第8話 舌鼓を打つ彼女
「「お疲れ様です」」
俺はビールを、
互いのグラスをカツンと合わせ、くっと一口目を
そっとグラスを口につけながらカウンター席、左隣に座る彼女に目を向けてみる。
どうやら無理をして酒に付き合ってくれたわけでもなさそうか。
ちなみにここは千葉にほど近い都内某所の焼き鳥屋。
モクモクと煙立つ厨房には威勢の良い店主さんが。多くの客で賑わうほどよく狭い店内で
「ん~、美味しいっ」
頬を緩めながら舌鼓を打つ彼女の幸せそうな表情たるや、こちらの頬まで緩んでしまうほどだ。
そんななか、何を思ったのか
「すみません、私なんかが代役で」
「いえ、そんな。逆に付き合ってもらっちゃって。……こちらこそすみません」
頭を下げる彼女に向け、同じく以上に頭を下げ返す。
それにしても……、ここのどこが三ツ星レストランなんだか。
そもそもレストランでもなんでもない。
残念ながら予約してくれた当の本人は不在。多分驚かせようと思ってのことだろうけど、すんなりと手の内を
「でも、ほんとに秘書って大変ですよね」
しみじみと零した
カフェに突然彼女が現れた時は正直驚いたものだが、逆に作業に集中し過ぎて
ちなみに
というのも常務が急遽外出することとなり、秘書課員である彼女も同行する事になってしまったからだ。
まあ事前にそういったことがままあるという話は聞いていたから理解はできるものの。だからと言って
とはいえ律儀な
ふと今朝彼女のストッキングを破っていたことを思い出した俺はなんとも言えない気持ちになりつつ、同時に耳まで真っ赤にしていた
そんな彼女といまこうやってふたりで飲んでいるなんて。その非現実感ぶりに笑いさえ込み上げてくる。
それにしても。職場では余計な感情は押し殺すよう気を張っているせいかあまり気にしたことは無かったが、いざこういったプライベートな空間で対峙してみるとその透き通るような白い肌のきめ細かさたるや、息を呑むほどだ。
加えて長い睫毛やその奥にある二重の奥ゆかしい眼差しもそうだし、綺麗に通った鼻筋に
極めつけ、今の
眺めているだけで幸せだと感じる感覚はある種自分が最高だと思えるデザインを書けた時の
本当、今後彼女と一緒にいられる男はさぞ幸せなんだろうな。
俺がもう少し若ければどうだったろう。
そんなある種感傷に
話題の中心は今日まで数ヶ月に渡り共に進めてきた
そんな中、なにより楽しそうに話してくれる
こんな時間も悪くないな、などと思いながら。
三杯目を飲み干そうという俺に比べ、現在彼女は二杯目の半分といったところ。
酔ってはなさそうに見えるが元々肌が白いためかほんのりと頬を蒸気させると、
「余計な詮索というのはよく分かっているんですけど……」
そんな前置きを挟むと言い淀み、少しだけ視線を彷徨わせる
俺は無言のまま、彼女に視線を置くことで続きを促した。
「……その、
言葉尻、ちらっと窺うような目を向けられ。
想定外の質問を受けた俺は一瞬目を
「まさか。そもそも付き合っているなら彼女も代役を頼んだりはしないでしょう?」
「そ、そうですよねっ。分かってました。分かってはいたんです、けど……、ただ、なんというか少し気になってしまって」
気遣いに
まあ、どうして今になって? という点はさておき。成田さんと飲みに行くことになった経緯を話さないことには場は収まらないか。
一拍置き
「実は二カ月ほど前、付き合ってた彼女と別れたんです——」
そう切り出すと俺は努めて明るく話し始める。
付き合ってた
当時から彼女とは付き合ったり別れたりを繰り返していたこと。
そして別れた後すぐ、偶然街で他の男と仲良さげに手をつないでる
つまりそれが——俺と付き合ってた時から少なからずその男と交際関係があったという事実を示唆すること。
「
元はと言えば、
「……そう、だったんですか」
聞き終えた
どうしたって明るくなるような話でもない。
半分申し訳ない気持ちでそろそろ場も温まってきたからと話した自分に後悔の念を抱きつつ、俺は切り替えようと
「と言っても、今はもうすっかり吹っ切れてますから。それより飲みましょう」
そう言って仕切り直しとばかり乾杯を促すと、「は、はいっ」と慌てて
その時、誤って彼女の腕がグラスの側面に触れてしまう。
目の前でカタコトとふらつくグラス。
俺は咄嗟に手を伸ばし
遅れて伸びてきた彼女の両手が俺の手に重なっていた。
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