのに、一番ビビッてる。


 「こわいなー こわいなー」


 とはいえ新崎さん、君は余裕がありすぎるんじゃないか? 電気を消してカーテンを閉め切った真っ暗な放課後の教室は、俺もちょっと怖いぞ。


 「こっくりさんこっくりさん、今ここには私たち以外の誰かが居ますか」


 ”い” ”る”


 「いひぃぃいいいいっ!!?」


 びっ


 っっくりした。そんな悲鳴上げるほどか?

 俺からしたら和泉さんのその悲鳴のが怖いよ。


 「せーちゃん、痛いよ」


 あーもうほら、身長差と体格差の奔流に新崎さんがやられてるぞ。


 「だってこれ! 「いる」って! じゃあ居るじゃん! 噂は本当だったってことじゃん!」


 まあ和泉さんがここまで取り乱すのも無理ないか。

 ただでさえ怖がりなのに、自分達の使う教室に幽霊がいるかもしれないんじゃあな。


 「先週月曜の放課後に、この教室の窓辺で人影が見えた──ね。

 それの何が怖ぇえんだ?」


 「違ぇよその続き! 人影がフッて消えたんだよ! 一瞬でそんなん人間にゃ無理だろ!」


 人影が消えた。それも一瞬で。



 生憎、俺も笹塚と同意見だな。

 どうせその人影の主が足元に落とした何か──それこそ、スマホとか。それを拾おうとしゃがんだタイミングと、その人影を目撃した人が目を逸らしたり、瞬きをしたり、なんだりかんだりで目を離したタイミングが重なっただけだろう。


 ゆ、幽霊なんて、いないんだし。


 「小鳥遊くん、怖い?」


 「べ、別に?」


 目敏いな新崎さん。

 でも大丈夫だよ。俺今シバリングの練習してるんだよね。


 「あたしら皆、その人影に殺されるんだ……」


 「大丈夫だから。これ調査してレポート提出したら新聞部から金一封貰えんの、忘れたわけじゃねぇだろ?」


 「そ、それは……」


 「じゃあ続けるぞ?

 こっくりさんこっくりさん。私たち以外の、その人の名前は何ですか?」



 ”し” ”よ” ”う” ”こ”



 「ひっ……」


 「しょうこ……女子?」


 名前が判明した瞬間──


 カタン


 と、物音がした。


 音がしたのは……振り向いて、確認して、


 こういうことって本当にあるんだ。となる位置。



 人影が目撃された窓辺



 「……マジ?」


 「こ!ここここっくりさんこっくりさん!どどどどうぞおこ、か、きょお、お、おおおおかえりくだしゃいっ!!」


 「あっ、和泉おまっ!」


 和泉さんは恐怖が限界に達したのか、紙が破れんばかりの勢いで10円玉を鳥居まで移動させると、乱暴に儀式を終了した。


 大丈夫かな。身に何も起きないといいけど……


 「せーちゃん、大丈夫?」


 「無理……腰抜けた……」


 台風一過って感じだな。

 慌てた和泉さんによって机はひっくり返り、その二次被害で笹塚もひっくり返り。

 なんともないのは俺と新崎さんくらいか。



 ……あれ? この窓辺……


 窓辺。この位置。


 先週の月曜……



 ……あっ。



 「ごめん。今思い出した。

 その人影、俺だ」


 「「……は?」」


 「小鳥遊くん、何かしてたの?」


 「うん。先生に雑用押し付けられて、帰りが遅くなったんだ。一瞬で消えたってのはよくわかんないから見間違いだと思うけど、作業が終わったのがちょうど今ぐらいの夕方でさ、夕陽が凄い綺麗だったから、少し眺めてたんだよ」


 「ま、まっぎらわしぃ……」


 「人様の迷惑考えろよ小鳥遊お前っ!」


 「綺麗な夕陽、いいな」


 三者三様。それぞれの反応。

 噂は所詮、噂に過ぎない。

 謎が解けてしまえば、恐怖や緊張は堰を切ったように溢れ出す安心感によって一瞬で緩和された。


 ガタガタにズレた机を皆で直し、戸締りを確認して、教室を出る。

 なんとなく振り返ると、窓辺に人影があった。


 こっちを見て、笑っているような気がした。


 全身が総毛立つ。

 しかし、ソレは瞬きの間に消えてしまった。


 俺と、和泉さんも気付いたようだった。


 (見た?)


 (見た……いや、見間違えか何かだよ。忘れよう)


 (そ、そうだな……)


 無言でそんなアイコンタクトの応酬をし、一先ずは見なかったことにした。


 「小鳥遊くん、どうしたの?」


 そんな俺の異変にまたしても目敏く気付く新崎さん。きっといいお嫁さんになるだろう。料理も出来るし。


 「別にどうも……ただちょっと、袖借りていいかな……」


 そんな新崎さんの優しさを、少しだけ拝借したくなった。


 「遠慮、しなくていいよ」


 新崎さんはそう言って、俺の手を握ってくれた。

 暖かくて落ち着く手だった。


 でも少し震えている。


 それで、なんとなくだけど、察した。


 最後の人影、新崎さんにも見えていたんだ。

 新崎さんも怖くて、でも自分より怯えている俺を見て、自分がしっかりしなくては、と考えたのだろう。


 情けなさが込み上げ、恐怖が薄らいでいく。

 それを証明するように、俺も新崎さんも、震えが段々と収まっていった。


 少し先の方では、和泉さんが笹塚の肩をがっしりと掴んでいる。


 校門を出たあたりで、笹塚が校舎を振り返った。

 俺達の教室の辺りを見て、何もなかったのか、驚いたり慌てたりする様子はない。


 俺達3人は当然だけど、そんな風に振り返ることは出来なかった。


 笹塚以外の皆が怖い思いをした。

 やっぱりこいつは廊下に立つべきだと思う。





 「ここまででいいよ。ありがと」


 新崎さんの家は、やはり俺の家と近かった。

 住宅街にある綺麗な一軒家。

 歩いて5分の距離。

 隣の区画だ。


 「いや、こちらこそ」


 「じゃあ、また」


 「うん。また明日」


 家の中へと入って行く新崎さんを見送って、俺は帰路に就く。



 手は、ずっと繋いでいた。


 お陰で恐怖はもうすっかり感じない。


 ありがたいけど、申し訳ないな。

 今度何かでお礼しよう。




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