偽の聖女に用はないと言われて追放されましたが、その後王国は大変なことになっているようです
大舟
第1話
「ユミリア、君は僕の事を裏切ったんだ。その罪は非常に重い。君自身、その事はきちんと理解しているんだろうな?」
この国における名だたる権力者たちの中で頂点に君臨する立場にある、ロレット第一王子が口をとがらせながらそう言葉を発する。
非常に冷たく感じられるその口調には、自身の婚約者に対する愛情などかけらも感じられない。
「う、裏切ったなんて私はなにも…」
「言い訳をするんじゃない!君はこれまで僕の事を裏切り続けてきたじゃないか!それをどうして認められないのか!」
ロレットはユミリアに反論の隙を許さず、ひたすらに一方的な立場から言葉を続けていく。
2人が婚約関係になってからおおよそ3か月の時が経過しており、世間一般的に見ればもうその関係は固い絆で結ばれていてもなんらおかしくないだけの時間が経過していた。
…にも関わらず、ロレットがここまで感情を荒げている理由と言うのは…。
「ユミリア、君は聖母マーマリアの血を引くれっきとした聖女なのだろう?僕は君のそんな背景に期待し、わざわざ婚約者としてこうして迎え入れることを決めたんだ。…だというのに君とくれば、僕の願いや望みを全く実現してくれないではないか」
そう、ユミリアは正真正銘聖母マーマリアの血を引く聖女であった。
その事は彼女が自分でそう言っているわけではなく、聖女の血を守る存在である教会の教皇によって正式に宣言され、その立場は担保される。
ユミリアを聖女だと断言したのはクリティウス教皇であり、彼は嘘など絶対につかない極めて紳士的な性格の人物であるため、ユミリアが聖女たる存在であることには間違いがなかった。
…しかし、その事実が一段とロレットの事をいらだ出せていく様子…。
「…夢にまで見た聖女の力、それがこんなろくでもないものだったとは…。クリティウス教皇が宣告を行った手前、聖女であることに間違いはないのだろうが…。こうなるくらいならそれも嘘であってほしかったものだ…。聖女たる力の持ち主がこれほど僕の事をがっかりさせるような者であるなら、僕はもう君に失望しか感じていない」
「……」
勝手に期待をし、勝手な形で一方的に婚約関係を築いたのはロレットの方であるというのに、その点に関しては全く触れる様子を見せない。
あくまで彼の中では、自分はユミリアに裏切られたのであり、自分に非など一切ないというスタンスを崩さない様子…。
しかしユミリアとて、このままロレットに言わせっぱなしではいられない。
「…そもそもロレット様が勝手に始めた関係ではありませんか…。私は最初に、聖女の力を引き出せるかどうかなんてわかりませんと申し上げたのに…」
小さな声で漏れ出たユミリアのその言葉、しかしそれはれっきとした事実だった。
それもそのはず、ごく普通の生活を送っていたユミリアはある日突然、教会を訪れた際に聖女の血を引く特別な存在であるという事を教皇から宣告され、どこからかその事を聞き付けたロレットによって婚約者として王宮まで連れてこられることとなったのだ。
その際ユミリアは、聖女の力なんてどう引き出すのか分からない、期待させるだけになってしまうかもしれないから婚約は辞退したいとまで言ったのだが、自分の野望を叶えることしか頭になかったロレットはそんな彼女の言葉を聞き入れず、結局自分本位な形で婚約関係をごり押しした。
「…ロレット様、だから私は最初から…」
「もういいユミリア。今の君の言い訳を聞いて、僕はほとほと愛想がつきたよ」
「……?」
事実を述べただけであるのに、言い訳であるという言葉を返されてしまうユミリア。
彼女はロレットがこれから何を口にするのか、うすうす察してはいたものの、まさか本当にここまで一方的に話が続けられていくとは思ってもいなかった。
「ユミリア、君のような裏切り者は僕の婚約者として絶対にふさわしくはない。今日をもって婚約関係は終わりにさせてもらう。…王宮に仕える人間が婚約破棄を行うには、それ相応の理由が求められるものであるが、君の場合はまったく問題にもならないだろう。なぜなら君は僕の思いを裏切ったという、この上ないだけの理由があるのだからな」
「……」
まさかここまでの事を言われるとは思っていなかったユミリアだったものの、婚約破棄をこれほど軽々と行ってくるような相手と、これ以上関係を続けていきたいと思うはずもない。
「…そうですか。人々の上に立つ王子様からそんなことを言われてしまうなんて、ただただ悲しいですけど…。でも仕方ないですね。だって私の話なんて何も聞いてくれないのですし…」
「聞く価値のない話なのだから当然だろうに。ユミリア、そういう言い訳はもっと僕の期待に応えた状態になってから言うものだぞ。勘違いするのもいい加減にしてくれよ?」
「……」
最後の最後までユミリアの言葉を聞こうとしないロレット。
…これが後に彼の人生を大きく狂わせる最初の一歩となることを、この時の彼はまだ知らないのだった…。
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