第10話
結婚って何?
その日、灯君が「まだその男の人、部室にいると思うよ。その人…。うーん。でも…彼女がなるべく行ける日に行ってあげたらいいと思う」とアドバイスをくれた。
「そしたら成仏する? 見えなくても話かけて良い?」
「いいよ。きっと嬉しいんじゃないかな」
「分かった。伝えておく」
ママがおかずを持ってきてくれて、光君と一緒に移し替えている。
「コトちゃん、聖ちゃんがさ…」
「ママが?」
「綺麗なんだけど」
「は? ママは綺麗だけど?」
「うん。だからすごく綺麗なんだけど…」
(灯君、もしかしてママが好きなの。え、まぁ、ママは美人だし、ご飯だっておいしいし…やさしいから、好きになるのは分からなくもないけれど。…でも、どうしよう)と私はどぎまぎしてしまう。
おかずをお皿に盛りつけているママを灯君がじっと見ている。
「すごいなぁ…」と感心した声を出した。
(でもやっぱり…応援できないよ)と俯く。
「本人、気づいてないかもしれないけど、妊娠してる」と灯君は私を見て微笑む。
「え?」
(私、なんか勘違いしてた?)
「赤ちゃんいる。女の子。すごい眩しい。わー、綺麗だなぁ」
「綺麗って顔が見えるの?」
「顔? うーん。顔じゃなくて…魂っていうのかなぁ。とりあえずピカピカ七色に光ってる」
「え? すごい。ほんと?」
「うん。だから気を付けるように言って」
「分かった。妹が生まれるの?」
「そうだね」と灯君が笑った。
「妊娠したら綺麗になるの?」
「綺麗。うん。すごい光だね。ピカピカして眩しい」
「へぇ…それでママが綺麗って言ったの?」と言うと、灯君は気が付いて
「あ、ごめん。いや、誤解させた? それはないから」と慌てて首を振った。
「…あ、こっちっこそごめん。なんか変な想像して」
灯君はその輝きがすごいのか目を細めた。私には少しも分からない。
しかし灯君が言ったことは合っていて、一週間ぐらいするとママの具合が悪くなってしまった。
「コトちゃんごめんね。ママ…こんなんで学校に…行こうって思ってたのに、絶対這ってでも行くから」と言いながら、辛そうにソファの上で横になっている。
「ママ…大丈夫だから」
あれから水泳部はお気楽な顧問とのんびりしている。そして一学期は副担が担任になることになった。
PTAをしている渡辺さんのママが仕入れた情報によると、担任は川上コーチの子どもを妊娠していて、堕ろす堕さないでもめているらしい。それによって学校に外部から来ているコーチとの不倫がばれてしまったらしい。ただし、懲戒処分とできるかはぎりぎりのラインらしいので、自主的に退職できないかと校長から打診されているらしい。
そしてしばらくして、離婚して佐々木コーチと名前が元の姓に戻った元奥さんが水泳部の指導をすることになった。指導をしながら、彼の供養もすると言う。私は時々、水泳部の顔を出して、佐々木コーチに挨拶をする。
「コトちゃん」と呼んでくれるのは私が川上だからだろう。
「こんにちは。どうですか?」
「とりあえず、しばらくはここで指導させてもらうわ。後、シンクロのキッズスクールもお手伝いしに行ってるの」
「そうなんですね」
「それはね…。高坂君が私のことを人魚だって言ってくれたから…。シンクロとは言っても楽しく水の中で泳げるようにするコースなの。ちゃんとしたコースだと、本当に大変だから、まずは楽しく水の中で親しみましょうって。その後競泳に行ってもいいしね。私、見る目だけはあるから…」と笑う。
すごく良い笑顔に変わっている。眩しいキラキラしたあの時の笑顔そのものだ。
「高坂くんが安心してここから出れるように、私頑張るね」
「はい。私も応援してますね」と言って、佐々木コーチと別れた。
私には見えないけれど、いつか高坂さんに伝わればいいなと思っている。中田さんがプールの入り口で待ってくれていた。
「ねぇ、コトちゃん」と中田さんが駆け寄ってくる。
「なに? どうしたの?」
「部長いた?」
「あ、見てない。いたかもしれないけど。どうしたの?」
「んー。ちょっと顔見たいなぁって」と言って少し頬が赤くなる。
「もしかして…好きになった?」
「うん。だって恰好いいし。体もできてるし」
「…そう? えっと告白するの?」
