雑談吸血鬼
丘上
第1話
気がつくと不思議な場所に立っていた。
見渡す限り何もなく、足元は靄がかかり、見上げると満天の星空が妙に近い。
雲海? わお、メルヘン。
寝起きの頭が起動するまでボンヤリしてるといつの間にか対面に画面? ATM? 知らない内に? 振り込め詐欺! とかとりとめのない連想に引っ張られながら少し屈んで画面に浮かぶ文字を読んで納得した。
1,成仏 2,転生
はいはいテンプレテンプレ。てことはアレか、俺、何か死んじゃいました?
思い返そうと記憶に意識を向けると急速に掻き消えて変な声が出━━、そうで出なかった。うわぁ、肉体もねぇわ。ま、いっか。さっさと受け入れて肉体があるつもりで1をタップ。
転生? ハハハ、大抵の人は現実はクソゲーって身をもって知ってるのに二周目を望むほうがどうかしている。人生なんて一回でお腹いっぱいですてタップするたびに鳴るブザーなぁに? 満席? 半年先まで予約が埋まってるとか? 誰が予約するんだよ。つまり……、試されてるのは連射力か。
想像しろ。今俺は……、成仏の一枠を賭けて世界中の死人と早押し対決している……、はず。燃えるじゃねぇか。やってやんよ。うなれ伝説の十六連射ぁぁぁ。それ誰だっけ? 喉まで出てるのにあぁ気になるぅ。
はい秒で疲れて止めました。状況狂ってるからコッチの情緒もおかしいけど成仏したくて全力は違うでしょ。シャワー浴びたいから筋トレして汗かこっと、とか言う人いたらヒくわ。普通に成仏させろよなんだよコレもういいよ。
力一杯ウゲェて顔をしかめながら2をタップ。ホントは少しワクワクしてるのは内緒だぞ。
1,人族 2,エルフ 3,ドワーフ 4,ホビット 5,……
ファンタジーかぁ。ホビットは登録商標だったような、とか雑念に囚われながら先を見ていく。228番まで……、多っ。後半クトゥルーぽい覚えさせる気のない名前だらけだし有名コーヒーチェーン店のメニューか。
RPGのキャラクリとか好きだけど悩まないタイプ。ゲームと違って二度目の人生賭かってるから真剣に、て考えるのも分かるけどぶっちゃけ気分は一周目のロスタイム、あ、今はアディショナルタイムだっけ。どっちでもいいわカタカナ英語量産する連中誰か黙らせてもろて。
とりあえず人族はナシ。ファンタジーなのに人て。ファッションは黒で固めるだけですかツマンネ、最初の重要な選択も冒険できないくせに冒険者志望ですかウケるぅ、とかファンタジーさんに煽られるぞ。
というわけで目を閉じて雑に上下にスワイプしてからターッッップぅ!
38,吸血鬼
はぁーベッタベタ、ハズレだねぇ。まぁいいや、次いこ次。
1,力こそパワー 2,魔法オタク 3,潜入ミッション
オーヴァー。念じながら3をタップ。大丈夫、ネタではなく多分索敵や隠密に優れた斥候タイプってことでしょ。
1,一点特化 2,大器晩成 3,器用貧乏
1は足りないモノを補う仲間必須。2はいずれざまぁルート。どちらもいらないから3をタップ。
サウナと水風呂繰り返して整う時のような感覚と共に意識が薄れていく。アレってなんだろね、とかこういう時でもどうでもいいことしか思い浮かばなくて草。
目が覚めて一瞬で全部理解して脱力しそうになるも踏ん張って耐える。認識間違ってる可能性もあるからゆっくり確認しよう。
「ステータスオープン」
……、よし、何もないことを確認。お約束の様式美だから試しただけであってスベってねーし。小声でよかった。
まず自分。中肉中背、肌艶、体調、わかる範囲から察して二十歳くらい。つまり両親から生まれた赤子ではなく何の繋がりも持たない青年が世界にポンと投げ込まれた、と。怪奇現象やないかい整合性をつける努力くらいは見せろコレを仕組んだ誰かよぉ。
ちゃんとって言いたくないけどちゃんと吸血鬼か? 正しい吸血鬼の生態なんて知らないから自信はないけど吸血鬼かも。人間とは五感が違う気がする。まぁこの点はいいよ自分で選んだんだし文句はないさ。ただ、ここまでを踏まえて大問題ががが。
周りは手入れされた木々に囲まれ、夜の帳が下りて人間だったら視界を塞がれている。でも優れた五感、今は聴覚を中心に広範囲の空間を認識しているし夜目も利いてる。その耳が次から次へと拾うざわめきを組み合わせると、ココは……、
現代の東京なんて信じたくないヤバい泣きそう詰んだハイおつかれー。
憶えてないけど東京在住ではなかったから土地鑑ねーよイヤ問題ソコじゃねぇ。
ファンタジー詐欺に遭ってもうた。人族以外全部地雷てイかれてる。自分は天国にいける善人とは思ってなかったけどコレが地獄ですってハナシ? なんてエグいブラックジョーク。
財産ナシ。身分証ナシ。誰にも話せないから経歴不明。住所不定無職の吸血鬼さん(推定二十歳)。この状況を打破するには本能的に使える気がする吸血鬼の能力にワンチャン賭けるしかないか。
現代社会で暴力に頼ったらバッドエンドだから知恵を振り絞れ俺ェ。
「……、でね、久し振りにパラパラチャーハンに挑戦してみた。余裕で失敗したけど。今日こそイケそうって毎回変に自信が湧くんだよなぁ」
巷で人気のゲーム、FPSを遊びながら喋ると二人がコメントを返してくれた。同接三十一人だから反応してくれるだけでありがてぇ。
