ウラガワハッピーエンド!

KN

第一話 遅刻 1

「足りなかったね。これで終わりだ」


「何を……言ってやがる」


 立ち上がるために手を着き力を入れるが、空回ったようにガクンとよろめいて倒れてしまう。それでも彼は眼前の少年を見据え、動きを止めない。


「君たちに僕が求めていたモノはなかったみたいだ」


 目の前の少年の顔に浮かぶのは、もらった時には飛び上がるほど喜んだプレゼントが、いざリボンを解いてみると今にも壊れてしまいそうなものだったような、そんな落胆。

 そして、そのガラクタが辿る道は――。


「悪くはなかったよ」


 少年は目を伏せて彼を見ようともせずに言葉を紡ぐ。

 彼は痛みに震える身体を叱咤し、壁を支えにし立ち上がる。亀よりも遥かに時間がかかった一歩。


「今から……そのバッドエンドを裏返してやる……! それで――」


 身体をいくら打ちのめされながらも欠けたところが見つからない意志を持ってその道を彼は行く。


「ハッピーエンドだ……!」





 耳障りな機械音が聞こえ、少年がふかふかというわけでもなく、かと言ってごつごつしているわけでもない平凡なベッドから身を起こす。寝ぼけ眼をこすりながらカーテンを開く。明るい日差しが少年の意識を完全に目覚めさせる。洗面所に向かい歯を磨き、顔を洗う。まだ、蛇口をひねって出る水は冷たく冬の名残を感じさせた。


 テレビを付け、朝の情報番組を見る。まだ肌寒い日が続き桜の開花予想日が遅くなるといったことを彼はぼうっと聞いた。

 すると空腹が顔を覗かせたため、朝食を取ろうと彼は冷蔵庫を開けた。しかし、あったのは流れ来る微かな冷気だけ。そこで、彼は昨日買い物に行こうとして面倒さが勝ったことを思い出した。

 近所のスーパーの定休日を頭の中で思い描く。彼は一人暮らしをしている身であるため、当然コンビニで買うよりも安いスーパーでなるべく食材を買っておきたい考えているのだ。


 多くの漫画と少しの本が並べられている本棚の側面に針で止められているカレンダーを見た。そこには、新しい年度が始まったことを示すものである今日の日にちがあった。

 そこで、何か書き込みがあることに気づいた。何を書いたか疑問に思い、文字を見てみる。そこにはハッキリと入学式と書いてあった。


 入学式といえば普通もう少し後にやるものだろう、と思っていたが入学先である学校の学園長が早い内に入学式を済ましてしまった方が楽だかなんだと言って、毎年他の学校より少し早めに入学式を行うことを彼は思い出した。傍迷惑な話であった。


 式は九時からの開始である。彼の家から学校まで走っておよそ十分。今からなら間に合うか、と思い壁にかけてある時計を見ると、針は八時五十分あたりを指していた。


「遅刻じゃねえか!」

 

  叫んだ後、改めて遅刻してしまった場合を考える。入学式から遅刻して悪目立ちしてしまったら、教師に目をつけられ、周りの同級生たちからも柄の悪い不良的な存在だと認識されてしまう。それでは、学校生活の第一歩目から躓くどころか、顔から地面に突っ込むようなものである。

 急いで制服に着替え、外に出る。忘れ物がないか確認もせずに、彼は自身の持ち得る全速力で学校への道を駆け出した。





 タイミング悪く赤く灯る信号や道路工事の看板に行手を阻まれながらも何とか彼は星見学園と書かれたプレートがある塀に囲まれた建物の門の近くまで辿り着いた。

 息を整えながら鞄の中にしまってあったスマホを取り出す。そして、九時を過ぎてしまっているのを確認した彼は慌てて門の付近を見た。

 そこにいたのは他の生徒ではなくスーツがはち切れてしまいそうなほど窮屈そうに着用している男。

 この星見学園の教師であることは明白であった。

 さらに、その男の先から式が行われている音が微かに聞こえた。


 彼は思案する。どうすれば見つからずに入学式に忍び込むことができるのか。

 そこで、入学が決まった後に届いたパンフレットの中にあった地図の存在を思い出した。それを鞄から取り出して広げてみる。

 紙面にはこの学園はかなり裕福な学校であるのか、有名な遊園地が丸ごといくつも入る敷地面積やえらく気合いの入った充実した施設について書かれていた。加えて、出入り口についても記載があった。先程見た大きな門の他にもう一つ反対側に門があるらしい。


 彼は教師に見られないようにこそこそと反対側へと移動した。

 そして、彼は塀から顔を覗かせて門の前を見た。そこには、生徒はおろか教師も立っておらず誰もいなかった。

 そのことを確認した彼は安心してその門から入ろうと踏み出した時、背後から彼の肩へと手が伸びて軽く叩いた。

 彼が慌てて振り向き距離を取るとそこには彼と同じ制服を着た少年がいた。


「そっちはやめておいた方がいいぞ。どうやら見張りの教師がいない代わりに簡単に入れないようになっていやがる。門が開かないように鍵もかかっていた」


 先に試みたのか自身の持っているものよりも詳しい情報を話す少年に彼は、自身の同類であると確信する。ならばと彼は語る。


「なるほどお前もこの学園生活の一歩目の危機を乗り越えようとしているんだな。それなら、手を組もうぜ。上手く教師の目を欺いて、入学式に忍び込み、最高の一歩を踏み出そうぜ!」


 そう言って彼は目の前の少年へと手を伸ばす。すると、少年も同様に手を伸ばして彼の手を掴んだ。

 そして、不敵に笑った。


「その話乗った。俺の名前は長井掬央ながいきくおだ。それで、お前の名前は?」


 少年、掬央が彼に問いかける。そして、彼も名乗り忘れていたと自身の名前を言った。


「俺の名前は浦原表裏うらはらひょうりだ」


 そして、表裏は続けて言う。


「それでどうする? こっちの門は開いていないし、向こうでは教師が見張っている。それに、塀も登れなくはないが、そんなことをしたら目立っちまう。どこから入るんだ?」


 表裏がどうしようかと問いを掬央に投げかけると、掬央は不敵に笑い胸を張って語った。

 

「もう少し考えてみろ。俺たち人類にはまだあるだろう。不自然アンナチュラルって力が!」


 目の前の少年が何を言いたいのか表裏にはぼんやりと理解できた。能力を使用して切り抜けようと言っているのだと。

 そして、頭の中で能力について改めて整理する。

 能力、それは普通の人間では起こすことができない事象を起こすことができる力。その歴史はまだ浅く、いつから生まれたものであるのか、どのようなものがあるのかも完全には把握されていないものである。それは全ての人が使えるというわけではないが、ここ最近のあらゆる分野において役に立てられている。

 その自然には起こり得ない、世界に違和感をもたらす能力を人々は不自然アンナチュラルと呼んでいる。

 星見学園はそんな不自然アンナチュラルを持つ者達が、社会に役立つことができるようにと様々なことを学ぶ教育機関の一つである。

 確かに、そのように不自然アンナチュラルを上手く使えば可能性があるかもしれない、と表裏は納得する。

 そうであるなら、お互いのできることを確認しようと表裏は自身の不自然アンナチュラルについて語るために一枚のコインを取り出した。


「まず、俺は触れたものを反転、裏返すことができる。例外もあるが、基本的には硬いものを柔らかくしたりするなどモノの性質を反転したりすることができる。お前は何ができるんだ?」


 そう言いながら表裏は、手のひらに乗せたコインをグニグニと揉みながら紙でも扱うかのように形を変えた。


 表裏が自身の不自然アンナチュラルの説明を終え、掬央に問う。

 すると、彼は制服のポケットに手を突っ込み何かを探す。そして、勢いよく取り出し、表裏の方へ手を突き出した。


「俺の不自然アンナチュラルはこれだ!」


 それは光を反射する金属製の細長く、先は丸みを帯びた食事に使う――。


「スプーン?」


「ああ、俺はこのスプーンを使う。ほら、あるだろ、匙を投げるって言葉が。俺は文字通りこのスプーンを投げると……」


 そう言って掬央が手に持ったスプーンを軽く放り投げる。すると、地面に落ちたはずのスプーンが消えた。


「俺に向かって手を伸ばしみてくれ」


 掬央に言われた通りに手を伸ばしてみると、スプーンが落ちたあたりから先へと手を伸ばすことができなかった。


「このように、匙を投げることによって、色々なことを諦めさせる。つまり、できなくさせる。一回使うだけでスプーンが消えてしまうからスプーンの確保が大変だがな」


 不思議な感覚であった。他のところは何ともないのに、スプーンが投げられたあたりにだけ見えない壁があるように感じられた。

 お互いの能力の確認を終えた後二人はバレないように確実に入ることができる方法を話し合った。


「結局どこから入るんだ? 出入り口が一つしかないからといっても見張りの教師がいるだろ。不自然アンナチュラルを使うにしてもバレないようにってなると難しいぞ。それに相手だってあのガタイだ。正面突破は厳しいかもしれない」


「やっぱり門からは難しいな。塀を登って入るしかないか。少し高いけど、二人でならなんとか入れるだろう。それならば、足場とか登りやすそうな場所をか探すべきだな」


「ほとんど作戦なしだけど、まあ仕方ねえか」


  掬央の出した案に表裏は悪態をつきながらも賛同する。

 そして、足場になりそうな場所を見つけ、二人で協力しながら学園の敷地内に入ることを成功した。

 目立たないように隅の方へと寄ってしゃがみこんで周囲の様子を伺う。人の気配がないことを確認した表裏が鞄から校内の地図を取り出す。


「それで、入学式はどこでやっているんだ?」


 校内の地図を広げた表裏に掬央が問いかける。それに答え、さらに表裏は地図を指差す。


「ほら。これが現在地で入学式はここ、第一体育館だ」


 掬央が表裏の話を聞いていると、表裏が「げっ」と声を出した。


「どうした?」


「その入学式が行われている第一体育館に行くには、さっきの教師が立っていた門の近くを通らないといけないみたいだ」


 表裏がうんざりした様子で地図を掬央に見せつける。目の前で広げられた地図を見て掬央は苦い顔をするがじっとしていも仕方がないとばかりに提案する。


「とりあえず慎重に門の近くまで目指すか」


 建物の影や茂みに隠れながら、二人は少しずつ歩みを進めていく。

 駐輪場の近くには監視カメラがあり、それを避けるために屋根に登り、生徒会と腕章を付けた見回りをしているであろう生徒が目に入ったときには木に登ってやり過ごした。

 そして、教師が立っていた門の前にたどり着いた。

 二人は門がよく見える場所から状況を確認する。二人とも門に最も近い茂みの中から顔だけを出して覗いている。

 門の前には先程の教師が立っている。さらに、門の周囲は見渡しがよく、隠れられる場所がないため、その前を通ろうとしたらあっという間に見つかってしまう。

 二人は出した顔を引っ込め、声を潜めて相談する。


「どうする? あの教師をどうにかしないと絶対に見つかってしまうぞ」


「人にバレずに近くを通る方法か……。そんなシチュエーション最近どこかで聞いたような……」


 何かを思い出そうとしていた表裏がハッとすると自信満々に言った。


「俺に任せろ! いいアイデアがある」


「どうするんだ?」


「まあ、見てろって」


 そう言うと表裏は鞄の中からさっき自身の不自然アンナチュラルの説明をする時に用いたコインを取り出した。


「良いか? スニーキングミッションは陽動が大切だ。このコインを投げてあの教師をおびき寄せ、気を取られているその間に素早く通る。完璧だ」


「どこで得た知識だ?」


「ゲーム。いくぞ、せーの!」


「おいバカ、やめろ!」


 掬央が表裏から情報の出どころを聞き、止めようとしたが、一足遅かった。

 コインは表裏の手を離れ、弧を描く。そして、二人より少し離れた場所に落ちた。

 コインが落ちた音に気づいた教師が何が落ちたのかを確認しに向かう。門の周囲が見渡せる場所から、二人が横切ろうとしても死角になるように背を向けている。


「マジか、本当に上手くいった。今のうちに行くか?」


「まだだ。コインの場所まで辿り着いて拾おうとした瞬間だ。合図をするからついてこい。まだ、まだ……」


 教師がコインに近づくのを二人で凝視する。そして、教師が足を止めてコインを拾おうと地面に手を伸ばした瞬間、表裏は「今!」と小さな声で合図を出して駆け出した。

 しかし、掬央はゲームを元にした作戦に半信半疑であったのか出遅れてしまった。

 表裏もそのことに気づいたが、このチャンスを逃したら手段はないと思い、一瞬迷い、早く駆け抜けようと前を向いた。


 ――そこには、腕を組み額に青筋を立てている男がいた。


 表裏の視界に掬央きくおが静かに茂みに身を隠すのが映った。

 冷や汗を流しながらも動かずにいる表裏に教師は一歩、また一歩と近づいていく。


「見たところ新入生のようだが何をしている? 入学式はとっくに始まっているぞ。初日から遅刻とはいい度胸だな。挙げ句の果てには遅刻を隠すために忍びこもうとする始末だ。生徒指導の名においてその性根叩き直してやる!」

 

  教師に気圧され、後退りながらも表裏は何か言い訳をしようとする。

 その直前、茂みの中の掬央と目が合った気がした。

 遅刻したもの同士、短い間だったが表裏はどこかシンパシーを感じていた。

 ここで自身が捕まっても避けるべき最悪、二人ともたどり着けないことにならないように、自身が囮になるべきなのではないのかとも考えた。

 そして、小さいながらも力強く頷き、その目に強い意志を宿し教師の方を見た。

 そんな表裏の様子を目にした掬央にもその思いが伝わったのか目を見開いた後小さく頷き、表裏の勇姿を見届けるかのように、感謝の念を示すかのように手を合わせて静かに動きを止めた。

 掬央きくおの様子を見た表裏は一度深く息を吐き、心を決める。そして、心の中で小さく呟く。


(安心しろ、掬央きくお。俺はお前を一人にはしない!)


 それは、美しい友情が築かれたであろう瞬間であった。

 逃げも隠れもしないと友の思いを背負い、堂々と胸を張った表裏が口を開いた。


 ――あそこに隠れてるやつがいます!


 友情が崩れた瞬間であった。

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