怪談としての「食べます食べました」

上述してきたとおり「食べます食べました」は2017年から2022年にかけて実際に存在していたアカウントである。

しかし、その考察がネット掲示板やSNS上で繰り広げられ、それがまとめサイトに集約され、そして動画編集者によって短い解説動画になるなどの過程で、実話部分であるアカウントの活動と創作部分である考察・噂話が混同されてしまった。

その結果、2024年現在「食べます食べました」といえば「ネット上の創作怪談である」という認識が広まってきている。

ネット怪談「食べます食べました」として広く知られている内容は以下のようなものである。



「食べます食べました」というアカウントが某SNSにいた。ネット民からは「食べ食べ」と略されている。

これから食べるものを撮影した画像を「食べます」と書いてアップし、食べ終わった様子を「食べました」という文言と共にアップするだけのアカウントだったが、当時裏で流行していた薬物入りティーバッグを拾い食いして以降、狂気的な投稿ばかりを行った。勿論アカウントは凍結され、食べ食べはネットから姿を消す。

しかしその後、Bちゃんねるのオカ板民を中心とした考察班が食べ食べの不気味な謎をいくつも発掘した。

五年近くに及ぶ投稿のすべてに本人の姿かたちが影ひとつないこと、食べ食べが飲食した店のいくつかが投稿後潰れていたこと、どんなにからかったり大量だったり食べづらかったりする料理でも20分前後で完食しているらしいこと。

他にも様々な謎が日夜発見される。スレ民のなかでは次第に、こんな妄想が共通認識となっていった。


 〈「食べます食べました」は、人間ではなかった〉


馬鹿げた仮説ではあったが、そうすると多くの謎に説明がついた。

投稿文が「食べます」「食べました」しかなかったのは人語に疎いのを隠すため。

映り込みが無いのはカメラでは捉えられないため。

店が潰れるのは災いを連れて回っているため。

20分前後で何でも完食できるのは人間のものではない歯や胃袋があるため。

この言説には「なんで怪異がSNSやってんだよw」という内省的な指摘も後を絶たなかったが、むしろそのツッコミと共にネット民に受け入れられていった。

しかしある日、そのツッコミに対し革新的な回答が考察勢の一人から発された。


「SNSで有名になることで、存在を確立しようとしてたとか?」


それは主に食べ食べの投稿画像から生活圏の絞り込みを試みていた者で、こんな自説を展開した。

都市伝説の中には「口裂け女」を筆頭に、噂として有名になることで実際に目撃情報が出る怪異がいくつか存在する。食べ食べも同様に、五年近いSNS上の活動で有名になり、怪異として存在できるだけの力を得たのではないか、と。

面白がって便乗する他の考察班たちもこの説を支持しつつ、さらに大胆なアイデアを加えていき、最終的にはこのような形になった。

元々人の言葉と行動を限定的に真似られるだけの霞のような妖怪が、インターネットの世界と繋がることで承認を得て、存在するに足る力を持った。「食べます食べました」であるその妖怪はただ有名になることが目的だったが、薬物ティーバッグを取り込んだことでその在り方を発狂させてしまい、生きた動物を食べることへの欲求が生まれた。とはいえまだ実体で一人歩きするだけの存在力は無いから、自分を強く意識している者、自分の話をしている者のところにだけ出てくるのだ、と。


この「食べ食べ食人怪異説」は当然ながら、完全な妄想として受け取られていた。

しかしこの時期それを裏付けるような事件が世間で起きてしまう。

N県S市某所で、女性が不審者に追いかけられる事件。犯人は全身真っ黒な格好で顔は髪に隠れていた。女性を後ろからパシャリとスマホのカメラで撮影したあと迫って来て、逃げる女性を20分も追い回したという。同様の事件が同市で数回、さらにH県やM県など隣接しない他の都道府県で発生した。ネット民の調査で、似たような事件は食べ食べ凍結から数カ月後にはもう起きていたこともわかった。

この後押しを受けて食人怪異説はスレッドから多数の支持を集め、まとめサイトへの転載、経緯を含めたまとめ・解説動画が急増、SNSに共有され大きな盛り上がりを見せた。

ちなみに先駆的なまとめサイトの記述にならって、どの媒体でも最後はこんな警告で締めくくられている。


「この話を知ってしまったら、注意せよ。道端で変な奴に写真を撮られ、「食べます」と言われたら、すぐに走って、20分以上逃げなければならない。

それは「食べます食べました」という薬で狂った怪異で、捕まったら食い殺されるうえ、死体の写真をSNSに上げられてしまうから」





筆者としては、食人怪異説が実話と創作を混同した説であり、「食べます食べました」の活動をリアルタイムに追っていたファンやその結末に心を痛めた人々が実際に存在することにこそ、注意を促したい。

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