【序章終了】魄焔の魔狩人 -灰かぶりの狩人と壊れた世界の生存闘争-

兎藤うと

序章 再誕編

第1話 プロローグ

 世界はどうしようもなく壊れている。

 幾千の世界、その始祖にあたる世界が終わりを迎え、大半の世界は滅んだ。

 生命は絶え、形だけが残った世界には、死の灰が漂う。

 残された世界は、悲劇が色褪せるほどの時を重ね、平穏を取り戻していた。時の創始者が腰を据えて一息つく程度には、壊れた世界は安定と秩序が保たれた。

 だがその安寧も、あの日の境に現れた魔物に脅かされている。

 幾星霜と、すべてを終わらせようとした災禍は今も呪いのように蝕み続けている。

 かろうじて世界が保たれている背景には、ある狩人の存在が大きかった。

 魔狩りの狩人、通称――魔狩人まがりびと。その詳細を知る者は少なく、どこからともなく現れ、魔物を狩って立ち去っていく謎に包まれた存在。もしもどこかで、世界の住民が彼らを目撃しても、あの狩人と認識することはない。彼らの活躍を知ることもない。

 これは、そんな魔狩人まがりびとの一員である狩人の話だ。

 知らない者は『無能』と語り、知る者は『灰かぶり』と謳う狩人の話だ。



 ――



 ある世界の、廃墟と化した都市に五人のシスターがいた。

 彼女たちは廃墟を再利用した拠点を維持するために常駐し、護衛一人という、いつ魔物が現れてもおかしくはない不安な環境下で生活をしていた。


 仕事をして、家事をして、あまった時間は好きに使って過ごし、おなかが減ったらご飯を食べて、夜が来たら眠りにつく。その繰り返し。五人のシスターと一人の護衛という物静かで寂しい世界だが、彼女たちから笑顔が絶えることはなかった。

 だが、そんな日常は、白い月が照らす夜にすべて崩れ去った。


「――、」


 ある狩人は廃墟となった都市を徘徊する。

 彼は廃墟の街に大量発生した魔物を独りで狩っていた。襲い掛かる魔物をものともせず、月明かりに照らされて輝く刃を振るい、冷たく光る銃を撃つ。


 狩人はこの土地に派遣されているシスターたち会うためにやってきた。嗜好品や娯楽などを取り揃え、都市に到着した時には拠点は壊滅していた。

 魔物を排除し、最後に発見したシスターでさえ、命火が尽きる寸前だった。


 天井と壁が崩れて月明かりが射す部屋の奥。血痕の終着点には大きな血溜まり。そこには、下半身のないシスターが壁に背を預けて俯いていた。


「……、」


 狩人は手を伸ばすが、すでに手の施しようがないことを悟って手をおろす。

 世界は残酷だ。一人の少女を助ける猶予さえ与えさせてはくれないのだから。


「……あ、狩人様。来ていたのですね。すみません。出迎えることができず」


 狩人に気づいたシスターは笑顔を作り、かぼそい声でそう言った。


「……いや、こんな夜更けに来てしまったんだ。謝らなくて、いい」

「そうですか。では、お恥ずかしい姿を見せてしまいましたね」


 一番つらいはずのシスターは申し訳なさそうに笑った。

 狩人はシスターに歩み寄り、血だまりの中、壁に沿って彼女の隣に座る。


「……、すまなかった。心細い思いをさせてしまった」

「いえ、こうしてお傍に来て頂けただけでも私は嬉しいのです。きっとみんなも貴方様の訪問を心から喜んでいることでしょう」

「そう、か……」


 狩人は歯切れの悪い返答する。


「誰かと、お会いになりましたか?」

「ああ。みんな寝ていたから、そっとしといた」

「そう、ですか」


 その言葉を聞いて、なにかを察したシスターはそれ以上の言葉を紡がなかった。


「手を貸そうか?」

「いえ、このままで……このまま、あなたの隣にいさせてください」


 狩人は懐から抜きかけた銃を戻した。周囲を支配する静寂にシスターの吐息が微かに響く。いつ途切れてもおかしくのない息。狩人はじっとその息の根に耳を傾ける。

 不思議と穏やかな息遣いのシスターは夜空を見上げながら微笑した。


「狩人様と出会ってどれくらい経つのでしょうね。役目を果たすだけで十分だと思っていた私が、こうやって狩人様の来訪を心待ちにするようになっていました」


「俺はただ、ふらっと遊びに来ていただけさ。そう言われることはなにも」

「とても親身になってくれたじゃないですか。それはもうたくさん。出会いは偶然だったかもしれませんが、私たちにとって素敵な出会いでした」


 シスターは震える手を狩人の手に重ねた。


「夜も更けて参りましたね。今日はとても寒いので、私はそろそろ眠らないといけません」


「……。まだ、眠ってほしくないな」


 狩人は本心からそう願う。だが、シスターは残念そうに微笑む。


「それは叶えられそうにありません。そろそろ、限界の、ようです」


 シスターは咳き込み、口から大量の血が流れ出る。


「狩人様。最期に一つだけ、我儘を聞いて頂けますでしょうか?」

「できる範囲なら、なんでも」

「……では、失礼して」


 そう言ってシスターは狩人の肩に寄りかかる。


「あぁ……、あったかい…………狩人様はとても暖かいです。まるで、お日様のよう」


 穏やかな笑みを浮かべるシスター。狩人の服ごしからでもわかるほどに、彼女自身から返ってくる命は微弱で、生きているのが不思議なくらいだった。

 そんなシスターを狩人は抱き寄せる。


「狩人様?」

「今日は冷えるからな。だから、もっと我儘になってくれ」

「ありがとうございます。では、もう少し」


 シスターはさらに密着し、狩人の胸に顔をうずめた。密着度が高くなるほど彼女から消えていく熱に、狩人は強烈な死を感じて、自然と彼女を包む腕に力が入る。


 そんな狩人の手を、シスターは取ると自分の頬に当てた。もう感覚すら鈍くなっているはずのシスターは穏やかな笑みを浮かべながら瞼から涙がつたう。


「寂しいですが、そろそろ眠ろうと思います。とても、幸せな時間でした」

「それならよかった。おつかされま。がんばったな」

「ありがとうござい、ます……」


 徐々に瞼が閉じていく。彼女は生にしがみついているが、それも一時のこと。


「おやすみ、なさい………………願わくば、あなたの……、に――――――」

「……ああ。おやすみ」


 狩人はシスターの虚ろな目を見ながらそう返し、そっと瞼を閉じてあげた。

 しばらくして、狩人はシスターを思い出の場所に連れていく。同じく眠りにつくシスターたちの隣に寝かせ、懐から取り出した種子を握り潰し、火種となったモノを静かに眠るシスターたちに撒いた。


 わずかな火は独りでに燃え広がり、シスターを飲み込む。

 狩人はその火の前に座り、彼女たちが天に昇るのを見送る。


 とても静かな時間。火の中へ消えていくシスターたちの肉体が少しずつ火の粉となって昇っていく。狩人が最後に話をしたシスターも徐々に焼かれて黒ずんでいく姿に、彼女たちと過ごした日々が段々と蘇る。


 狩人がこうして火の番をしていると、楽しげに話す彼女たちの声が聞こえ、必ず誰か一人は隣に座ってくるのが恒例だった。そんな一時の思い出。


 もう、彼女たちが隣に座ることはない。

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