第41話



 「どもー、漫画家のドキュメンタリーシリーズまとめて観てたら後半うんうん頷いてる感化されやすいラズベリーの入ったシュークリーム、シューク・ベリームです」


 アシスタント諸君、ベタ塗りの丁寧な仕事ちゃんと見てるぞ、とか漫画描いたことないくせに。


 「そうそう、自分の知らないお仕事系のドキュメンタリーは好き。わけあり人間ドラマみたいな系統はヤラセ感あって観ないけど。アル中の禁酒がしんどいのは分かるけどそこまで感情爆発するのカメラの前で? みたいな。あと警官密着もいらん。音声変えた連中のモノマネ上手くなるほど観て飽きた。ピーがピーーーーて言ってんだろピ、ザザおいさっきから何撮ってんザー」


 中身なさすぎね?


 [甲高い加工ボイスうまw]

 [まだ特技隠し持ってたか]


 「フフン、学生時代から宴会芸まで一生使えるから練習しとくといいぞー。こっちのバージョンもある。ディディディディですか。あそこは一番ヤバいですね。当局から逃げ切るのが上手というか、当局の誰かと……、てハハハ、冗談ですよ冗談」


 [闇のブローカー]

 [すりガラス越しのスーツ男の配信観てぇ]


 「えぇ、ワタシの配信ですか? みなさんに満足してもらえる特ダネなんて、あぁ、Vtuberのディディディ・ディディディディさん、先日一輪車に乗って散歩中の犬から逃げていましたよ。東京はどこにでも売人いますからね。みなさんはくれぐれも気をつけて下さい」


 [返し早っ]

 [疑われてるw]


 「俺のトコにもドキュメンタリーの取材来ないかなー。フザケてぇ」


 AM6:00


 まだ霧がかったような薄暗さを残す早朝、彼が仕事を終えて帰宅した。

 

 シューク・ベリーム 職業???


 顔半分を包帯で覆い、右手もボクサーのような包帯に巻かれ、パーカーにジーンズのラフな格好のあちらこちらが擦り切れている。

 慌てて駆け寄る我々番組スタッフ。


 Q 一体何が?


 「え? ああ、お気遣いなく、いつものことですから。この程度で東京を守れるなら安いもんですよ」


 はにかみながら言葉を濁し、職業出身その他一切を隠し通す姿に、我々一同は薄ら寒さを感じた。


 AM8:30


 食事休憩を挟んで彼はパソコンを使った作業を始めた。


 「動画編集ですよ。自分でもどうしてこんなコンテンツを求められるのか不思議ですけど、リスナーが欲しがるなら応えなきゃ、ハハハ」


 本来は会員限定公開らしいが、許可を貰い、一部モザイクをかけて音声を伏せることを条件に撮影に成功した。


 『波ピー拳、波ピー拳、しょおりゅ、しょおりゅ、昇ピーーんっ』


 柔道着を着て、どこかで見たことのあるゲームの真似を全力でやりきる不審者。

 モザイクをかけた顔の部分にシュークリームの絵をハメて完成。

 普段テレビ番組作成で目が肥えすぎているのか? 満足気に動画を登録する彼に我々一同は薄ら寒さを感じた。


 AM9:50


 午前十時の配信を控えて、しばらくひとりにして欲しいと彼は別室に籠もった。精神統一でもしているのだろうか? 垣間見えるストイックな姿勢から想像出来る光景を裏切り、別室から悲鳴が上がった。


 「ずべりだぐなーい、だずげでー、おぅえー、ウ、ヒック、ヒック、あ、あ、それはダメだよ、プラシーボ効果? とか言われて貰ったオクスリ飲んだら楽しくなって一輪車を乗り回したけど全然面白くないよっ。スベリ散らかしてたよっ。追いかけるワンちゃんのリードを引っ張るオバサンが鬼の顔してたよ無理だよもうあんな目で見られたくないよ。え? 今度は本物? プラシーボ効果はカガクテキにショーメーされてる? じゃあ、一本だけ」


 ぷしゅっ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュと馴染みのある音が響き、部屋から出てきた彼は晴れやかな顔をしていて、我々一同は薄ら寒さを感じた。


 Q 誰と話していたのですか? てか酒かオクスリか見せろ。


 「あぁ? 俺が何飲もうが俺の勝手だろうがブっピーーぞ、チューハイ宣伝していいのか? あ? やってやんよピピピ、ピーーーピピってザザ、何撮ってんザー」


 ね? ワタシ言いましたよね。Vtuberのディディディ・ディディディディさんはいつかやらかすって。


 「みたいな放送、イケそうじゃね?」


 [一回コメント欄見ろ、ツッコミが追いつかねぇ]