「告白? まだできないよー。もっと私のことを知ってもらおうかなって思って」
「で、どうするの?」
「また取材申し込もうかなって。ほら、夏の引退試合とかあるだろうし」
「それって、水泳部だけ取り上げ過ぎじゃない?」
「いいのよ。新聞部が作った新聞なんて誰が読むのよ? 私たちが書きたいものを集めて書くのが新聞部のだいご味でしょう?」と胸を張って言う。
「…顧問の先生とか文句言われない?」
「もし言われてもいいの。取材したけど、没になりましたって言えばいいし」
すごい熱量を感じて、私は中田さんに「取材と称して、手作りの差し入れ」をすることを提案した。
「え? 何作ればいいの?」
「はちみつレモンとか? 部員みんなの分も作るんだよ? そしたら、優しいアピールできると思うの」
「なるほど…。そっか。アピール力が足りてないかぁ」と少し肩を落とした。
「大丈夫。今からでも間に合うから。相手が喜ぶと思うことをしてあげたらいいよ」
「うん。ありがとう。頑張ってみる。部長は受験だからあんまり長々とできないしね」と笑顔になった。
そんな話をしていると、目の前を部長と一緒に女子学生が歩いて通り過ぎた。
「あ、部長」と中田さんが声をかける。
「あ、君たち、まだ取材してるの?」
「えっと…まぁ…」と言葉を濁す。
「知ってる? 川上コーチと顧問…君たちの担任、結婚するんだって」と部長から驚きの言葉を聞いた。
思わず二人で叫んでしまった。
「スクープじゃない?」と部長はウィンクをする。
「ねぇ、一馬、行こう」と隣の女子学生が部長の手を引く。
(どう見ても彼女っぽい)
私は中田さんを見た。横で固まっている。ウィンクで固まったのか、隣の女子の行動で固まったのかは分からないけど。
「じゃあ、またね」と部長と女子は去っていった。
「…彼女がいたなんて」とその後ろ姿を見ながら、呟いた。
まだ分からないとは私は言えなかった。
「私の初恋、たった一日で終わった」
「一日?」と思わず聞き返す。
「昨日の夜、自覚したところなのにー」と頭を抱える。
私は彼女を抱きしめて「大丈夫だよ」と何の保証もないけれど、言うしかなかった。すると中田さんは
「そうよ。私にはもう仕事しかない」と言って、今度は私の手を取って「行くわよ。校長室」と言って、連れて行かれた。
校長室をノックして、中田さんはすごく丁寧に自己紹介をする。校長室にいた校長は時間があったのか、話を聞いてくれた。中田さんは私が元担任にいじめのターゲットにされるように誘導されていたと思われる話、そしていじめられている私を無視していたということを的確に説明してくれた。
中学生の話だからと馬鹿にしたりせずに、しっかりと聞いてくれる。
「うん。うん。まずね。君たちの担任の先生は妊娠していて、二学期から産休に入ります。そして産んだ後も子育て休暇を二年取るので、君たちが卒業するまで会う事はありません」
もう関わることがないのか、と思うとほっとした。でも中田さんはそれでは納得していないようだった。
「じゃあ、産後の休暇明けたら…戻ってきて、また誰かがターゲットになるんじゃないですか?」と質問した。
「あぁ、そういう人だからね。きっとそうなるだろうね。だからね。彼女をどこかに飛ばしたりしない。僕がしっかり見張っている。きっと何かするだろうからね。その時にとっておくよ。絶対に彼女を他のところには行かせない。でもね。生徒たちに迷惑はかけたくないから、副担どまりにしておく。もし僕が違う学校に行くときは次の校長に引継ぎしておくし…。後いろいろあるから。君たちは安心して過ごして欲しい」
穏やかに話すけれど、すっとお腹の底が冷たくなる恐ろしさを感じた。本当にこの人を怒らせたらどうなるか分からないし、心底、担任に怒っていることが伝わった。
そう言われれば、中田さんも納得するしかなかった。
「僕のことを信頼して任せてほしい。何かあったら、いつでもまた来ていいから」
そう言って、出口で見送られた。
私たちは不思議な気持ちになった。
「不倫して、子供作って、で、結婚って…やったもん勝ちみたい」と中田さんは言う。
「でも…お似合いかも」と私は呟いた。
「え?」
私は夢の中で見た、高坂さんの最後の瞬間を話した。川上さんは駆け寄ることもなく静かに出ていったことを。
「それが本当だとは証明できないし、言ったところで、あの時、救急車呼んでも助かるかは分からないし、言わなかったけど。ライバルを見殺しにできる人だから…。あの担任とお似合いかなって」と私が言った。
「…こわ。世の中…怖い。じゃあさ二人とも自分勝手で…そう言う二人が生きていくって…」
「どういう結末になるかは分かんないけど。二人でいい方向にいけばいいけどね」
「優しいなぁ。コトちゃん」
「だって、そうしたら周りの人の迷惑にならないじゃん」
一瞬、固まって、そして笑いだした。
「確かに」と中田さんはそう言って、私の背中を押した。
「私だって自己中で、もう顔を見なくていいって思うと気が楽になったんだから」
「私なんて、処罰されろって思ったよ」
そうして形式上、担任は産休になり、副担が担任に変わった。クラスの雰囲気も随分変わった。担任が違うだけでこうも変わるのかと不思議だった。
梅雨の間、ずっとママは苦しそうだったから、私はまっすぐ家に帰って、家の手伝いをした。ご飯を作ったり、洗濯物をしたりとしていると、ソファの上で、ママが涙目で私を見る。
「ごめんね…。コトちゃん」
「大丈夫だよ。ママ…かわいそう。何か食べられる?」
「イチゴ…とフライドポテト」と両極端なことを言ってくる。
「そんなの食べて大丈夫なの?」
食い合わせが悪そうだけど、妊婦には食べれるものを食べさせなさいと聞いたから、買いに出かけようとしたら「ウーバーで頼んでいい?」とママが細い声で言う。
「私が行ってくるよ?」
「ううん。こんなにしてもらって申し訳ない」と涙を流す。
情緒まで不安定になっている。私はソファに駆け寄って、ママのスマホを開く。ウーバーのアプリを入れて、メニューを見ていた。
「コトちゃんがいて本当に幸せ。でも赤ちゃんは辛い」
「ママ? 赤ちゃんは辛くないよ? きっとぷかぷか浮いてるだけだから」
「ぷかぷかしてる?」
「してるはず。なんかね。灯君が…すごく綺麗な色を出してるって言ってた。綺麗な光が出てるんだって」と言って私はまだぺたんこなお腹に声をかける。
「ママ頑張ってるから、大きくなってね。会うの楽しみにしてるよ」
「…ありがと、コトちゃん。なんか…ちょっと気分がましになってきた」と体を起こす。
「よかった」と言ってウーバーのメニューをママにも見せた。
でもママはそれを見ずに私を抱きしめた。
「コトちゃん、ママ…本当に大好きだからね」
「分かってる。私も大好き」
ママの匂いがする。離婚して引っ越した時、隣に住んでいたのがまだ大学生のママだった。たまたま夏休みだったのもあって、よく遊びにおいでと言ってくれたから、私はそれが嬉しくてお邪魔していた。一緒にお泊りもさせてもらった。ママはなぜか私をすごくかわいがってくれて、パパが少し怪訝に思うほどだった。でもパパは仕事で本当に大変だった時だったから、正直助かったし、ありがたかったと言っていた。パパのことは全く眼中になさそうで、なぜか「コトちゃん、コトちゃん」と言って遊んでくれていた。だからパパと結婚って言う話が出た時、正直驚いたけど、私は嬉しかった。パパは私目当てで結婚したのだろうか、と数日悩んでいたけど。
「ねぇ、ママ。どうしてママは私のこと可愛がってくれたの?」
「え? だってコトちゃん可愛いいから」と驚いたような顔して言う。
「可愛い?」
「可愛い。初めて見た時、本当に可愛いって思って。仲良くしたいなぁって」
「だからそれってどうして?」
「可愛いって…。初めて会った時から…」
繰り返し同じこと言うから、私はママの目をじっと見た。
「ずっと前から」
ママが嘘を言っているわけじゃないことが分かる。
「ずっと前って?」
「…前世かもね」
「前世?」
私はママが見た夢の話を聞いた。夢で私とママは義理の親子関係が一週間だけだったという。ママの息子の許嫁が私だったらしい。たった一週間という短い理由は戦争だったからだ、と聞いた。後は詳しくは教えてくれなかったけれど、その時もすごくかわいいお嬢さんが来たと喜んだと言う。
「夢の話だからね。でも初めて見た時、本当に可愛いなぁって思って。だから今、こうして一緒に居られることが幸せなの。だからごめんなさいね。苦労かけてしまって」
「そんな…私だって…幸せなのに」と言いながら、ママの夢の話がすごくリアルに感じられてしまう。
「まぁ、夢だから、コトちゃんはこの先、好きなように生きて、私はそれを見守っていけるのが嬉しいだけだから」
「じゃあ…パパのことはあんまり好きじゃなかったの?」
「え? パパのことは好きよ」
「でも私の方が好きだってこと?」
「うん。そう…かなぁ。パパはほら、忙しかったし…私も若いから相手になんかされないし、まぁ、私もあんまり恋愛に興味がないというか…そういう…なんか…えっと。自然に、ほら、自然に惹かれたって感じかな? 今はパパも大好き」
ママは喋るのが下手なのか面白い。
「でも、ちょっとだけ嬉しいから内緒にしとく」と私は笑った。
「え? 内緒? どの部分が駄目だった?」とママが焦っていると、パパが帰って来た。
手にフライドポテトとイチゴを持っている。
「えー。どうしたの?」と私が驚くと「昨日、ママが寝言で言ってたから」と言うから大笑いしてしまった。
「すごくリアルに言うから起きてるのかと思って、覗き込んだんだけど、しっかり寝てて。よっぽど食べたいのかなって」
ママは真っ赤になってソファに倒れ込む。本当に私のママは可愛い。
「寝室別にしたい。コトちゃんと寝たい」と呟くからパパが驚いて「ごめんごめん」と謝りながら、駆け寄った。
「コトちゃん、いちご洗ってくれる」とパパに手渡される。
私は頷いて、キッチンに行ってイチゴを洗う。キッチンから二人の様子を伺った。パパが必死にご機嫌伺いをしているけれど、ママは顔を手で覆っている。水道水でイチゴを流して、私はざるにそっと上げて、二人の様子をまたこっそり見ると、パパがママの背中を抱きしめながら撫でていた。イチゴの水滴を軽くキッチンペーパーで押さえて、ヘタ部分を切って、ガラスの器に盛る。フォークを添えてママのところへ持って行くと
「コトちゃん、ありがとう」とパパが言ってくれた。
前のママとパパは喧嘩していたけれど、今の二人は喧嘩なんかしない。不思議な気持ちになる。
「コトちゃん、洗ってもくれて…」とママはパパがフォークに差したイチゴを私に差し出してくれた。
「これ、ママのために買ってきたのだから。私、食べられるものたくさんあるし。一つでも多く食べて、お腹の赤ちゃんに栄養あげて」と断った。
また目をうるうるさせるから「ママ、ポテトもあるよ」とパパの荷物から取り出す。
「二人ともありがとう」
「うん。元気な赤ちゃん産もうね」とパパも言ってくれるし、私は本当に二人を見ていて幸せな気持ちになった。
「パパのご飯あるよー。えっとねぇ。野菜炒めと卵スープ」
「コトちゃん、ありがとう。本当に助かるよ」
そう言われると、本当にうれしい。家族でちぐはぐなご飯だけれど、温かい時間だから大切だ。
ママがお風呂に入っている間にパパと二人で後片付けをした。
「本当にコトちゃんが力になってくれて助かるよ」
「でしょ? 自慢の娘でしょ? …ところでどうしてママと喧嘩にならないの? 前のママは喧嘩ばっかりだったのに」
「いい人だったんだけど…それはお互い未熟だったからかな」とパパは言った。
前のママは料理の先生をしていたから、ものすごく料理がいつも豪華だった。私はそれがすごく嬉しくて楽しかったのに、パパはそうじゃなさそうだった。
「二人を幸せにしようと、お金のことばっかり考えて、家のことを見れなくて、本当に若かったと思う」
仕事に邁進していたパパにママは文句を言って、喧嘩が増えた。そしていつの間にかママは浮気相手、しかもパパの仕事先の若いアルバイトの男の子と駆け落ちしてしまった。その上、会社のお金やらなんやら持って出て行った。私たちはそれで聖ちゃんのいた古い安アパートに引っ越ししたんだけれど。それはそれで楽しかったから良かったけど、パパがかわいそうとは思った。
「パパも前のママが頑張ってくれていること分かってたのに、素直に褒めてあげられなくて。そうする余裕がなかった。だからパパも大分悪いし、反省した」
「ママは…怒ることないの?」と聞いてみる。
聖ちゃんママは前のママと違ってご飯が豪華なこともないし、綺麗なのに着飾ることもしない。
「ママに? 怒ることないよ? どこ怒るの?」と言って、一つだけ不満があると言った。
夫婦の不満は一つでも解消していた方がいいと私はパパの言葉を待った。
「とりあえず、コトちゃんが一番なこと」
「え? パパ、淋しいの?」
「じゃなくて、自分よりコトちゃんを優先すること。あんなに具合悪いのに学校には絶対行くって言いはるし。もう少し自分を優先してくれてもいいのに」と言った。
「まぁ。…でも私も不思議だから聞いたんだけど、ママの私好きって、それってもう個性みたいなものだから」と私は前世の話はややこしいから説明しなかった。
「個性?」
「そう。ママの個性だから。見守ってあげて。私もそうする」と言うとパパは笑った。
「コトちゃんが好きなのは個性?」とおかしそうに笑いながら「そう言えば、そうかも。そのおかげで結婚出来たようなもんだから」と言った。
「…じゃあ、まぁ、パパも私に感謝して、そこは目を瞑ってあげて。体調に関わることはやんわり言い聞かせてあげて」
「そうだね。ママの好きなようにしてもらうことにする」と笑いながら諦めてくれたようだった。
「ママのどういうところが好き?」
「今日はやけに聞いてくるなぁ。コトちゃんと一緒だと思うけど、失敗した時とか慌ててて、特に可愛いと思う」
「分かるー。美人なのに、普通に慌てるよねぇ。うん。その時はすごくかわいいって思う」
私とパパはママが料理を失敗して慌てている姿を二人でにやにやと見てしまっていた。これから二人で目配せしてしまうだろうなと思うと、それも楽しくなった。
「今日ね。担任の先生と…川上コーチが結婚するって聞いたんだ。それでちょっとなんか夫婦って何なのかなあって…」
「え? 不倫してたのが?」
「そうなの。赤ちゃんもできてたみたいで。川上さんのところに子どもいなかったみたいで…」
パパはため息を吐いた。
「…上手く行くといいなぁとしか言えないよ。失敗した俺がどうこう言えることないけど」
「失敗だった?」
「幸せにできなかった時点で失敗だったけど、でもコトちゃんがこうして生まれて来てくれて、失敗の中にも大きなお宝があるから…。人生そういうものかなぁって思ってる。失敗にも成功にもお宝があるんだよ」
「ふうん」
私は分からないけれど、自分がお宝と言ってもらえたことは素直に嬉しい。前のママだって悪い人ではなかった。まぁ、いろいろやってしまったことはあるけれど。
「私もパパとママみたいな家族を作れるように頑張る」
「いや、コトちゃんはまだうちの家族でいいから。ゆっくりしてって」とパパが真顔で言った。
光君にすぐに結婚したいと言われていることは口が裂けても言えない。
「だって、個性でコトちゃん好きなママが…魂抜けてしまうよ?」
「…だ、大丈夫だよ(多分)」
ママがお風呂から出てきた。
「二人で片付けてくれたの? ありがとう」とまたうるうるしている。
「これからいつもそうするからね」とパパが言う。
「たまにはママもコトちゃんと一緒にさせて欲しい」と言うから二人で笑ってしまった。
「え? 何? どうしたの?」とママだけが分からない様子で焦っている。
その様子も可愛くて、また二人で笑ってしまう。
「ほら。コトちゃんいなくなったら、どうしたらいいんだ?」と横でパパが言うから「何とかなるでしょ?」と言っておいた。
「聖、髪の毛、乾かすから、座って」と言って、パパは洗面台に行ってドライヤーを取ってきた。
私はキッチンから二人が髪の毛を乾かすのを眺めている。パパはかなりママが好きみたい。前のママと喧嘩していたパパを知っているから、なおさら不思議だ。
二人の相性がいいのか、パパが反省して成長したのか、その両方なのか、分からないけれど、とにかく今の家族が私は大好きだ。
そんな二人に温かいお茶の時間を用意した。パパはコーヒー、ママはルイボスティ。私はその二つをトレイに乗せて、リビングのテーブルに置くと、邪魔にならないようにお風呂に入ることにする。スマホを見ると、明日は雨の予報だった。光君からメッセージが届いている。
『明日、迎えに行くね』
雨でも、光君は来てくれる。その気持ちが温かく感じた。
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