第32話 託された

 翌朝の森は靄がかかり、異様な静けさに包まれていた。魔物の大群が押し寄せる前兆と言わんばかりに生物は息を潜め、あるいは土地を移動を始めているのだろう。この地に住まうエルフでも森の異変に気づくほどである。

 ヒグレたちは魔物討伐に向けて準備をして出発しようとしている。クコルル村の住民たちに囲まれながら見送られようとしていた。


「向こうに言っても元気でね。たまには帰ってきてね」

「うん。そうする」

「その時は未来の旦那さんも連れてきなさいな」

「それはちょっと難しいかも」


 村を出るティンは、親しかった者たちと抱擁を交わしながら他愛ない話をする。

 その中にはカメルの姿もあった。あれから族長の立会いのもと、彼女たちの希望で村の住民たちに話したらしい。これといった反発はなく、そのまま受け入れられていた。むしろ今まで以上に親しくなったように見受けられた。

 今度こそヒグレの不安が解消され、心残りという物はなくなった。

 ティンは次に、今日という日まで村を守ってきた戦士たちと握手を交わしていた


「お前には悪いことをしたと思ってる。今日までずっと後悔していた」

「べつに謝らなくていい。そのために理由つけて訓練中を狙ってたわけだし」

「あれはそういうわけだったのかよ!?」


 中にはこれまでなにかあったようなエルフたちからは謝罪をもらっていた。

 ある程度、挨拶が終わった頃、今まで息を潜めていた老人たちが姿を現した。双方が一触即発になるようなことはなかった。ただまっすぐ目を合わせていた。

 そして、先に口を開いたのは老人のほうだ。寂しそうな面持ちで。


「寂しくなるな」

「……ラィエ爺」


 意外そうなティンは元族長の名を呼んだ。


「昔のように呼んでくれるのだな。……今まですまなかったな。私はお前を好いてやれなかった。戦士として村を守ってくれたのにずっと避けてきた。ヒグレ殿がいてくれたおかげで、わしは大切な家族を失わずに済んだ。それでも失った者は多いがな。わしたちのプライドのせいで、なにもかも悪い方向にいってしまった……ああ、すまん。こんな暗い話をするためにここに来たんじゃなかった」


 今までの行いを詫びるラィエを、ティンはそれを黙って聞いていた。


「辛くなったらいつでも帰ってきなさい。ここはお前の故郷なのだから」

「……、うん。わかった」


 今まで言われたことものなかった言葉に面食らうティンはそう答えた。満足した老人は後ろへと下がり、変わりにラユゥが前に出てきた。


「ヒグレ殿、ドレッド殿、ラルド殿、この度は幾度となく村を守っていただきありがとうございます。族長としてお礼申し上げます」

「……。いえ、俺たちも滞在させてもらったので助かりました」


 ティンを待っていたヒグレはそう答えた。


「そうですか」


 ラユゥはそう言ってティンに視線が向かう。


「ティン。頑張るのだぞ」

「ラユゥも元気で。当分帰ってこれないけど、元気でね」

「見上げ話を楽しみにしてるぞ」

「うん。まかせて」


 ラユゥは満足そうに微笑んだ。懐から精工な木彫りで作製されたペンダントを取り出して、目の前にいるヒグレに「これを」と言って差し出した。


「これは?」

「族長であるラユゥ・エルリリアが認めた者に渡す友好の証だ。困ったときはこれを見せれば大抵のことはどうにでもなる。いわば私が直々に身分を保証する物だ」

「貰っていいのですか?」

「むしろ貰ってほしいのです。きっと今後この世界で活動するなら役に立つでしょう」

「ありがとうございます」


 ヒグレが友好の証を手に取ろうとすると、ラユゥに強く抵抗された。少し驚いたヒグレが再びラユゥに目を向けると、真剣な眼差しで見つめる彼の姿があった。


「娘を、お願いします」

「……、ああ。任された」


 託されたことを理解したヒグレはそう答え、ラユゥは満足そうに微笑んで手を離した。

 ヒグレは受け取った友好の証は懐に収めた。

 ラユゥは再びティンに視線を向けた。


「いってらっしゃい。ティン」

「うん。いってきます」


 最後の挨拶を交わして、ヒグレたちは出発した。

 村の住民たちからの声援を受け、元凶がいる領域へと向かう。


「よかったのか? ティン。元凶を討伐した後でもよかったんだぞ?」


 ヒグレが問いかけると、ティンは首を横に振った。


「これでいい。魔狩人まがりびとになる以上、ヒグレたちの仕事を見ておきたいし、それにラノスを一発殴っておきたい気持ちもある」

「死ぬ可能性だってある。ラユゥにティンを託された以上、死なせるわけにはいかない。あまり危険なことだけはしないでくれ」

「うん。善処する」


 ティンが頷くと、ドレッドがヒグレに肩を組んだ。


「そんな心配しなくても大丈夫だってヒグレ。俺とラルドがいるんだからさ」

「誤射と感電が怖いんだけど。ティンにどれくらい魔導具を持たせれば平気か」

「ちょっ、ラルドはともかく、俺はヒグレみたいに誤射したことなんかないぞ!」


 ドレッドが弁明するついでに、反撃とばかりに二人の気にしてる部分を突いた。

 ヒグレが「あん?」と言ってラルドは「喧嘩売ってんのか?」とメンチを切った。


「仲いいね」


 そんな三人を見ながらティンは呑気にそう言った。

 一触即発になりそうになりながらも、ヒグレたちは止まらず森を進んだ。


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