[あるある]
[ヘッショきめながら草]
ぶっちゃけこのゲーム、ボッチで遊んで何が面白いのか分からない。動体視力、反射神経、思考速度といった内面もハイスペックだから手抜きに気をつかってる。吸血鬼というか人外バレ、ダメ、絶対。じゃあ何でゲームしてるのか? 雑談だけでは味気ないから賑やかしだよ。
「ネット小説によくあるステータスを見ることができたら中華料理人は特殊スキル持ってるよね? 鍋フリLV8とか油コーティングLV3とか称号お玉使いとか。逆に俺はパラパラチャーハンに嫌われし者って称号でも持ってるんだろうさ説」
グレネードをテキトーに遠くの物陰に放り投げて爆発音と共に反対方向に走り出す。引っかかったら儲けものの陽動やね。視聴者に向けて一応頭使ってますよアピール。
「ご飯に卵を入れてかき混ぜてから焼くと成功するって聞いて試したことがあるけど騙された。水気の飛んだTKGであってパラパラチャーハンではない。なんならパラパラでもなくボソボソだったしまさかこの失敗すら俺の腕が悪いからだろうか」
反応はないけど気にしない。ROMとか言うんだっけ。全然知らなくて意味を調べたことがあるけどこのテの言葉ってどこから広まるのやら。インフルエンサー? 配信しているくせにSNSはガン無視して改める気もない。
「ネット小説のステータスと言えばスキルカンストの設定ヒドくね? どの分野だろうと現実にカンストあったら相当シュールなのに誰も突っ込まないのかな。まぁフィクションにケチをつけるのは野暮か」
出っ張りや窪みを足がかりに切り立った崖を登って頂上を目指す間、少し無言になってたら耐えられなかったのか質問がきた。フィーッシュ。
[シュールて何が?]
「うーん何でもいいけど例えば陸上競技。もう百メートル走の新記録は出ない、カンスト認定されたとしよう。すると大会から百メートル走の種目は消える。お前がどれほど頑張っても天井だから無駄だよ、て言われるに等しいから選手がいなくなる、でしょ?」
頂上から狙撃銃のスコープを覗く。爆発音が気になって近付く者、そんな人に先に気付いて待ち伏せする者、少し距離を置いて漁夫の利を狙う者、より多く倒して最後まで生き残って一位を目指すプレイヤーが集まってきたきた。
「そしたら大会を盛り上げるために新種目を作る。でも百メートル走が終わるくらいだから他の種目も終わってる。つまり、その時代の陸上競技は百メートル匍匐前進とか後ろ向き千五百メートル走とか三輪車トライアスロンとか色物と化している。陸上だけに迷走、つって。シュールじゃね?」
[www]
[三輪車は見てみたいかも]
[そんなの集めた十種とかあったらヤバい]
[草]
[バラエティー番組やん]
ここが決戦と判断して遅れながら突撃して来る者も加わって混戦というかグダグダバトルロイヤルが始まってすぐに勝負がついた。西部劇のガンマンと同じ、ノーガードで撃ち合えば一瞬だね。で、最後まで立ってたプレイヤーをスコープで覗きながらヘッドショット。
チャンピオンの演出とファンファーレをスルーして喋り続ける。
「確か葛飾北斎だったかなぁ。大往生した際の最期のセリフ。あと五年生きられたら良い絵が描けそうだったのに……、だとさ。歴史に名を刻む神絵師ですら頂点ではなく一生挑戦者。カンストもチャンピオン気取りもゲームだけで十分、というわけで今日はここまで。オツカレー」
配信を終えて切り忘れなどのミスがないか確認して一息ついた。
……、突然東京に放り出されたあの日から約三年。清掃会社に就職して専ら深夜帯にビルのお掃除しながら食いつなぎ、最近始めた配信も少し慣れてきた。
ベッドに寝転んで過去を振り返っていると身体がじんわり整う感覚。転生ではない。転生はもうイヤ勘弁しろください。
これが配信を始めた理由。本能で感じている話だから言語化は難しいし勘違いもあるだろうけど、吸血鬼の生態、ゲーム風に言うとエナジードレインってやつだと思う。
喉に牙を刺して生き血を啜るって伝説は古き良き時代のパイセンの作法だろうね。まず俺の八重歯は一般サイズだし、血を飲みたいとか微塵も思わない。血が欲しい、処女ならなお良しとかただのメンヘラコーンじゃねーか。
肉体の維持のために欲しいのは物理的な血ではなく精神的な感情や生気の類だね。ここ大事。物理ではないから空間の隔たりは無関係。
俺は配信して視聴者を楽しませる。楽しんだ視聴者は俺に感情を向ける。オレ、ソノエネルギー、クウ、って流れだと思う。多分陽の気と陰の気ってさらに別れて絡み合ってそうだけどそこまでは知らん。
時計を見ると午後一時前。多くの人は仕事や学校だから視聴率は低いけどライバルもいないから底辺配信者にとっては狙い目の時間帯だったりする。お昼休憩の人もターゲットにしてるしウシシ。
じゃ、昼夜逆転の感覚では深夜一時だし歯ぁ磨いて寝るかオヤスミー。
雑談吸血鬼 丘上 @okaue2850
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。雑談吸血鬼の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます