第14話
「うんにゃ。モータースポーツに興味はないけどタイヤ交換だけは別。あんなにハラハラするシーンは滅多にないね」
最近テレビ観てないからスポーツ全般も疎くなってきた。動画見てるとこれが問題だなぁ。
コメント欄は賛同なしか。まぁ分かるけども。
「レーサーはいいよ。失敗してもドンマイ次いこ次で乗り切れる。オーナーもいいよ。コイツ使えねハイクビーって処理できる問題だから。それに引き換えタイヤ交換する人にかかるプレッシャーたるや。大金積まれてもあの仕事はしたくないでござる」
自分の身に置き換えると絶対無理なことのひとつだね。
「俺だったら千回もやってりゃ一回くらいは手が滑ってタイヤころころ明後日の方向に転がって、はぁーん何でへぇぇぇ、て変な悲鳴上げる自信あるわ。千分の一秒を争う世界で絶望的なミスすぎて、レースだけに一周回ってチーム全員笑って許してくれそうだけど、俺の作業服だけ背中に大きく伝説の戦犯とか書かれるんだぜ」
こんな巨大なリスクを背負って縁の下の力持ちでいられるあの人たちこそ真のヒーロー。やっぱヒーローは素顔を隠してナンボだよねー。
[明るい被害妄想]
[目のつけどころがネガティブ]
[集団縄跳び思い出した]
「集団縄跳びっ。確かにタイヤ交換と通じるものがあるか? あんなん戦犯決まるまで帰れまテンだよオソロシヤ」
ラテン系配管工が乗るカートを操り誰も気にしないタイムアタックしながらダラダラお喋り。スゲー今なにも考えてねー。高速道路が事故りやすいようにレースゲームは催眠効果でもあるのかな。
[ウッ、トラウマが]
[運動音痴がいると全員気まずい]
[入るカウントズレるんだよな]
「人間って普通に生活するだけで高度な計算してんだよねー。ザックリ言い切ると、誰もがコンマ三秒先を予測しながら動いてる。パジャマを着る時も、歯磨きする時も。右手よ動け、と脳が命じて電気信号が走って右手が動き始めるまでにコンマ三秒かかる。このタイムラグをスポーツで応用するとフェイントと呼ばれる。おーっとワカバヤシ君一歩も動けないーってヤツ」
こういう身体の仕組みは広まるといーなー。
「運動音痴の人は自分で自分にフェイントかけてる状態なんだよ。しかも周りの人が善意で声をかける、『今』って縄跳びに入るタイミングはコンマ三秒遅いから逆効果、実は全員戦犯なのだ」
[あーマジか]
[ちょっとムズい]
「これは別に運動音痴だけではなく、緊張したり非日常を味わうと誰にでも起こる。入学式で右手と右足同時に出ちゃうとか、アスリートはスランプやイップスと呼ぶ。当たり前に処理してたコンマ三秒の辻褄合わせが分からなくなると身体に裏切られるのさー」
吸血鬼にはタイムラグ無い疑惑があって、怖い仮説を思いついてしまった。
[運動音痴って治せる?]
「病気でも障害でもなくただの特徴だから治す治さないのハナシじゃないし変える必要もないと思うけど、本人がコンプレックスを抱えてどうにかしたいって言うなら簡単なアドバイスを。一日五分、全身グニャグニャ動かすを最低三ヶ月続けるといい。続けるってハードル高いけどね」
必要な筋肉と神経さえ育てば大抵の人より運動能力上がるわ。
[こむら返りって治せる?]
「足ピーンと伸ばせピーンと。それ以外知らないよ」
[先生、バスケがしたいです]
「諦めろ、試合がない」
時々始まるこのノリ何だろ? 嫌いじゃないからいいけど。
レースゲームに合わせて伝説のバスケ漫画の名場面を語ったりパロ……、オマージュして配信終了。
さて、さっき思いついた仮説を検証してみるか。
リビング中央に佇み、深呼吸しながら静かに目を閉じる。大丈夫、封印されし自分の厨ニパゥワーを信じろ。そんなもん無いはずだけど第三の眼、開眼っ。
「はぁーん何でへぇぇぇ」
そりゃ変な独り言も出るわ。マジで隣りの寝室見えちゃったもうやだよファンタジー消えろぉぉぉ。
あぁぁ……、もうほぼ確信してるけどアレもできるんだろうなぁ。
見えるはずのない寝室を凝視しながら集中すること一分。
ハイ簡単にできましたテレポーテーション。
確定と言ってよさそうか。俺、あの謎空間にいた時に肉体無かったけど、どうやら今までもずーっと無ぇわ。
いわゆるユーレイとは違う。ユーレイの正体知らんが。この身体は鏡に映るし俺には見えてるし他人からも見えてるはず。少なくても他人と普通に会話できる。普通に買った服も着てるし。
そう、服だ。てっきり瞬間移動したら寝室に全裸で登場すると思ってた。社会的即死を防ぐために自宅内で検証しているわけだが、何故か服を着たまま移動できた。
いやいいよ。全裸じゃなくてありがたいけど納得いかない。
とりあえず暫定的に結論を出すと、多分俺は精神生命体だ。もう身も蓋もない言い方をすると、物理無視の全身ファンタジーだ。謎物体だから空間無視して移動できた。でも何故か物理の服まで瞬間移動に付き合った。ナニコレ?
自分の存在が
この世に解けない謎はないとか言えちゃう人種の前に出てみたい。物理世界は全ての謎が解けてカンストしたらもう何一つすることのない虚無って理解してるのかねオバカさん。
いかんヤサグレるな落ち着け深呼吸。呼吸といえば判断が遅いって天狗が主人公らしき漫画読んでないなぁ話題についていけるよう雑誌も久し振りに毎週読むようにするか。
よし落ち着いた。意味不明なエナジードレインしまくってるヤツが今さら謎能力のひとつやふたつ増えたからって何だよ大差ねぇわ。
ついでにもうひとつ確信したことが。エナジードレインによって俺、レベルアップしてるなぁ。転生したての頃はもちろんのこと、数日前ですら瞬間移動はできなかったと思う。なにかしらのチカラが増えていってる。
これは想定内。というかコレが目的で配信してるようなもんだし。流石にファンタジー能力が増えていくのは想定外だったけど。
そろそろ大丈夫かな? 極力思考しないようにしてたけど、軽くネタばらししとくか。
例の謎空間。誰でも死んだらアソコに行くのか? なわけ無ぇよな。あんな安っすい御都合主義を鵜呑みにしてたまるか。
転生して身の振り方が落ち着いたらソッコー調べたけど、やっぱりホビットは個人の創作物なんだよ。付け加えるとクトゥルフだって創作だけど俺は詳しくないから名称のすり合わせはできない。
俺はいつだって最悪を想定する。あの空間で真っ先に想定したことは、無人感演出しといてどーせ誰か見てるんだろ? ってね。そんでお約束は思考が筒抜け、反吐が出る。
そんな言葉にならない言葉、嫌な予感が走り、咄嗟に脳みそフル回転で対策をとった。
結果、深層は無理でもせめて表層意識は読まれても問題ないよう、わざと情緒をブッ壊してヒャッハー思考でタップしていった。
成仏拒否られた時点で作為を確信してキレそうになった。
吸血鬼を
日頃スマホをいじっていれば普通の感覚だけど、俺さ、目を閉じて雑に上下にスワイプと言いつつ、最後のスワイプは強めに下にしたんだよね。つまり本来選択画面は最上部、なんなら俺は2.エルフをタップしたつもりだった。異世界ファンタジーなら無難かつ勝ち組の可能性高そうなエルフ。はい一ミリも冒険したくない凡人はこの俺です。
ところが目を開けると三十何番吸血鬼。衝撃強くて何番か忘れたわ。
目を開けたまま人族やエルフをタップしてたら拒否ブザーだったのかは分からない。吸血鬼以外に選択可能な候補がいくつあったのかも分からない。でも……。
本能が警鐘をガンガン鳴らす。すわ、日本丸ごと焦土と化す大空襲かってレベル。
コイツは俺を吸血鬼に変えて何がしたい? どう考えてもロクでもない方向しか想定できない。
心の奥底で震えながら最悪の未来を回避できそうな選択肢をタップしていった。三択に見せて二つ拒否られる一択だったらもうその場で朽ちるまでふて寝する気で。
力も魔法もいらない。いや欲しいけどイキらせようとする罠に決まってる。隠れ潜む在り方がベスト。
仲間はいらない、というかまともな仲間ができるとは思えない。吸血鬼の美少女や師匠キャラに絡まれて人類と戦えって? 断じて拒否する。
それに長所がひとつは詰みやすそう。心穏やかに暮らせそうな選択肢は器用貧乏だな。
大器晩成? 晩成するまでに身バレからの迫害とか人体実験とか散々不幸を味わって闇堕ちさせる気マンマンじゃねーか一番ヤベー地雷だわ。
そして現在。何者かの思惑に乗らないよう、ベタな吸血鬼らしいことは全部拒否して生きてきたわけだが、意図しない角度から正解したかも。
ま、分析はこんなもんでいいか。
俺に強い感情を向けるリスナーの所在地はなんとなく分かる。多分四国とか沖縄とか地球の裏側アメリカ大陸? とかメッチャ大雑把だけど。
そのうちもっと正確に分かっていくと思う。少しずつ精度が上がってるから。
モニター越しに今なにを思っているかもなんとなく分かるし、これも精度が上がってきている。
でも、俺を吸血鬼にした何者かの居場所は分からない。感情も感じない。俺に無関心だから? 成仏もエルフも拒否っといてそれはなくない?
きっと、まだ俺のレベルが低いから分からない。
これが配信を始めた理由。吸血なんて人様に迷惑をかける外道な真似はせず、陰気臭いエネルギーを求めるでもなく、良質な養分を適切に取り込みながらレベルアップしていって、俺に理不尽を強要したヤツを見つけてやる。
穏やかな暮らしのためにも不安要素の元凶は排除しとかないとね。
存在を感じたら全力エナジードレインで片付けるつもりだったけど、テレポーテーションもゲットしたことだし、お礼参りを待ってろ。
味方なんてリスナーだけでいい。
ふう、落ち着いたら小腹が空いた。ご飯は腹の足しにならないけど気持ちは満たされるからメシヌキはヤダ。
「もう、これで終わってもいい……」
と言える安物のワイシャツを着て近所のお店へ。
食券買ったらあとは分かるな?
気配を消してなお、「勇者やっ、勇者がおるっ」と羨望の眼差しを受けながら豪快に啜るカレーうどんの美味さときたら。
タイミングによっては店主自らヒョイと覗きにきて、「フっ、やるじゃねーか若いの」と目で語られる日も。
一回試してみ? 大抵のことは吹き飛ぶぜぇ。
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