山田川ボーダー太郎氏の幸せ
宮本 賢治
第1話
ぼくはボー太、ネコ型まくらだよ。
ボー太はニックネーム。本名は山田川ボーダー太郎。
健太くんが付けてくれた。
健太くんは、いつもぼくをボー太って呼んでくれる。
健太くんとぼくの出会いはファッションセンターし◯むら。
ぼくは寝具コーナーのクッションコーナーで売られていた。
まくらと言っても、本格的なまくらと比べると高さがなく、抱きまくらにするには小さいかな。
でも、小さい子だったら、まくらとしても、抱きまくらとしてもジャストサイズ。小さなお子様に人気の商品となってますにゃ。
ぼくを残して、仲間はみんな売れていった。ぼくの隣の白ネコは、かわいい小さな女の子にギュッて抱きしめられて連れて行かれた。
うらやましい。
ネコ型まくらはぼくを残して、みんな売れていった。
イヌ型まくらシリーズが売り場に並んだ。ネコはぼく一人。肩身が狭い。まくらを涙で濡らす日々だった。幸い、周り中、まくらだったから濡らすまくらは選び放題だった。
なぜ、ぼくは売れないんだろ···それはヘンテコなカラーリングのせいだ。ぼくは黒ネコ。直立2.5頭身の直立シルエット。頭デッカチのデフォルメデザイン。そして、お腹は黒と紫のボーダー柄。
黒と紫···まるで、菓子パンヒーローの宿敵みたいじゃないか!
イヌ型シリーズも売り切れて、クマ型シリーズの販売が始まった。
クマたちは性格が悪い。ぼくを売れ残りとバカにするやな奴等だ。その頃のぼくは少し、やさぐれていた。
やんのか? あ?
ケンカ上等なやさぐれまくらだった。
万年売れ残りのぼくは、ついに特売コーナーに回された。
グスン。
そんなある日、クルクルな癖っ毛の男の子がぼくを見つけてくれた。それが健太くんだ。
ママさんのしまパトに付いてきた健太くんは、特売ワゴンの前で足を止めた。
ぼくと目が合った。
最初、健太くんは不思議そうな顔でぼくを見ていた。
「ねえ、ママ。ぼく、このネコさん欲しい」
健太くんの呼び掛けにショートカットのママさんが応じた。
「え···こんな、変なのがいいの? バ◯キンマンみたいじゃん」
変なのとは無礼な、酷いぜ、ママさん。ぼくもなりたくて、バイキンカラーになったわけじゃない!
「変じゃないよ。かわいいよ」
そう言って、健太くんはボクを抱きしめてくれた。健太くんはポカポカしたお日様の匂いがした。
初めて、愛情を持って抱きしめられた。スゴく、幸せな気分になった。
「ま、300 円だし、いいか」
そう、ぼくはデフレスパイラルの申し子。
こうして、ぼくは健太くんのお友達になった。
「ボー太、おやすみ」
そう言って、健太くんは毎晩、ぼくをギュッと抱きしめて、眠った。健太くんからは、お日様のいい匂いがした。幸せだ。健太くん、大好きだよ。
ある日、ママさんがぼくをヒョイと持ち上げて、匂いを嗅いだ。なんとも言えない表情で言った。
「きてるわ、これ」
健太くんの寝汗ををしっかり吸収するぼくは、ぬいぐるみシャンプーなるスプレーをされた後、タオルで優しく拭いてもらえる。
あれ、気持ちいいんだ。ママさん、今日もお願い。
お風呂前でテンションが上がり、ご機嫌で鼻歌を歌うぼくを、ママさんは初めて見る部屋に連れて行った。
そして、白い網の袋に入れられた。何、これ? 袋のジッパーが閉められた。わ、捕らわれた。捕われのニャンコだ。
見知らぬ箱に入れられて、蓋を閉められた。密室。円筒形の監獄だ。
え、怖い! 何が始まるの?
そう思っていたら、上から水が降ってきた、スゴい勢い。見る見る間に密室に水が溜まり、そして、渦を巻いて水が回り始めた。
ブクブクブク、死ぬ。
途中、水が引いていき、助かったって思ったら、再び、水責め。
水が抜けて、やれやれやっと終わりかと思ったら、最後は怖ろしいスピードで、回転し始めた。
ムギュウ〜、目が回る!
電子ブザーが鳴り響き、ようやく、監獄の蓋が開いた。
ママさんがぼくを引き出してくれた。網の袋のジッパーが開けられた。
「良かったね、ボー太。きれいになって」
ママさんがそう言った。ちっとも良くない。死ぬかと思った。
そして、地獄はまだ続いた。足を洗濯バサミに挟まれて、灼熱のお日様の下、逆さ吊りにされた。
にゃあ〜! ぼくが何をしたというんだ。
逆さ吊りにされて、泣いていたら、天使の声が聞こえた。
「ママ、ボー太が酷い目に合ってる! かわいそうだよ!!」
健太くんだ。心の友よ、助けにきてくれた。
「ボー太はキレイキレイにして、今、乾かしてるの。ビチャビチャのままだと、嫌でしょ」
「うん、ビチャビチャは嫌」
そう言って、二人はお家に入っていった。
あちゅい。焼け付く日差しが突き刺さるぜ。山田川家の一族よ、呪ってやるにゃ。
「わ〜、ボー太、いい匂い」
地獄の後は天国だった。ピカピカ、フワフワのぼくは、いつも以上に健太くんにギュッて抱きしめられた。幸せだ。
でも、そんな幸せな日々はいつまでも続かなかった。
健太くんも段々と大きくなった。ぼくに興味がなくなったのかな。健太くんはギュッってしてくれなくなった。さみしいな、グスン。
ママさんがぼくを畳んだお布団の上に置いた。お布団ごと大きな袋に入れられた。袋のジッパーが閉められた。
長い間、眠っていた。スゴい長い間。ぼくは誰だっけ? 誰もぼくを呼んでくれないから、自分の名前も忘れちゃったよ。
ジッパーが開いた。
声がする。
「お母さん、いたよ」
声の方向には大きな若い男の人がいた。誰だろう? サラサラな髪の毛。初めて見るのに、知ってる人のような気がする。優しそうな人だ。
ぼくは男の人に拾い上げられた。
男の人がぼくを臭った。
「···リ◯ッシュで除菌だな」
男の人はぼくにシュッシュッってスプレーした。失礼な、ぼくはバイキンじゃないぞ!
そして、逆さ吊りにされた。久しぶりの逆さ吊りだ。焼け付く日差しが突き刺さる。起き抜けに酷い仕打ちだ。にゃあ〜!
夕方になって、泣き疲れたころ、さっきの男の人がぼくを回収しにきた。
「きれいなったね」
男の人はぼくに優しく笑ってくれた。
「おいで」
優しく抱きしめて、男の人はぼくを運んだ。ママさんとは違う、爽やかな香水の匂いがした。
「ほら」
そう言って、男の人はぼくを小さな男の子の前に差し出した。
小さな男の子、クルクルな癖っ毛。健太くんにそっくりだ。
男の子は目を見開いて、わぁってぼくを抱きしめてくれた。
ポカポカなお日様の匂いがする。
「そのネコさんはボー太だよ、お兄ちゃんのお友達だったんだ。康太も仲良くしてあげてね」
男の人がそう言った。そうだ、ぼくの名前はボー太。
小さな男の子はギュッってぼくを抱きしめてくれた。
その日から、ぼくは康太くんのお友達になった。
「ボー太、おやすみ」
そう言って、康太くんは毎晩、ぼくをギュッと抱きしめて、眠った。康太くんからは、お日様のいい匂いがした。幸せだ。康太くん、大好きだよ。
山田川ボーダー太郎氏の幸せ 宮本 賢治 @4030965
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます