となりの新崎さん

桜百合

第1話 普通におもしれー女

 昨日のHRで席替えがあった。

 それで隣の席になった女子、新崎あらさきさん。

 俺は今、彼女のことが気になっている。

 もちろん異性としてではなく、好奇心とか、興味とか、そっち系のあれでだ。


 隣の席の机の上、そこでは新崎さんの小さな手が躍動していた。


 「巳・未・申・亥──」


 どうやら、忍術の修行をしているらしい。

 家で反復してきたのか、かなり洗練された動きだ。


 「──午・寅」



 「火遁・豪火球の術」 



 ……新崎さん、それ、アラサーの兄ちゃんが小学生のころやってたやつだよ。


 「あっ、ちょっと出た」


 嘘つけ。


 「次は……豪火滅却と、豪火滅失」


 殺意高いなぁ。


 「風遁も覚えなきゃ……」


 怖いって。

 火遁の中でも特にやばい忍術を風遁でさらに強化するとか、殺意が高すぎるよ。


 「あ、駄目だ。チャクラがもうない」


 豪火球1発でチャクラ切れか。それはちょっと渋いな。


 「はぁ、私がもっと若ければ」


 華のJKが何言ってんだ?


 「最近は腰も痛いし」


 姿勢が悪いんじゃ?


 「ヒザも痛いし」


 姿勢だなぁ。


 「すぐむくむし」


 ……アラサーの姉ちゃんと同じこと言ってる。


 てか新崎さん独り言多いな。

 声が小さくて俺以外には聞こえてないみたいだけど、でもそれ逆に言えば、俺には丸聞こえってことだからね。

 一応、聞こえてない風を装ってるけどさ。


 「鬱だ。今日は帰ったらしこたま飲もう」


 え、飲むって何? まさかお酒?


 「焼酎」


 ……この流れで本当にお酒かよ。

 ダメだろ未成年なんだから。


 「と同じ色のお水」


 じゃあ水じゃん。

 なんで一回フェイント入れたんだよ。


 「べらんめえてやんでい」


 えっ、突然どうした?


 「ばかやろうこのやろうめ」


 いつもここから? よく知ってんな。


 「やぬしさまのおかえりだぞぉ~う、っと」


 あっ、これ、酔っ払いショートコント?


 いやほんと、突然どうした?


 「あなたったら、またしこたまのんできて」


 またしこまたて。


 「うるせぇやい。おいらがなにしようとおいらのかってだい」


 てかなんでさっきから江戸っ子なんだよ。


 「あなた、むかしはそんなじゃなかったじゃない」


 おっ、落ちぶれてしまった的な話か?


 「わかいころのあなたは、なにをするにもぜんりょくで……」


 あるある。頼れるリーダーみたいな男が、一つの失敗から地に落ちちゃうんだよな。

 それで酒に溺れちゃうんだよな。


 「……うるせぇやい」


 旦那の方も、在りし日の自分を思い浮かべているんだろうな。


 「おいらだって、すきでこうなったんじゃ……」


 胸にくるな。

 もう一度やり直せたら──とか考えちゃうよな。


 それにしても解像度が高いな。新崎さん、こういう展開とか好きなのかな。


 「つか、あんただれだ」


 え?


 「あらやだ。ばれちゃあしょうがないわね」


 えっなに?めっちゃ急展開。


 「おいらぁまだ21だ。かのじょもいねぇし、ひとりぐらしだ。おめぇみてぇなべっぴんさんが、おいらんちにいるはずねぇんだ」


 まってお前21なの!? 21であんな枯れ切った泥酔中年みたいになってたの!?

 てか一人暮らしならもっと早く異変に気付けよ!家に帰ったら知らない人がいるって、普通に事案だぞ!


 「わたしはあくのそしきのぼす。せんたいれっど、くびをあらってまってなさいな」


 ボス直々に偵察とか、ホワイトそうな組織だな。


 ……てか酔っ払いお前、戦隊もののレッドだったんだな。

 なに? 江戸っ子戦隊とか?


 「てやんでい、こっちのせりふだってんだ」


 そうっぽいな。


 「れっどのたたかいはまだまだつづく」



 ……続きが気になるな。


 にしてもやっぱり、新崎さんは面白いな。

 今まで周りに居なかったタイプというか、同年代の女子っぽくないというか。


 「あ、もうすぐ授業始まる。準備しなきゃ」


 ホントだ。

 昼休みの間、結局ずっと新崎さんを見ちゃってたな。


 でも仕方ないよな。次は何をするのか、目が離せないんだから。


 「だいにわ。れっどぴんち。さいせきじょうのたたかい」


 第二話!? さっき第一話やったばっかなのに!?


 「放送は来週か。楽しみだな」


 ……なんだ。ラテ欄を見ていただけか。紛らわしいな。


 「心配だな」


 わかる。ピンチなんて言われると気になるよな。


 「大丈夫かな、レッドのγ-GTP」


 ……ああ、確かに、結構飲んでたもんな。


 でもそんなの、普通の高校生は気にしないよ、新崎さん。

 γ-GTPの心配とか、身体にガタが来始めたアラサーとか中高年の仕事だよ。


 新崎さんはなんなんだ? アラサー女子? おっさん女子?


 ……定まらないな。

 まあでも、何でもいいか。



 席替えで隣の席になった新崎さん。

 彼女の言動が、俺の新たな楽しみになった。




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