捨てられ聖女、ぶらり婚約者探しの旅で騎士団長に拾われる
六花きい@夜会で『適当に』ハンカチ発売中
第1話 山奥に捨てられた辺境伯令嬢
「獅子は子を深い谷底に投げ落とし、よじ登ってきた強い子だけを育てるというわ!」
産んでもらった覚えも、育ててもらった覚えもございませんが――!?
人の手が及ばないアルマス山の奥深く。
ユルグ辺境伯家の長女フレデリカは、短剣と小銭の入った革袋をペチッと地面に投げつけた。
「お、お姉様。冗談……ですよね?」
「せいぜい頑張りなさい」
――まずい、コレは本気だ。
そう思った次の瞬間、辺境伯家の貧相な幌馬車(ほろばしゃ)は、ガタガタと小石を跳ね上げながら猛スピードで去っていく。
山奥に取り残され、呆然とうずくまるのは同じくユルグ辺境伯家の末っ子令嬢パトリシア——そう、私だ。
まさか本当にひとり山奥に捨てられるとは思わず、じわぁっと涙がにじむ。
姉フレデリカの婚約者、ジョバンニがあまりに素敵で、密かに狙っていたのは確かです。
確かなのですが、何をしてもまったく眼中にないと言いますか、正直かすりもしませんでした。
それなのに最近流行りの断罪劇よろしく、容赦なく山奥に捨てられるとは……。
思い起こせば五分前、フレデリカがジョバンニの絵姿を取り出し、嬉しそうに眺めていたのが発端だった。
『パトリシア、羨ましいんでしょう?』
『……いいえ、別に。でも、いつまで続くかなぁ……?』
幌馬車が揺れるたび、得意そうにチラ見せしてくるフレデリカがどうしようもなく羨ましくて、……ついつい憎まれ口を叩いてしまったのだ。
『すぐに飽きられちゃうかも?』
『羨ましいと素直に言ったらどうなの!? ジョバンニ様はそんな方ではありません』
『あ、そういえばこの前私、ギュッと抱き締められちゃった……』
『なっ!?』
――そう。あれは煽情的な恰好で誘惑した夜のこと。
おへそをチラチラしながら迫るパトリシアに向けられたのは、父の如き慈愛に満ちたジョバンニの温かな眼差し。
しかも、「お腹が冷えてしまうよ」と丸出しのお腹を心配され、暖かな毛布にくるまれて抱っこで部屋に運ばれ……。
抱き上げる時にギュッとされたから、これは『抱き締められた』と言っても過言ではないでしょう。
『抱き締められた……?』
既成事実を作るチャンスなのではと思いきや、「おやすみ」とイケボで頭を撫でられた嬉しさに当初の目的をすっかり忘れ、一晩中悶絶したのは秘密である。
『そのまま部屋で……あ、しまった。これは秘密なんだった』
『……そう。勿論、それなりの覚悟は出来ているんでしょうね?』
双眸の緋が色濃く染まり、フレデリカがゆらりと揺れた。
『おっ、お姉様こそ、私に奪われる覚悟をしたほうが』
『私からジョバンニ様を奪う?』
『ヒエッ!? そ、そうです』
『この、私から……?』
『そうですぅぅッ!! ジョバンニ様は絶対に、私がもらうんだから――ッ!!』
そうなったらいいなって。
ヤケクソで叫んでみたものの、わずかな希望すらなく涙目でした。
――ファラランド王国内で、有数の軍事力を誇るユルグ辺境伯家。
領地といえば魔物だらけの広大な森と、小さな街がひとつだけ。
日々危険と隣り合わせの領地に生まれ、大自然に囲まれながらのびのび育てられたユルグ辺境伯家には、三人の子供がいた。
未だ独身、ウダツの上がらない長兄クルシュ。
乱暴な野生児のくせに、イケメンの婚約者ができて最近ちょっと調子に乗っている長女フレデリカ。
三人の中では一番良識があると自負している末っ子のパトリシア。
魔物退治はお手の物……討伐のため他国から呼ばれることもあり、本日は姉のフレデリカと二人きりでの遠征だった。
狂暴な姉フレデリカをいつも諫め、いい感じにまとめてくれる兄は同行しておらず、恐怖政治で一刀両断する母も、穏やかに諭してくれる父もいない。
この狭い幌馬車で、姉フレデリカは無双状態でパトリシアに対峙していた。
……イケメンで一途な婚約者がとんでもなく羨ましかっただけ。
ほんの出来心だったんです。
今更言い訳をしても、聞き入れてはもらえないだろう。
