第6話 新崎さんは話しかけられても平気そう

 本屋で偶然会った新崎さんに「少し話そう」と引き留められた俺は、お昼がまだだった。

 ので、ファミレスに来た。

 腹が減っては何とやら。まずは腹ごしらえが必要だろう。


 「いただきます」


 「いただきます」


 新崎さんは新崎さんでお腹が空いていたのか、結局普通の食事になってしまった感が拭えないな。

 まあいい。今日のメインイベントはそれじゃない。


 「うめ」 「うめ」 「うめ」


 おいやめろ。これから毒ガス訓練が始まりそうなそんな食べ方、ファミレスでやっちゃあもはやテロだ。


 というか、外でもいつもと変わらないんだな。新崎さんは。

 向かいの俺ですら辛うじて聞こえるくらいの声量だから他のお客さんには聞こえてないと思うけど、あれはみんなのトラウマなんだから、気を付けた方がいいぞ。


 てかまさか、それをやるためにカレーを頼んだんじゃないだろうな。


 「今までの分食べよう」


 もう絶対そうじゃん。

 誤用の方の『確信犯』じゃん。


 「ごちそうさま」


 「ごちそうさま」


 おかわりはしなかったか。いい判断だ。

 仮に今ここで嘔吐ガスを散布されたとしても、それくらいなら問題なく生き延びれる。



 さて、腹も膨れたことだし、本題へと入ろうか。


 俺と新崎さんは、作品の好みが結構似ている。

 最近のものは勿論、少し上の世代のものが特に好きなところも。


 今のくだりなんかもそうだな。

 元ネタは結構しんどいからあんまり考えたくないけど、まあ、高校生が知っているような作品ではないことだけは確かだな。

 おっちゃんに言ったら「若いのによく知ってんなぁ」と感心される系の作品だ。


 新崎さん、他にはどんな作品を知っているんだろう。



 ……って、今はそんなことはいいんだよ。今回は俺と新崎さんが買った今日発売の新刊。面白いし人気もあるのに、なかなか読者と出会えない漫画。『パンドラ』。この作品の魅力についてたっぷりと語り合うんだよ。


 「新崎さ──」


 「じゃあ、出よっか」


 「──ん?」


 「どうしたの?」


 「いや……あれ……?」


 「奢るよ。付き合ってくれたお礼」


 「い、いや、自分の分くらい出すよ」


 ん? ん? んん??





 「じゃあ、今日は楽しかった。ありがとう」


 えっなに? 俺タイムリープした?

 俺が新崎さんとパンドラについて話した後の未来に跳んだ?

 世界線移動した?

 リーディングシュタイナー発動した?


 「あっ、いえ、こちらこそ」


 「それじゃ、また学校で」


 新崎さんはそう言って、本当に帰ってしまった。



 『よかったら少し、話さない?』



 俺の聞き間違いじゃなかったら、さっきは確かにそう言っていたはずなんだけどな。

 急に帰る原因……


 もしかして、俺のご飯の食べ方が汚かったとか?

 もしそうだとしたら反省だな。今まで親からも言われてこなかったから気にしていなかったけど、もしかしたらあの2人もなかなか汚い食べ方をしていて、だから俺のそれに気付けなかったとかだったら……うん、考えられない話じゃないな。


 少しくらいは語りたかったけど、それなら仕方ないか。


 と思ったら。


 「小鳥遊くん」


 少し走ったのか、前髪の乱れた新崎さんがやってきた。


 「ごめん、忘れてたこと、あって」


 「忘れてたこと?」


 「うん。よかったら、連絡先、交換してほしいなって」


 電球が光った。

 俺の頭上で、それはもうペカーッと。


 きっと、新崎さんは最初からそのつもりだったんだろう。だというのに俺が空腹を訴えてファミレスなんぞに行ってしまったから、タイミングがズレた挙句に連絡先の交換を言い出せず、忘れてしまい、思い出した今こうして慌てて戻って来てくれたんだろう。

 そしてそれ即ち、語らいはメッセージにて。ということだろう。

 

 「よかったらもなにも、勿論」


 「ありがとう」


 こうして俺達は連絡先を交換した。

 新崎さんのアイコンは、チャリで来たをオマージュしたソロプリだった。

 新崎さんが4人いて、それぞれの新崎さんがあの見慣れたポーズを取っている。

 コラージュ。随分な力作だ。


 ちなみに文字は『チャリで来た』ではなく、『ガララワニで来た』となっていた。

 何でだよ。



 「じゃあ、また」


 「うん。またね」


 アイコンを見られても動じないか。

 案外、普通に話しかけてもいいのかもしれないな。



 新崎さんの進んでいった方向は、俺の自宅方面だった。

 二度も別れの挨拶をした手前、俺は少しの間を置いてから帰路についた。


 これから、新崎さんとどんな風に語り合うのだろうか。


 そんな想像しながら。




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