捨てられ聖女、ぶらり婚約者探しの旅で騎士団長に拾われる

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第1話 山奥に捨てられた令嬢


「獅子は子を深い谷底に投げ落とし、よじ登ってきた強い子だけを育てるというわ!!」


 短剣と小銭の入った革袋をペチッと投げつけ、捨て台詞を吐く我が姉……ユルグ辺境伯家の長女フレデリカ。


「せいぜい頑張るといいわ。成就するまで、ユルグ辺境伯家の者だと名乗るのは許しません」


 緋が走る特徴的な瞳でバレてしまうため、絶対に隠せと、ご丁寧に色付きガラスの入った黒メガネまで投げつけられる。


 ――まずい、コレは本気だ。


 そう思った次の瞬間、辺境伯家の貧相な幌馬車(ほろばしゃ)は、ガタガタと小石を跳ね上げながら猛スピードで去っていった。


 山奥に取り残され、呆然とうずくまるのは同じくユルグ辺境伯家の末っ子令嬢パトリシア——そう、私だ。

 まさか本当にひとり山奥に捨てられるとは思わず、じわぁっと涙がにじむ。


『お姉様はそうやって余裕ぶってるけど、婚約者はあんなに素敵な方だもの。すぐ飽きられちゃうに決まってる!』


 ――違うんです。

 本気で言ったわけじゃなく、売り言葉に買い言葉。


 お姉様の婚約者……ジョバンニ様を密かに狙っていたのは確かです。

 確かなのですが、何をしてもまったく眼中にないと言いますか、正直かすりもしませんでした。


 ――そう。あれは煽情的な恰好で誘惑した夜のこと。


 おへそをチラチラしながら迫るパトリシアに向けられたのは、父の如き慈愛に満ちた眼差し。

 しかも、「お腹が冷えてしまうよ」と丸出しのお腹を心配され、暖かな毛布にくるまれて抱っこで部屋に運ばれ……。


 既成事実を作るチャンスなのではと思いきや、「おやすみ」とイケボで頭を撫でられた嬉しさに当初の目的をすっかり忘れ、一晩中悶絶し……。


『お姉様が飽きられたら、ジョバンニ様は絶対に、私がもらうんだから――ッ!! 』


 ヤケクソで叫んでみたものの、わずかな希望すらなく内心涙目でした。


『あんなに素敵なのに、よりによってお姉様を選ぶなんて、おかしな性癖があるとしか思えな』

『……へぇ?』


 ユルグ辺境伯家の領地といえば、魔物だらけの広大な森と、小さな街ひとつ。

 魔物退治はお手の物……討伐のため他国から呼ばれることもあり、本日は不幸にも姉のフレデリカと二人きりでの遠征だった。


 狂暴な姉フレデリカをいつも諫め、いい感じにまとめてくれる兄は同行しておらず、恐怖政治で一刀両断する母も、穏やかに諭してくれる父もいない。

 この狭い幌馬車で、姉フレデリカは無双状態でパトリシアに対峙していた。


 イケメンの婚約者がとんでもなく羨ましくて、憎まれ口を叩いただけなのに。


 ……ほんの出来心だったんです。

 今更言い訳をしても、聞き入れてはもらえないだろう。


「ちょ、痛ッ、イタタタタ!!」


 叫ぶパトリシアの頭をアイアンクロー状態で鷲掴みにし、凍りつきそうなほど冷えきったフレデリカの瞳に、ゆらりと緋が走る。


「そんなに私の婚約者が羨ましければ、自力で探しなさい」

「――え?」

「せいぜい頑張るといいわ」


 そして満月の下、ポイッと山奥に捨てられ、今まさに途方に暮れているところなのである。


「ええと、確かこのへんに……」


 そういえば、心配性の兄が持たせてくれた緊急時の手鏡があったはず。

 腰に下げていた袋から手鏡を取り出して、「お兄様、緊急です。緊急事態です」と呼び掛けてみた。


 青白く光り輝く手鏡から、姉の婚約者ジョバンニが『王国一の魔術師だ』と手放しで絶賛する兄が顔を覗かせる。


「パトリシアか。どうした?」

「お、お姉様に捨てられて……!!」


 山奥にポイッとされて、かくかくしかじか。


「だから今すぐお迎えに来てほしくて」

「う――ん、行ってあげたいところだけど……あ、ちょっと待って、母上に代わるから」


 代わらなくていいから、サッサと迎えに来て欲しい。


「まったく貴女達は何をやっているの。……で? フレデリカに置き去りにされたのね?」

「そうです! しかも敵国との国境にある山奥にです!! 寒いし怖いしお腹が空いたし、かくかくしかじか」

「……ああ、なるほど。それは貴女が悪いわね」

「ん?」


 勿論それは分かってるんだけど……何やら嫌な予感がする。


「フレデリカの言う通り、婚約者を自力で見つけるまで帰ってこなくていいわ」

「……えっ? でもでも」

「もう十四歳だもの。ちょっと早めの成人の儀だと思って頑張りなさい」

「成人の儀って、デビュタント的な!?」

「敵国って言っても、つい先日同盟を結んだばかりだから大丈夫。良さそうな令息が通ったら、狙いすまして頑張りなさい」


 同年代の令嬢は、可愛いドレスで青春を謳歌しているのに?


 思いつきイベント感満載の、ユルグ辺境伯家限定『成人の儀』。

 短剣片手に……山奥でひとり再出発する、婚約者探しを兼ねたサバイバルデビュタント。


 自業自得と言えばそれまでだが、それにしてもあんまりだ。


「ん――、まぁそういうわけだから、ごめんね」

「お兄様まで!?」

「本当に必要な時は、こっそり助けに行くから」

「い、今でしょ!?  ちょ待ッ、せめてその手に持っている肉を」


 ――プツン。


「……ぎょえええ!?」


 まさかの強制終了。

 ひとりぼっちの山奥で、獣だろうか何かの鳴き声が聞こえる。


「危ない時って……ウッ、グスン…………だから、今でしょ……」


 なんだかちょっぴり涙が出た。

 ダメ元で、もう一回だけ呟いてみる。

 だがなんたること、手鏡はもう光らない。


 絶対聞こえてるのに……。

 …………。


 短剣片手に立ち尽くすパトリシア。

 小銭の入った革袋を拾って後ろポケットに入れ、投げられた色付きメガネをかけてみた。


 姉から貰った装備品はこれですべて。


「防御力……上がった?」


 革袋に小銭が入っているから、お尻をかじられた場合に限り有効な気もする。


「イケメンが通るのを待って、襲えってこと?」


 ――それって、恋はうまれる?

 そんなの聞いたこともないですが――!?


『あ、そうそう。その色付きメガネはね、東の島国ではグラサン、と呼ぶそうだよ――』


 手鏡の通信が切れる直前、兄からどうでもいい豆知識を披露され怒り大爆発……したいところなのだが、そんな気力すら湧いてこない。


「ぐらさん……?」


 開発者の、名前かな。


 色ガラス越しに綺麗な丸いお月様が見える。

 パトリシアは溢れる涙をそのままに、この山奥で生き抜く決意をしたのである――。






*****

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