『ちょ、痛ッ、イタタタタ!!』
叫ぶパトリシアの頭をアイアンクロー状態で鷲掴みにし、凍りつきそうなほど冷えきったフレデリカの瞳に、ゆらりと緋が走る。
『そんなに羨ましければ、自力で探しなさい』
『――え?』
『せいぜい頑張りなさい。成就するまで、ユルグ辺境伯家の者だと名乗るのは許しません』
緋が走る特徴的な瞳でバレてしまうため、絶対に隠せと、ご丁寧に色付きガラスの入った黒メガネまで投げつけられる。
――そして満月の下。
ポイッと山奥に捨てられ、今まさに途方に暮れているところだった。
「ええと、確かこのへんに……」
そういえば、心配性の兄が持たせてくれた緊急時の手鏡があったはず。
腰に下げていた袋から手鏡を取り出して、「お兄様、緊急です。緊急事態です」と呼び掛けてみた。
手鏡が青白く光を放ち、姉の婚約者ジョバンニが『王国一の魔術師だ』と手放しで絶賛する兄が顔を覗かせる。
「パトリシアか。どうした?」
「お、お姉様に捨てられて!!」
山奥にポイッとされ、心細さに泣きそうです。
「だから今すぐお迎えに来て欲しいのです」
「う――ん、行ってあげたいところだけど……あ、ちょっと待って、母上に代わるから」
代わらなくていいから、サッサと迎えに来てもらいたいのに。
「まったく貴女達は何をやっているの。……で? フレデリカに置き去りにされたのね?」
「そうです! しかも敵国との国境にある山奥にです!! 寒いし怖いしお腹が空いたし……かくかくしかじか」
「……ふぅん、それは貴女が悪いわね」
「へっ?」
勿論それは分かってるんだけど……何やら嫌な予感がする。
「フレデリカの言う通り、婚約者を自力で見つけるまで帰ってこなくていいわ」
「……えっ? でも」
「もう十四歳だもの。ちょっと早めの成人の儀みたいなものね」
「成人の儀って、デビュタント的な!?」
「敵国って言っても、つい先日同盟を結んだばかりだから大丈夫。良さそうな令息が通ったら、狙いすまして頑張りなさい」
ユルグ辺境伯家限定、突如始まる……思いつきイベント感満載の『成人の儀』。
同年代の令嬢が可愛いドレスで青春を謳歌している頃。
短剣片手に……山奥でひとり再出発する、婚約者探しを兼ねたサバイバルデビュタント。
自業自得と言えばそれまでなのだが、それにしてもあんまりである。
「ん――、まぁそういうわけだから、ごめんね」
「お兄様まで!?」
「本当に必要な時は、こっそり助けに行くから」
「い、今でしょ!? ちょ待ッ、せめてその手に持っている肉を」
――プツン。
「……ぎょえええ!?」
まったくもって意味をなさない、緊急連絡用の手鏡。
ひとりぼっちの山奥で、獣だろうか何かの鳴き声が聞こえる。
「危ない時って……ウッ、グスン…………だから、今でしょ……」
なんだかちょっぴり涙が出た。
「緊急事態です…………」
ダメ元で、もう一回だけ呟いてみる。
だがなんたること、手鏡はもう光らない。
絶対聞こえてるのに……。
…………。
短剣片手に立ち尽くすパトリシア。
この山は魔物だって出るのに、ひとりぼっちにされるとは。
小銭の入った革袋を拾って後ろポケットに入れ、投げられた色付きメガネをかけてみた。
姉フレデリカから貰った装備品は、これですべてだ。
「防御力……上がった?」
革袋に小銭が入っているから、お尻をかじられた場合に限り有効な気もする。
「イケメンが通るのを待って、襲えってこと?」
――それって、恋はうまれる?
そんなの聞いたこともないですが――!?
『あ、そうそう。その色付きメガネはね、東の島国ではグラサン、と呼ぶそうだよ――』
手鏡の通信が切れる直前、兄からどうでもいい豆知識を披露され怒り大爆発……したいところなのだが、そんな気力すら湧いてこないのだ。
「ぐらさん……?」
……誰かな。
色ガラス越しに綺麗な丸いお月様が見える。
パトリシアは溢れる涙をそのままに、この山奥で生き抜く決意をしたのである――。
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