バッドエンド不可避なキャラを創ったことで転生したときに後悔した件。
透乃 ずい
第1話 プロローグ
最悪な展開だ。何がどうなってこうなったんだ。
街中でマッチを売っていた少女とぶつかり数分。見たことがない記憶が流れ込んできた。
オフィスで仕事をする自分たちのいつかの記憶を思い出した。
「せ、先生…。これはまさか」
「あぁ、そのまさかだな」
目の前に広がるのは現実離れした景色。色とりどりの花が咲き、綺麗な青空には虹がかかる。獣耳をはやした人、獣に乗って移動する人、魔法で空を飛ぶ人。
これは間違いなく異世界。
俺たちが暮らしていた場所とは全く違う雰囲気。だけど俺らがよく知る世界でもあった。
「ルークどうしたの? あ、もう…。スラムの女にまで優しくする必要はないんだぞ」
「ちょっとアリア! なにぶつかってんのよ。さっさと来なさい」
ルークと呼ばれた俺と、アリアと呼ばれた彼女。
俺たちの顔は一気に青ざめた。
「あ、アリアってあのアリアか!?」
「ルークって、あのルーク!?」
二人で橋の上から川をのぞき込む。自分の姿は間違いなく、『あの』ルーク。そして彼女の姿もまた間違いなく、『あの』アリア。
理解した瞬間、意識が遠のいた。俺と彼女の意識は同時に闇へと沈みこんだ。
……☆☆☆……
オフィスに響く称賛の声。
「マジやばいんだけど!」
「先生方の作った作品ぱないっすね」
ここは大手ゲーム制作会社の会議室。
先日発売された新作の恋愛ゲームを専属プレイヤーがプレイし、それを眺めるという社内イベントだ。
それを遠くから並んで眺めるのはシナリオライターの俺、南雲(ペンネーム)とイラストレーターの彼女、レオ(ペンネーム)。
俺はマンガの原作を手掛けたりしているが、ゲームのシナリオを手掛けたのは初めてのことだった。
「さすが南雲先生ですね。キャラがとても引き立ってるじゃないですか」
「君のイラストのおかげだよ」
「褒めてもなにもでませんよ。先生の初めてのゲーム制作に携われて幸栄でした」
「こちらこそ、大人気のレオ先生にイラストを手掛けてもらえて嬉しいよ」
隣の彼女は性別不詳、年齢不詳で売っているフリーのイラストレーター。アニメの原画や原作を手掛けることも多く、彼女のデビューからもう二十年だ。実際の年齢は『うん』。
姉の友人で、実年齢を知ってる俺としては才能にひれ伏したくもなる。なにせデビューが十七歳って驚異的だろう。この時点で年齢はバレるか…。
彼女の描くのは主に萌え絵と呼ばれる可愛い女の子ばかり。百合の同人誌を発売すれば即売り切れ。多くのギャルゲーも担当し、二十歳を過ぎてからは赤丸作品すら手がける。
女性を描くことで人気の彼女だが、実は男性キャラを描いても一流で乙女ゲームのイラストを担当した際には仕事の依頼が殺到したらしい。
そんな彼女と俺は何回か共同で作品を作っている。俺の書いた小説を彼女がマンガにして、彼女のマンガを俺が小説をつくる。
プライベートでの付き合いはないが、趣味嗜好や性癖が似ていて付き合いやすい。
「南雲先生って性格悪いですよねー」
「君には言われたくないよ」
「スラムの孤児から王女にまで上り詰めたヒロインのライバルの…あぁ、アリアちゃん。あの子、どのルート行っても死にますよねー。ゆるふわカールの女の子に恨みでもあるんですか?」
「そんなことないよ。初恋のふられた女の子に似ているからって、ゲームで恨みを晴らすなんてしないよ」
「性格悪ぅい。あ、今やってるじゃん。ははっ! ありもしない罪でギロチンにかけられ、王子と逃避行するも崖から落ちて死ぬ。うわっ、最悪じゃん」
アニメ映像に変わり、処刑台から連れ出したB王子がアリアと一緒に逃げるシーン。崖をのぼってると、足をすべらせたアリアが王子と共に崖の下に落下。
このルートでB王子がアリアをかばって王子だけが落ちたとしても、アリアはその後に処刑される。
彼女にバッドエンド回避なルートなど何一つない。ヒロインからB王子を奪えても、結局は処刑される運命。
この子の唯一の死亡エンド回避は地下牢で生きること。餓死をするまで愛おしいB王子と永遠に過ごせる。という謎のハピエン。
まぁ、どちらにしろサブキャラだから彼女目線で語られることはない。アリアがB王子とくっついた時点で、ヒロインの王子攻略ルートははバッドエンド決定だし。
「アリアもだけど、レオ先生のこだわった伯爵家の子息もすごいよね。金髪に恨みでもあんの?」
「まさか! 親友を金髪イケメンの外人にとられたとかあるわけないじゃない。おかげで可愛い可愛い親友が海の向こうに行っちゃったからって、こーんな酷い設定をするわけないでしょ」
今話題になっている伯爵の子息の名はルーク。ルークは可愛らしいルックスから蝶よ花よと育てられ、わがままであざとさ全開の悪人に育つ。このサブキャラは彼女が性格や見た目など何から何まで設定した。
ルークは昔、自分を辱めたC王子に復讐するために王宮入りを果たし、何人もの女性と関係を築きながら、階級のある男性にも取り入っていた。しかし彼の辿る結末は最悪なものばかり。死亡フラグを回避するには『ヒロイン殺し(生涯、牢屋行き)』『地位剥奪(スラム街行き)』『王様の愛人(一生飼い殺し)』などの残酷なものしかない。
このキャラがこんな悲惨な目にあったところで、ヒロインに関わる部分は少ない。大きく関わるのはヒロインを殺害するときだけ。ヒロインとA王子のルートでは、ヒロインのことでA王子を脅したことでスラム街に落とされた。
まだそれくらいなら物語的に普通だろう。
個人的に最悪なのは『王様の愛人』だ。王様は王子たちの叔父で、年齢はさほど変わらない。が、性格は超がつくほど最悪でスラム育ちのヒロインを敵視している。ヒロインがC王子と恋愛ルートに進むと、C王子を敵視するルークを養子に迎え入れて邪魔な二人を排除させる手伝いをする。
秘密を握られたルークは王様の命令を受け、C王子へと復讐をしようとするが幸せそうなヒロインを見て気がそれる。
ヒロインとC王子がハッピーエンドを迎えようとする頃、C王子がルークへと心からの謝罪をしてルークは復讐を諦める。意地悪であれやこれが欲しいと王子へとねだり、それをC王子が笑いながらも受け入れた。そして二人は友情関係へと進展する。
しかしそのルークの裏切りに王様は怒り、歪んだ愛情を向けてルークを自身の部屋へと閉じ込めるのだった。
C王子はルークと約束した日時に物を用意しても待ち合わせの場所で待っていた。しかしいっこうに待っても現れなかった。というのがC王子の結婚前夜。
そこからC王子とヒロインの結婚式に入り、二人幸せに暮らしましたってのがC王子とのエンディングだった。
「あと味悪いサブキャラなのに人気キャラになってるなんて…。世の女性は不思議な生き物だね」
「私が愛を込めて命を吹き込んだキャラクターですから。ほんと、アイツも同性に捕まって閉じ込められればいいのに。私に親友を返せ」
「はは…」
サブキャラなのに設定が濃いのは、レオの恨みつらみが詰め込まれていたからだろう。
親友を奪われた恨みをゲームに込めるなんて酷い人だ。それも俺のゲームシナリオデビュー作に。
でもまぁ、安心した。
発売前から話題にはなっていたけど、ゲームをプレイした人たちからは好評の声が届いていて期待を裏切らなかったのだと安心した。
ルークはなぜか人気で、二次創作されたイラストにはC王子とルークや、他のキャラとルークのイラストも多数ある。
彼はイイ子だし、好かれるのはわからなくもないけどサブキャラだってことを忘れないでほしい。
意見の中には『ルークを主人公にしたボーイズラブゲームも作ってください』ってものもたくさん届いている。声にお応えして、もちろん会社でも制作中だ。
予約も始まっていて、多くの人に期待されている。が、シナリオライターが俺のままなのは少し遠慮したい。レオ先生が作ったキャラなので、先生に頼んでと最初は断った。
しかし、レオ先生が『設定しただけで物語を作ったのは南雲先生』だと言ったために、俺がシナリオを制作することになった。もちろん原画もレオ先生のまま。
「南雲先生って似てますよね」
「なにに?」
レオ先生はニヤリと笑って、ルークのスチル絵を指さす。
あの美少年に俺が似てたら、今頃俺は男女構わずモテまくりだ。そしたら結婚してるし、仕事ばっかりしてないで奥さんを溺愛する時間だって作る。
「一応、聞く。どこが似てるんだ?」
「おぼっちゃま育ちでわがまま美少年」
「…おい」
「だったでしょ?」
「…だった、な。そうだなー。だった、な。もう十年も前の話だよ」
若気の至りとかでわがままばっか言ってたけど、今じゃ俺も三十近い。美少年の面影なんてどこにもない。
酷いときはボサボサにヒゲを生やして仕事をし、クマが深くなって化け物みたいな顔にだってなる。
「それを言ったらレオ先生はアリアとは真逆だよ」
「あ、それ私も思いました」
「思ったのかよ」
「だってあんな可憐な少女になんてなれないですもん。純粋でイイコで誰にでも優しいなんてムリムリムリ。想像するだけで吐きそうです」
「俺もルークになったら吐くわ。あんなあざとい演技したことないし」
「やってみてください」
「ヤダ」
「えー、ケチー」
「おまえこそフリルだらけのワンピースでも着てみろよ」
「絶対に嫌です」
───異世界───
はっと目が覚めると見覚えのある天井が広がっていた。清潔感が漂う空間、広く大きなベッドの上に寝ている。
「ルーク! どこか痛むか? 俺のことがわかるか?」
両頬を包み込みながら涙ぐんでいるルークの兄、レオナルドをじっと見る。頬ずりをしてルークを溺愛するレオナルドは、ルークをちやほやと育てた一人だ。
やっぱり夢じゃない、と頬をつねればレオナルドが悲鳴に近い声をあげる。
「な、なななにをしているんだい! ルーク!」
「ぇ…あ、いや…」
「やはり頭を強く打ったせいでどこかおかしくなってるのか!?」
ぎゃーぎゃーと騒ぐレオナルドに嫌気がさしたとき、自分が『ルーク』になってるのだと認識した。
つまり、俺はルークとしてあざとく媚びらなければならない。
「うっ…」
「ルーク、どうしたんだ!? そんな眉間にしわをよせて…」
ダメだ。できない。
『おにーさま、痛いよぉ!』
なんて言えるわけがない。
でもやらないと不審がられる。だってルークの死亡フラグはここでもたつからだ。
事故に遭い、記憶喪失になったルークは素面となり、悪魔にのっとられたと殺されてしまうのだ。ときには生贄にさしだされたりして、ルークとして俺は死ぬことになる。
「お、お兄さま…」
「どうしたんだ?」
レオナルドの服をぎゅっとつかんで、視線をそらしながらボソッとつぶやく。
「少し頭が痛くて…。お兄さまが一緒に寝てくれたら、よくなると思うのです…」
「ルーク…」
やっぱり俺がやったところでルークのあざとさは引き出せない。普通に恥ずかしくて顔が熱くなる。
レオナルドの次の言葉を待ってると、もそもそと布団に彼が入り込んできた。なれたようにルークの頭をあげてその下に腕を敷く。
レオナルドはルークを抱きしめながら、ポンポンとお腹のあたりをリズムよくたたいた。
「痛いの痛いのとんでゆけ。ゆっくりおやすみ、俺の可愛いルーク」
甘く優しい兄の声に、幼いルークはすぐに眠りについた。
そしてこの日を境に俺らのバッドエンド回避の日々が始まるのだった。
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