 [最後声変えても意味ねーw]

 [格ゲー動画希望]


 格ゲーはねぇわ許してつかーさい。それより思ったよりウケたから、そのうち台本書いて声もシッカリ似せた動画作ったろ。いやこーゆうのは勢いだけか? ずべりだぐないよー。

 ちなみに本当の仕事終わりは朝八時あたり。姿の見えない特定厨と水面下の攻防がある、気がする。


 「ドキュメンタリーでその道のプロを見てると感化されて語りたくなるんだけど、エアプはダサいじゃん? じゃあ始めからエアプを宣言しとけば何語っても怒られない説、検証したいから何でもお題カモン」


 [また妙なことをw]

 [漫画家]

 [美容師]

 [アイドルプロデューサー]


 「いいねソレ面白そう。んっん。本日は講演会にお集まりくださりありがとうございます。私、エアプでアイドルプロデュースしているシューク・ベリームと申します。まずはアイドルを見つけなければ何も始まりません。どこにいるのか? やれやれです。鏡をご覧なさい。そう、誰でもアイドルになれるのですよ。誰もがカッコイイとかカワイイと思う人に私は必要ありません。むしろそんな人の隣りにドヤ顔で立っていたら手柄ドロボーの肩書きしかつきませんよハッハッハ、あれ? ここ鉄板なんですけど、まぁいいでしょう。いいですか、魅力のない人なんていないのです。必ず何かしらの強みを持っています。ソコを見つけてどうアピールするか作戦を立てて実行するのが私の役目なのです。知らんけど」


 [最後っ]

 [エアプ宣言よりひでぇw]


 知らんけど万能説。


 「あ、はい、今日はよろしくお願いします。エアプで美容師をさせてもらっているシューク・ベリームです。インタビューなんて初めてで緊張しますね。一番気を遣ってること、ですか? うーん、当たり前のことすぎて申し訳ないんですけど、全肯定、ですかね。お客様はどうしてボクを頼るのか? 自分の見た目に不満があって、プロに改良して欲しい、ということですよね。ボクが駄目だしして改良すれば要望に応えた、と言えるかも知れませんが、フフッ、ごめんなさい、それって三流の意見だと思うんですよ。お客様は大きな勘違いをしている。ボクが手を加えなくても十分魅力的なんですよ。ただ、ボクならもう少し魅力を上げられるかも、いや、上げるためにベストを尽くすのがプロを名乗る資格なんでしょうね。知らんけど」


 [マジ最後っ]

 [くそっ、オチが分かっていても笑ってまう]

 [爽やかな宣伝写真が見えるw]


 「ひょっとして俺は……、とんでもないものを発明してしまったのか? 世の中変わるぜぇ。君たちはもう満足してしまったのかい? なんでもイケる気がする。かかって来いよぉ」


 [バイトリーダー]

 [気象予報士]

 [バレーボール解説者]

 [グルメリポーター]

 [少女漫画評論家]


 くっ、やるじゃねーか集合知ぃ。てか少女漫画評論家て聞いたことねーよ。


 「ウス、オツカレーっス、自分エアプのバイトリーダー、シューク・ベリーム言いますヨロです。コツ、っスか? そりゃあ距離感でしょ。ホールスタッフも厨房もレジ打ちも、それぞれやってみなけりゃ分からないシンドイポイントってのがあるんスよ。そこを察することなくあーしろこーしろ指図したらオレ一発でハブ決定スよヤバスンギー。だからまぁオレがフォローするんでヨロでーすつって頭下げとくのがデキるリーダーっスね。あとここだけの秘密、店長だけには強気で物言っときゃ人望アゲアゲっス。知らんけど」


 [普通にカッコイイかも]

 [絶対有能w]


 「少女漫画評論家って何だよ? て考えてたらちょっと関係ないこと思い出した。アレどんくらい前だったか、聴覚障害のフリした指揮者の嘘がバレてバッシングがあったじゃん? 俺さー、あの騒動にドン引きしてた。嘘つきに、ではないぞ。世間全体に。そもそも俺、あの嘘つきの嘘がバレる前にその人のドキュメンタリー番組を観て腹抱えて笑った。だってあのベートーヴェンですら難聴に苦しむ一生だったのに、聞こえない指揮者なんてありえないってノータイムで分かる嘘でしょ。盲目の漫画家と同じ。何をどうすりゃ可能と思えるのやら。で、嘘がバレた時に、しょーもない嘘をついて後に引けなくなっただけの凡人イジメてさ、下らない。こんな分かりきった嘘も見抜けないことで大量のエアプがバレたことのほうが大問題なのにね」


 

 

 

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