第22話 火種と奇跡 ♰
巨大な魔物の死骸をヒグレは静かに見おろしていた。
静寂が流れる中、ティンはわずかな時間で起きた出来事に唖然としていた。巨大な魔物を無傷のまま倒したヒグレ。だが、その姿は獣ようで狩人とは程遠いものだった。
しかし、殺気の消えた今は、いつもの物静かなヒグレに戻っていた。
静かに佇むヒグレはティンを一瞥した。
ティンが瞬きをした時には姿を消していた。
「……ヒグレは?」
「おそらく、残党狩りと救助に向かったんだと思う」
「そう」
「……、ヒグレが怖いか?」
「ん? そんなことはない」
ドレッドの言葉にティンは不思議そうに否定した。
「そうか。なら良かった。――うしっ、ヒグレが戻ってくる前にさっさと死体を一ヵ所に集めときますかね。ティンちゃんはどうする?」
「手伝う。ここに来るまで案内しかしてないから」
「案内も重要だったんだけどね。まあいいや。死んだふりしたやつには気をつけてくれな」
「わかった」
ドレッドとティンは、手早く魔物の死体を一ヵ所に集めるのだった。
――
壊滅した村の奥。丘の上に佇む家畜小屋。放置されていた廃墟同然のその小屋には、エルフたちが捕らえられていた。身ぐるみをすべて剥がされ、両手を縛られ、爪先が地面に辛うじて着くくらいの高さで吊るされていた。
薄暗く、汚物と腐臭の臭いが混ざり合う中で、戦士のリタは虚空を眺めていた。
(どれくらいの時間が経っただろうか)
リタは思った。身ぐるみを剥がされ、慰み者にされ、家畜同然の扱いを受けた。玩具のように扱い、死んだ者は魔物の食料となった。生き残っているエルフは三二人ほど。その中にはクコルル村の戦士も混ざっている。
リタが視線を向けた先には、妹のリルが同じように虚空を眺めていた。
肉体はとうに限界を迎えている。腹の中で蠢く悍ましい生命を何度も生み落とせば尚更。精神的にも追い込まれて、楽になりたくて死を望むようになった。
「コレ、食べヨう」
見張り番らしい魔物三体がリルを指差した。そして、そのまま腕が千切れてもおかしくないほど強引に引き千切り、地面に落とした。
(まさか……生きたまま食うのか)
魔物はリルの腕を引き千切った。
「ああああああああ、ああああ、あああああああああああああァァァァァァァァッッ!?」
衰弱したリルから出た悲痛の声。「痛い……痛い……」と訴えても魔物の手は止まらない。解体されていくリルの叫びは次第に弱くなっていく。
命が終わる。妹のリルの命が。それを見ていることしかできない悔しさと、リルとともに過ごした思い出が混ざり合い、涙とともに溢れ出た。
「やめ、て……リルが、リルが死んじゃう」
リタのかぼそい声など魔物には届かず、代わりに肉を貪る残酷な音が返ってくる。リルの声はもう聞こえない。その現実を受け止めきれなくなったリタは目を瞑った。
(ごめん……)
瞬間、魔物の声が消えた。
「……え?」
再び目を開けた先には魔物と入れ替わるように狩人のヒグレの姿があった。リルの解体された部位を元の位置に戻し、懐から取り出した不思議な種を握り潰して妹に撒いた。
たちまち火が燃え広がり、あっという間にリルを包んでしまった。
リタにはヒグレがなにをしているのかよくわからなかった。
「……ワンチャンあるかと思ったけど、やっぱりダメか」
ヒグレは残念そうに呟いた。その時、ボッ、とリルを覆う火が強く燃え上がった。火の反応に彼の顔が上がり、安堵の息を吐いた。
「エルフの生命力に感謝だな……。良かったな。今は安心して眠れ」
――――――――――――――――――――――――――――――
リタが瞬きをした時には、天井を見上げていた。
「……、ここは?」
暖かな光と布団の感触。鼻にこびりつくような臭いは消え、花と木の良い香りが漂っていた。そこはリタが以前にも来たことのある入院室だった。
夢でも見ているのか、と上半身を起こすが、腹の中で蠢くモノを感じ、手を当て、現実と知る。これから私はどうなるのか、とリタは感傷に浸った。
「おねえ、ちゃん?」
「――っ! リル?」
声の主に振り向くと、そこには食料となったはずのリルがいた。魔物によって解体されたはずの妹が無傷の姿でリタの隣にいた。
言葉よりも先に、リタとリルはお互いに抱きしめ合った。
「良かった――良かったっ。私はもう死んでしまったのかとっ」
「私も。死んだと思った」
「でも、どうして」
「私にもわからない。でも、なんでかな。すごく暖かい火にあたってたような気がする」
夢物語を語るような妹ではないのは、姉であるリタが良く知ってくることだ。ヒグレが蒔いた火種が影響しているのだろうかと、あのとき見た光景を思い出す。
「そうか。とにかく、お前が無事で良かった」
「私も、お姉ちゃん」
だが、リタにはどうでもいいこと。今は妹の無事を素直に喜んだ。
――
村の一件が終わって一日が経った。
来客用の部屋。ヒグレはベッドに横になって呻き声を上げている。〝黒獣仮装〟を使った反動で体が悲鳴を上げていた。その横ではドレッドが呆れた顔をして見ていた。
「そりゃ、なりふり構わず使えばそうなるわな。お前が感情的になると大変だよ。元気になる魔法薬、飲むか?」
「面目ない。ありがとう」
「大丈夫? ヒグレ。起き上がれないなら手を貸すよ?」
身動きの取れないヒグレのために食事を持ってきたティンが訊ねた。
魔法薬を飲んだヒグレは、起き上がってベッドに腰かける。
「薬のおかげでなんとかな。もう大丈夫だ」
本来なら激痛で身動きが取れないところだが、魔狩人の体は治りが早い。そこに魔法薬の力も借りたことで、ヒグレは早めに激痛から解放された。
「それならよかった。ごはん、食べよ」
ティンが持ってきてくれた晩ご飯を、今後の話もかねて三人で食べる。救出した女性たちの状態を聞きながら、ヒグレは助けたある姉妹のことも聞いた。
「リタの容態は安定してるみたい。リルのほうは不自然なくらい元気すぎるって、ラノスが言ってた。ほかのみんなも今のところは大丈夫みたい」
「そうか。妹さんは元気か」
リルが元気であることにヒグレは安心してスープを口に運んだ。心配事がなくなったことで食事に専念しようかとしたが、その様子をまじまじと見つめるティンの視線が気になりすぎて次の一口を運ぶことに躊躇する。
「なにかな? ティンさん」
ヒグレが訊ねると、ティンと目が合う。
「あっ、ごめん。ちゃんとヒグレの口元だな、と思って。あの真っ黒く塗り潰されたような口じゃなくなってたから」
「あれか。その件はすまなかったな。怖い思いをさせた」
「最初はびっくりしたけど平気。そういう技術だってドレッドから聞いた」
「……、そうか。平気なら、よかった。」
「うん。それで気になってたんだけど、ヒグレは魔物の肉を食べたよね?」
「ああ、食べたな」
「美味しかった?」
「いや、食べてるのは黒蝕因子だから味なんてわかんねぇよ」
誤解を生みだす前に話すか、とヒグレは溜息を吐きながら口を開く。
「動作と感覚は連動してるけど、あの状態で口に入れたものは魔力に還元される。ついでに言うなら口は亜空間みたいになってるから、実際の口には届いていない」
「そうなんだ。じゃあ、いつものヒグレと変わりないんだね」
ティンは微笑しながらに言う。黒獣仮装を傍から見れば化物そのもの。兜で多少緩和されているとはいえ、獣のような獰猛さを晒していることには変わりはない。ティンに怖がられてしまった不安が杞憂で終わったことに少なからずヒグレは安堵しているのだ。
「いやぁ、ティンちゃんが理解できる子で助かったよ。だが、目の前の不安が取り除かれて安堵してるヒグレには悪いけど、不安の種はまだまだあるようだ」
ドレッドがそう言って扉のほうを指差した。
それと同時に廊下のほうが急に騒がしくなった。
「なんだか騒がしいね」
「そうだな」
ヒグレは外を確認すると、廊下で数人のエルフが救出した女性の部屋を叩いていた。
「どうしたんですか?」
「ヒグレさん。突然、部屋に入れてくれなくなりまして。中であの子の泣く声が聞こえてくるんですが、ほかにも変な声が聞こえてくるんです」
この言葉でヒグレは察した。中からは魔物の気配が微かに感じ取れた。
「下がってください」
ヒグレは施錠された扉を力任せにこじ開ける。
瞬間、小さな魔物がヒモのようなモノを引きずりながら勢いよく飛び出していった。誰かを襲うわけでもなく、ただまっすぐ出口のほうへ向かっていく。
「なっ、なんてこと。魔物が」
ヒグレは暗い部屋の中でうずくまって咽び泣いている女性を一瞥し、
「……。皆さんは彼女を見てやってください」
「わ、わかりました」
ヒグレは部屋の娘をほかの者に任せて魔物の後を追う。
あれだけエルフの女性を襲っていたのにも関わらず、通りかかる女性をすべて無視して建物から出た魔物は森のほうに向かって走る。
ヒグレも森へ向かおうとするが、真正面から感じた気配に足が止まる。
前方から歩いてくる白衣を着た仮面の男がいた。魔物は足の下を潜り抜けようと真っ直ぐ走るが、その彼によって踏みつけにされた。
男は魔物を踏み抜いて骨をへし折り、蹴り飛ばした。
その魔物はヒグレの顔横を通り抜け、壁に激突して潰れる。赤い体液を撒き散らしながら肉塊は力なく地面へと落ちた。
「……チッ、汚ねぇ」
その男は、ヒグレがよく知る狩人の一人だった。
「お前だったのか。もう一人の
「ああ、久しいな。ヒグレ」
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