冬のきまぐれ
かにりよ
第1話
パラレルワールド
ドイツでのニューイヤーコンサートも無事に終わり、一樹本人が言ったとおり大成功だった。指揮者のお家にお邪魔していたが、せっかくだし、ヨーロッパを旅行しようと話ながら、ワインを飲んで、眠ったはずだった。
朝日で目を覚ますと、一樹がいるはずの隣に知らない人が寝ていた。
「え?」
思わず出た声に隣の人が目を開けた。
「え?」
お互い顔を見て、驚く。
「誰?」と同時に聞いた。
桜は目の前のブルーの瞳とブルーの髪の男の人が日本語を喋ることに少しだけ安心した。安心したものの、自分の置かれた状況が全く理解できなかった。
「あ…の…」と桜が声をかけると、目の前の男の人が起き上がり、ベッドから抜け出た。
しばらく部屋をうろうろして、何か扉の下に手紙が置かれていたのを見つけたようだ。
ここはホテルの一室らしく、全く見覚えがない。桜の記憶では一樹とその知り合いの指揮者の家にお邪魔しているはずだった。
手紙を読んでいた男性はため息をついた。
「あの…」と桜は遠慮がちに声をかける。
身につけているのは確かに自分のパジャマだったのに、それ以外が何もかも違っている。
「…パラレルワールドだ」
「パラレルワールド?」
「同じ作者の…小説の登場人物が入れ替わる…」
「え? どういうこと?」と桜もベッドから降りた。
どうやら手紙には「作者が人物の書き分けができてるのか、不安になり、入れ替えて、書いてみたいと思った」と書かれている。
「理解不能です」と桜は手紙を読んでも納得できなかった。
「理解不能だけど…この場にピンクがいない…」
「ピンク?」
どうやらお互いの恋人が入れ替わったという事のようだ。
「え? じゃあ…一樹さんの横に今…」と桜が言った途端、青い髪の男性は手紙をぐしゃっと握り潰した。
(人…殺しそうな勢い)と思ったが、声には出さなかった。
「どこ? どこにいたの?」とものすごい勢いで問い詰められたが、「ドイツの…ボンで…」としか言えなかった。
ホテルではない知り合いの家の住所なんて覚えていない。でも相手は恐ろしい勢いで、桜に詰め寄る。
「ボンのどこ?」
「一樹さんの知り合いの家で住所知らないの」
(本当に殺されるかも)と命の危機感を感じつつ、桜は後退りをした。
「とりあえず、着替えて。出るから」
「出るって…。ここ、どこですか?」
「ここはブリュッセルのホテル」
「ブリュッセル⁉︎」
今度は桜が叫んだ。
一樹は横ですやすや眠っているピンク色の髪の毛の女の子を見て、悩んでしまった。彼女が起きる前にそっと部屋を出ようとすると、部屋の入り口に手紙が置いてあった。桜からの置き手紙だろうかと拾い、中を開けると、想像を絶する内容で、思わず何度も読んでしまった。読んでしまったが、状況は変わらない。登場人物の書きわけという理由で、どうやら桜は違う人といるらしい。その違う人の相手が今、ベッドで寝ているピンクの髪の毛の女の子のようだ。彼女を起こして、今までいた場所を教えてもらたいのだけれど、今起こすとパニックになるだろうし、どうして起こしたらいいものか、悩む。
とりあえず、自分が落ち着くために部屋から出てコーヒーを飲もうと、ダイニングに降りた。指揮者は朝は遅いから勝手に自分でコーヒーを淹れる。
「そんなことあるのだろうか」
コーヒーを飲みながら考えてみると、見間違いな気もしてくる。半分、夢だったかもしれない。そんなことを呟いたものの、間違いなく桜ではなかった。しばらくすると、二階のドアが開いて、さっきの女の子が顔を覗かせた。
「あ…の」
足が震えている。目が覚めたら違う場所にいたんだからそれはそうなるだろう、と一樹は思った。ふと桜は大丈夫だろうか、と考える。でもとにかく、ヒントは彼女なのだから、なるべく落ち着かせて、話を聞くしかなかった。
英語で挨拶をすると、少しだけ安心したような顔で話しかけてくる。自分はどこにいるのか、どうしてここにいるのか、恋人が見当たらないのだけれど、知っているか? など矢継ぎ早に質問された。
「ここは、ドイツで、僕の知り合いの人の家で…」と丁寧に話してみたが、それだけで目が大きく丸くなった。
そして理解されないかもしれないけれど、どうやらここはパラレルワールドで、相手が入れ替わってしまっているようだ、と言ってみた。俄には信じられないようだったが、一樹が自分の携帯で桜の写真を見せて、昨日まではここにいたことを証明した。
「じゃあ、その桜さんと私が入れ替わってしまったってこと?」
「どうもそうみたい。今から迎えに行きたいんだけど、今までどこに?」
「ベルギーの…ブリュッセル」
一樹は思わずため息をついた。お互い移動すると、すれ違ってしまうかもしれない。そもそも桜はここの住所も行き方も分からないはずだ。知人が車で送り迎えしてくれたから、一人でここにくる手段を知らない。
「彼の携帯番号とか…分かる?」
「…覚えてなくて」
「仕方ない。必ず会わせてあげるからね」と言いながら、どうしたものか、と少し悩んだ。
足が震えていたし、泣くかもと思ったが、意外と泣かずに「はい」とはっきり返事をした。
「あの…桜さんは絶対に大丈夫です。アオは悪い人じゃないし…私のこと、好きだから」
そう真剣に言う彼女の顔を見て、言葉が出ずに頷いた。自信を持っていることに羨ましくも思えたし、自分が不安そうにしていたのが伝わったのだろうかとも考えた。
「彼氏は…待ってくれそうなら、こっちから動いた方がいいかもしれないけど」
「あ、それは…。飛んでくるかと思います」
「え…。じゃあ…動かない方がいいかな」
「…今頃、駅に居そうです」
一樹は経路検索をした。鉄道で約二時間で来れるらしい。
「飛行機は余計に時間がかかるみたいだから、鉄道の駅で待っていようか」
「はい」とピンクは素直に頷いた。
「きっと午前中には会えると思うよ」
「あの…桜さん、パスポートとかお持ちですか?」
「…君は?」
ピンクは首を横に振った。
「多分、ドイツとベルギーだから大丈夫だとは思うけど…」
とりあえず、今日一日中、駅にいる覚悟で、もしそこで出会えなければ、こちらからベルギーに行ってみようということになった。服は桜の服を着てもらうしかない、と一樹は説明して、出かける用意をしてもらうことになった。
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