第13話



 八月に入って学生は夏休みかウラヤマー。雑談配信を見るキッズは少ないのか同接に目立つ上昇はないけどゼロではなかったらしく。


 「……、女性の四人中三人の割合で特別な色覚細胞持ってるんだとさ。それ聞いて納得。口紅の種類って詐欺だと思ってた。コレとコレは別ですけど? って嘘つけーって。俺には同じに見えるのに違いが分かる人はたくさんいたんだねぇビックリ。春の新作ルージュてお前言ってて吹き出さないの? とは今でも思うけど。毎年同じやん」


 元祖落ちゲーしながら今日もたいして中身のないハナシ。


 「このBGMコロブチカ、ではなく正確にはちょっと違う名称だったなぁ思いだせない。こういう時現代人には検索という強い味方がいるけどストーップ。頑張って思い出せるとシナプスが強化されて記憶レベルが一上がり、安易に答えを教わるとレベルが一下がる。だから現代人の地頭悪くなってんだろーなー」


 でも俺思い出せる気がしないから検索。


 「コロペイニキ? 全然知らねー無駄なことに時間使わなくて良かったスマホサイコー」


 [閃光の掌返し]

 [思い出せた時の達成感好き]

 [勉強にもスマホ欲しいタスケテー]


 「あん? さてはお前さんキッズだねぇ。折角の夏休みにエアコン利いた部屋に引きこもってこんな配信観てんじゃねーよ漢ならアオハルしてこいアオハル……、けっ」


 [ついに自分もディスり始めた]

 [ニキどんだけ黒歴史持ってんだよ]

 [アオハルにトラウマあるからインドアなんよ]

 [いえ自分女っス]


 「おっとゴメンよフラッシュバックで錯乱した。勉強にスマホ? 使え使えーむしろスマホで勉強しろよコメント打ってんなら持ってんでしょ? ライター見ながら木の棒回して火がつかなーいって何時間泣いても同情できないぞ」


 [頼ったら勉強にならないって]


 「親が? 教師が? まぁ誰でもいいけどちょっと何言ってんのか分からないねぇ。勉強に使ってマイナスなのは数学の計算くらいでしょ。他は積極的に使えよ」


 キツく言いそうになったから自重したけど親でも教師でもヤバ。親は娘に電話とメールのみのツールとしてスマホを与えたわけ? その親ガラケーで時が止まってらっしゃる。

 教師はスマホは何の道具と思ってるの? 勉強に役立てるって一番立派じゃね? スマホを使うのはソシャゲだけにしなさいって命令するツラ想像したら失笑なんですけど。


 「ちなみに一番スマホを使いたい教科は?」


 [古語]


 「ありおりはべりいまそかりー使え使え使いまくれー。古語って一番イミフな教科だよね。死語を通り越して絶滅した言葉の使い方を教えて何させたいのやら」


 [もう憶えてない]

 [ナツカシー]


 「百年後の古語のテスト出しまーす」


 第一問 チョベリバは何の略か答えよ

 第二問 上上下下左右左右BA 通称何コマンド?

 第三問 俺の物は俺の物、お前の物━、に続く言葉を次の……

 第四問 マジ卍 激おこプンプン丸 ムカチャッカマン 怒り度の高い順に……

 第五問 ラララライを使って適切なリズム芸を再現せよ


 [面白そうやんけ]

 [五問目がルナティックモード]

 [いや実際古語のテストって……]

 [ああ、ルナティックあったよな]


 「この問題を見た君たちの感想が、数百年前の日本人が現代の古語のテストを見た時の感想だぞ? 子孫何やってんのって呆れるだろうね」


 だからまぁ。


 「こんな風に古語の問題はおバカだから笑い飛ばせばいい」


 あとはそうだなぁ。


 「古語のテストには一ミリも役に立たないけど、古語に関する面白い話ならできる」


 落ちゲーやめてタブレットのお絵描きアプリをPC経由で配信画面に映す。ホワイトボード代わり。文字だけだと寂しいから絵も描くか。

 

 「京都の有名なハナシ。ぶぶ漬け食うか? と聞かれたら早よ帰れの意味になる。みんなも知ってるよね? じゃあさ、何をどうすりゃそんな文化が生まれるのか考えたことはあるかい?」


 つぶらな瞳のおばあちゃんにぶぶ漬け食うかの吹き出し、背後に不穏なオーラを立ち昇らせる。


 「京都の千年前、平安京まで遡ってみよう。以前話したことがあるけどおさらい。当時は未婚の男女が対面して話す機会はほぼ無かった。奈良時代までは性にオープンだったけど平安時代になると上流階級が潔癖症になってね、反動で全員処女厨ユニコーンになったから、と考察するけど置いとこう」


 衝立状の御簾を堺に男女が分断されてる絵。御簾がナントカフィールド? 気のせい。


 「男女のコミュニケーションは専ら恋文になる。これはいわゆるDMだから後世に残らない。内容は想像するしかない。そしてもう一つ。これが日本史のユニークさなんだけど、彼らはSNSを作った。相手しか読まない恋文だけでなく、不特定多数に見られる和歌を使った手法で恋愛を盛り上げた」


 鳩のシルエット。


 「ところで質問。君たちはSNSに何か呟くとして、たった一人の知り合いだけにメッセージを伝えたかったらどうする?」


 [まさか和歌って暗号?]


 「正解。あとこれも理解しておいて欲しいのが、当時は言論表現の自由なんて存在しないってこと。失言、ダメ、絶対。平安時代は実質死刑が廃止されていたから物理的に首が飛ぶことはないけど、炎上したら一族丸ごと社会的に終わる。現代も天皇がテレビに向かって喋る時はすごーくゆっくりでしょ。失言、ダメ、絶対が魂に刻まれてるからだよ。天皇が失言で終わることはないけど、貴族がしないことしちゃったら沽券に関わる」


 ウサギのおくちにバッテン。有名キャラクター? ナニソレ。怖いから両目に黒い横線塗っとこ。


 「言論表現の自由がない社会で公に発言するのは相当慎重でなくてはならない。ストレートな言い方はダメ。三十一文字みそひともじにまとめるルールもこうした背景で作られた。長文書いて公開してたら命がいくつあっても足りない。ちなみに万葉集に収録されてるけど、もっと昔は長い歌があった。さて、答えは分かったかな?」


 一枚目の絵に切り替える。


 「現代と違って千年前のSNSは即死トラップだらけの綱渡りだから、発言はとことん婉曲的に改造されていき、ぶぶ漬け食うかが早よ帰れになるほど難解になった、というわけ。納得できた? まぁ少し付け足すと、これは貴族メンドクセーって庶民目線のからかいが含まれてそうだね。現代京都人の喋り方は全て婉曲的ってわけじゃないもん」


 狩衣かりぎぬってこれであってるっけ? というビミョーな平安貴族男性、チャラ男風。そして大きな文字で女郎花と書いて『をみなへし』とルビ打っとく。


 「というわけでひとつくらいは具体例出しとこうか。彼の名は紀貫之。完全に俺の妄想だけど、彼はある女性にこんな恋文を贈ったとしよう」


 先日友人と紅葉狩りに出かけまして、山あいの開けた草原に女郎花おみなえしが群生しているのを見て強く感動しました。

 鮮やかな赤、渋い黃に囲まれて、控えめに佇む落ち着いた黄色く小さい花びらのなんと可憐なことか。

 なるほど、以前貴女は秋は紅葉より女郎花に目が行くと仰った意味を私も理解しましたよ。

 真に美しいものは頭上ではなく足元にヒッソリと。

 まるで貴女のように。

 同封した押し花、気に入ってもらえると良いのですが。

 もうひとつの押し花は、フフフ、是非御自身でお探し下さい。


 「あー歯が浮く。これをふまえてちゃんと残ってる紀貫之の歌を紹介しよう」


 小倉山 峰たちならし 鳴く鹿の へにけむ秋を 知る人ぞなき


 「分かるかな? 各句の足元ではなく頭一字を抜いて並べると?」


 [ま?]

 [うわぁ]

 [確かにコレ教えない古語終わってる]


 「これが当時のコミュニケーション。伝えたいことは二人だけの秘密になるように。そして視聴者はこういう部分も見つけて察して、俺のように恋愛劇を妄想していとおかしてえてえと鳴いたのさ」


 もっと時間がかかると思ったらそうでもない。もう一人イケるかな。


 「ついでに同時代の有名人、小野小町も解説しちゃおうか。この人歌以外は役職すら不明って謎だらけの人物だからあくまで諸説アリのひとつと受け取ってよー」


 顔に謎と書いた十二単衣の女が高笑い、と。平安初期に十二単衣があったかどうかは知らん。それこそスマホの出番だよね。各自興味の湧いたことを調べて知識を深めていくのが勉強だろうに、スマホ禁止は知能低すぎ。


 絵の下に歌載せとくか。


 わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて 誘う水あらば 否むとぞ思う


 「文屋康秀ふんやのやすひでにプロポーズされた返事の歌です。ストレートに訳すと、私には居場所がないので誘ってくれたらどこへでもついていきます、となる。てえてえか? プププ、さっき言ったよね? この時代はストレートな表現禁止て。実際ついて行った形跡ゼロだからお察しだし。イエス・ノーをはっきりしない日本語の特徴はこういう歴史を経て形成されてるんだよー」


 昔の和歌を直訳して分かった気になるのはぶぶ漬け食うかと聞かれて喜んでと応える間抜けだっつーの。


 「まずはザックリ歴史のハナシ。九世紀前半、惟喬これたか親王という次期天皇最有力候補がいた。でもなんやかんやで次の天皇は別の人に決まった。その後、惟喬親王は出家して都落ち、比叡山の近くに隠棲するもいつの間にか病死。まー明らかに刺客から逃げ続けてヤラれてるよねー南無。小野小町はこの惟喬親王の側近だったフシがある。比叡山の近くは小野一族の縄張りだったらしい」


 オドオドモジモジした青年、文屋康秀を描いて、と。


 「この青年も側近、これはほぼ確定。というのも派閥争いに敗れたとしか見えない形で左遷されたから。その時小野小町を誘ったわけ。一緒に行きませんか? と」


 じゃードロッドロな解説しようかー。女性リスナー喜びそう。


 「小野小町ってさ、ガチに人生オワタって落ち込んでた。もとより女性が活躍しやすい社会じゃないのになんらかの役目を持って次期天皇の側近までのし上がるほどの野心家だった。でも政治的敗者の女には左遷ポストすらない。一族を巻き込んで負けて、一族に見捨てられて帰る故郷すらない。そんな彼女から見て文屋康秀ってどう映る? 自分は一族を説き伏せて隠れ家を用意するほど最期まで尽くしたのにこの仕打ち。一方この男はロクに活躍しなかったのに負け犬とはいえ行く場所がある。惟喬親王は確実に即位できるはずだった。生後数カ月の赤ちゃんを推す連中に負けるなんて悪夢みたいな展開は味方がポンコツすぎたから。コイツらのせいで私はっ! かつては同僚として好意はあった気もするが今はない。なのにこの男はいまだに彼氏面して一緒に行きませんかときた」


 文屋康秀だって居場所のない彼女を心配して声をかけたのかもしれないけど、何やっても間の悪いタイプだったんだろーな。


 「自分だけが見るDMのプロポーズに対して、DMでプロポーズされたことも含めてSNSで返事を呟く時点で公開処刑だよねー。改めて歌をよーく見て」


 顔に謎と書いた絵を再び出した。


 わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて 誘う水あらば 否むとぞ思う


 「根は切るか断つものであって、絶えるだと根絶やし、一族37564ですわ。つまりこの歌の意味は死に水ともかけて、心中の誘いなら受けますわよ」


 リスナー男どもは鳥肌だろうねククク。


 「もちろんまだもう一捻り、文屋康秀がイエスと応えるはずはないって分かった上で挑発しているわけで、覚悟のない半端野郎が気安く話しかけてくるな、と伝えている」


 んじゃまとめ。


 「これが歌の意味。うっさい黙れ4ねっ、彼氏募集中、コイツ以外なら誰でもいーでーす。……、大昔の一般的には小野小町は『美人をはなにかけたイヤーな女』って評価になってる。当時の人々は歌をこう詠んでドン引きしてたからだねぇ。なんなら自分から炎上狙って一族を潰す気だったのかも。古語のハナシは終わりにケリないたずらに勉強楽しめスマホ片手に」


 

 

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