桃色

人魚の世界、ユリアードは深海にあり、人魚達が海洋生物と仲良く暮らしていた。

ユリアードは未だ人間が入った事のない海なので、光る美しい珊瑚やイソギンチャク、レインボーに光る魚や貝が生息するなんとも美しいエリアだ。

人魚達も負けず劣らず、人間のような美しい容姿に色とりどりの美しいフィンを纏っている。

背鰭がトゲトゲしており、ひとつひとつの背鰭が長いものもいれば、欠けているものもいた。


このユリアードでは、今とんでもない恋愛のジンクス流行っている。

とは言っても、この深海の姫が起こしたものなのだが。

姫は以前、禁止されていた水面まで泳ぎ、溺れた王子を助け、お互い恋に落ち、手術を繰り返して人間となって幸せに暮らしているという。

実は恋に落ちたのは、姫だけで、王子はユリアードの人魚達だれもが持つ聖遺物のナイフで刺され、心が死んだゾンビのような状態で結ばれたというものだ。


恋、雄を知らないユリアードの人魚達は、それが恋愛だと思い盛り上がっている。

そこで一際大きな声でうっとりと語るのはユリアード一のマドンナ、フリーナであった。フリーナは薄いピンク色のフィンを優しく床にタンタン叩きつけている。興奮しているようだ。

対照的にフリーナの隣で無表情で亀と遊んでいるのがリネットだ。リネットは水色の美しいフィンを優しく撫でていた。


「リネットは全然ロマンを持たないよねーー私達双子なのに全然似てないね」


フリーナはそう言って聖遺物のナイフを撫でた。


「私もそんな美しい恋愛してみたいなーー」


そう、ユリアードの人魚達は恋愛や愛、雄を知らないので、姫の物語が本当の愛だと本当に思い、憧れていた。





それから5年後の事だった。

ユリアードの2キロ圏内で船が沈没したのは。



「リネット!!聞いた?船が沈没したって!!私みてくるわね!リネットはどうする?」


「私は行かないわ。水面に行くのは許されない事よ、フリーナ」


リネットの話を聞く途中でフリーナは水面に向かって行った。

まだ他の人魚達はきていないようだ。

フリーナは辺りをキョロキョロ見回した。

すると木にしがみつく美しい男性がいた。

フリーナは初めて雄を見たのだ。思わず一目惚れをしてしまい、その男性を助けた。

陸に連れて行くと、男性は目を覚ました。


「君は…?」

「わ、私はフリーナ。あなたは?」

「僕はアルベド王子。君は…人魚なんだね」

「そうなの。怖くない?私は人間を初めて見るけど怖くないわ」

「君は…」


アルベド王子はフリーナの髪を撫でた。


「美しいね」


初めて言われた言葉に、フリーナは赤面した。


「そろそろ使いの者が来るはずだ。フリーナ、君にお返しがしたい。城に来てくれないか?」

「是非行きたいわ。でもこんな足…あ、」


聖遺物には言い伝えがある。

願えば望みが一つ叶うと。


フリーナは聖遺物のナイフを取り出し、自分の足を刺した。

するとみるみるうちに人間の足になった。


「すごいね、初めての事だらけでびっくりだよ」

「私もよ」


そう言って二人は使いの者を待った。




フリーナとアルベド王子が2人で何が好きだの深海はどうだの話しているうちに、銀髪の青年が現れた。

どうやら使いの者のようだった。

銀髪の青年はフリーナを見るなり少しびっくりした顔をしたが、落ち着いたように息を正した。


「…??私に何か?」

「いや…」


おかしい。フリーナはもう人魚ではないのに、こんなに珍しそうに見られるとは。だが王子達の足をみても自分との違いはなかった。

変な人…なんて思いながら王子が使いの者に説明をして、城に行くことになった。

その時フリーナは、使いの者が身につけているブレスレットが気になった。


「ねえ、私はフリーナ。そのブレスレットはどうしたの?」

「俺はレザーです。拾いました」


ふーん…。そう思ってフリーナは王子と歩いた。




城に着くと、フリーナは王子の部屋に通された。

上品で美しい部屋だ。


「フリーナ、今日からしばらくこの部屋が君の部屋だ。何かお礼がしたい」

「お礼なんて要らないわ。私と一緒にいてくれたらいいの」


恋愛を知らないフリーナは、それはもう早いスピードで王子を口説いていた。

それもそうだ。王子の為にフィンを無くしたのだから。


「それならまず、陸の色んな事を教えてあげるよ」


フリーナは嬉しそうに頷いた。



王子はフリーナに色々な事を教えた。

食べ物や、風、海ではない水、子供、また子供の作り方、動物、規則。

全てフリーナは真剣に聞いていた。

そしてフリーナは子供の作り方を何度も何度も質問して、なんと王子とそのまま一夜を共に過ごした。


事情後、フリーナは王子に腕枕をしてもらいながらうっとりとしていた。


「明後日花火大会があるんだ。そこでフリーナに大切な話があるよ」


フリーナは胸がいっぱいだった。


王子が眠りについてからフリーナは海の近いところを銀髪の青年、レザーに聞いて向かった。

レザーは心なしか嬉しそうだ。



海についた。

すると、今まで忘れていたリネットが現れた。


「リネット!!!」

リネットはびっくりしてフリーナをみた。


「フリ「私、王子としてしまったわ!!!!幸せなの!!!!」」

リネットは固まってしまった。



「フリーナ、落ち着いて聞いて。人間に犯されれば人魚は死んでしまうの」

フリーナは緩んでいた顔から色が無くなった。


「いつまでなの…?」

「2日後よ」


フリーナはふらふらと城に帰って行った。

リネットはそれを心配そうに見届けていた。



部屋に戻ったフリーナは、王子を起こした。


「ねえアルベド王子。私、私、2日後に死んでしまうの」

アルベド王子はうつらうつらしながら、

「そうか。そんな事より昨日はすごい良かったよ」


そう言って王子はフリーナを抱きしめた。

フリーナはなんとも言えない悲しみに暮れた。



次の日、フリーナは寝込んでいた。

それを知った王子は、何度も何度も看病してくれた。

それがフリーナは嬉しかった。

昨日の違和感は気のせい、そう思う事にした。


だが、違和感は沢山あった。

知らない女性と笑顔の王子の写真。

左手の薬指にはまる高価な指輪。

部屋には女性の好む雑貨。

気のせい、気のせい、全部私の気のせい。

そう言い聞かせていた。


粥を食べる時に優しく頬にキスをしてくれる王子。

本当の王子はどれだろう。

フリーナはまた、悲しくなった。


海を見たいと言うと、王子は横抱きで連れて行ってくれた。


「海に戻りたいか?」


フリーナはびっくりしたが、首を横に振った。


「貴方に出会えたんだもの。わずかな時間だけれど、私からしたら初めてだらけで濃厚だわ」


柔らかく笑ったフリーナに、王子はぼーっとした。

ーーーー彼女は美しい。本当に。

ただそう思っていただけのはずだった。


「冷えるな、そろそろ戻るか」

「ええ。ありがとう」


二人は城に戻って行った。







結婚式の日になった。

フリーナは目が覚めると美しいピンクのドレスに着替えさせられていた。

皮肉にも、フィンと同じ色だ。


王子が部屋に入ってきた。

フリーナの腕を組んで、美しい城内を案内しよう!と案内してくれた。

城はパーティーの雰囲気でいっぱいだ。


ああ、これが私のパーティーなら良かったのに。


笑顔で語る王子を笑顔で返すフリーナ。

ーーああ、やはり好きだな私。 



婚約者はどうやら遅れているようだった。


外も暗くなってきた。

いつもの海の近くで休んでいると、リネットが現れた。


「これは私の聖遺物のナイフよ。これで貴方を刺して。そして死なないようにして」


そう言って自分の聖遺物を渡した。


「人魚を誇りにしているリネットが、その象徴を私にくれるなんて…。ありがとう、私、」


受け取ると同時に、何か気配がした。

リネットは隠れた。


女性が話しかけてきた。

美しく女性だ。きっと彼女が王子の結婚相手なのだろう。


「初めまして。私はアルベド王子の婚約者です。貴方が人魚ですね」

「そうです。無事に着いて何よりです。王子がお待ちですよ」


婚約者は綺麗な笑顔で、優しい雰囲気のある女性だった。


「人魚さん、私と共にアルベド王子のもとへ行きましょう?」


手を出され、フリーナはその手を取って王子の元へ向かった。

リネットを振り返り、リネットにウインクをした。

リネットは安心して、城を眺めた。





アルベド王子の元につくと、フリーナはリネットから貰ったナイフを構えた。

王子や婚約者、周りの人達は警戒していた。

が、フリーナはリネットからもらったナイフを投げ捨て、自分のもうただの切ることしかできないナイフで、自身を切り付けた。


「貴方は私の肉が欲しかったんでしょう?だから優しかったんでしょう?だから愛したふりをしたんでしょう?私はもう人間です。効果は分かりませんが、どうぞ、食べてください」



フリーナは王子に肉を切り分けて渡した。

次に婚約者、次に使用人、そこでフリーナは身体が動かなくなり、海に落ちた。


人間と交わった呪いの寿命が来たのだ。




フリーナは深い深い海に落ちた。

本当はただのナイフで刺そうと思っていた。

好きで好きで好きで

できなかった。

今でも王子と交わった夜を思い出す。優しくて完璧だった。

私は貴方に恋をして

貴方はそれに答えてはくれなかった、ただそれだけ。




フリーナは泡になって消えた。

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