第6話

幽霊部員


 学級閉鎖は三日続いて、土日を挟んで結局、五日になった。それでも担任の休みは続いた。副担の先生は思ってたより厳しくて、クラスの雰囲気は変わった。私は渡辺さんと中田さんと友達になれて、昼食時間も楽しく過ごせるようになった。


 もちろんあれこれ言う人はまだいたけれど、光君が遠慮をしてくれるようになって、休憩時間は来なくなったから、気が楽になる。光君とは登下校だけ一緒で、それも他の友達も一緒に帰るようになって、他の男女がいるから、私が目立たなくなった。




 ゴールデンウイークも終わったというのに担任は姿を見せない。入院しているらしいが、病名ははっきりしないらしい。


 みんなで下校する前に廊下で話していた。光君のクラスが終わるまで参加することにした。


「なんだろうね?」と渡辺さんが言う。


 副担からの説明では具合が悪いとしか聞いてなかった。


「あの担任、うちのお姉ちゃんの時、隣のクラスの担任だったらしいんだけど。エコ贔屓がすごくて嫌われてたよ」と中田さんが教えてくれる。


「そっか…」と私は自分がターゲットになってたことに気が付かなかったけど、知ってしまったら悲しくなった。


「病院に入院してるのかな」と渡辺さんが心配した。


「さあ。でも誰もお見舞いに行かないんじゃない? 水泳部の顧問でしょ? 水泳部のみんな来なくてよかったって喜んでるって」


 中田さんはお姉さんがいるせいなのか、情報通だ。


「そういえばさ…。水泳部の部室…出るんだってー」と渡辺さんが言った。


「出るって?」


 恐る恐る聞きくと、想像どおりお化けが出ると言う話だ。


「あー、私も聞いたことある! その呪いだったりして」と中田さんが言う。


「呪い…」と私は呟いた。


 灯君なら分かるだろうか、とふと思って、あまりそんな話に彼を関わらせるのはよくないと思った。


「幽霊だってさ。前は生きてた人間なんだから、たいして変わらないよ」と後ろから光君の声がした。


「えー」と渡辺さんが驚いた声を出す。


「中崎君…幽霊怖くないの?」


「うーん。まぁ、通りすがりの人、怖くないの? というのと一緒でさ、怖い人もいるし、怖くない人もいるって感じかな?」と中田さんに説明するけれど、よく分からないと首を傾ける。


「ねぇ、今から水泳部の部室行かない?」と中田さんが言う。


「行って、どうするの?」と私が訊いてみたけど「行ってみるだけ」と中田さんが言うから、四人で行くことになった。


 水泳部の人が着替え終わって出てくる。


「男子? 女子? どっち?」と光君が二人に聞く。


「男子だったかなぁ。女子かなぁ」と渡辺さんも中田さんもはっきりしない。


「で、どうやって入るの?」と私が言うと、中田さんが鼻をつんと上に向けて「私、新聞部だから。クラブ紹介しなきゃいけないの」と言った。


 どうやら中田さんの新聞部の活動に付き合わされたようだった。でも三人ともとりあえず、クラブ活動を紹介するという体で取材に付き合うことにした。


 五月の日差しは厳しくて、肌が焼けそうなくらいだ。プールサイドに並んでいる水泳部員にクラブ紹介をしたいから取材させて欲しいと中田さんは話しかけた。


 部長を紹介してもらい、集合写真を撮ったりなんかする。メモを取り出し、活動日や、功績などを聞いていく。ごく普通の取材だ。


「…あの、ですね? ちょっと噂になっていることがあるんですけど…。幽霊が部室に出るとか…」


「あー、部室っていうか、更衣室だね」と当たり前のように部長が教えてくれた。


 男子の更衣室で、一人きりだと異変を感じると言う。全てのロッカーが閉まっているのに、開く音がしたり、立てかけてる物が落ちたりするという。


「まぁ、そういうのってさ、ビート版が倒れたりするんだと思うんだけど、そういうことってよくあるじゃん? 気のせいだと思うんだよね。でもまぁ、みんな嫌だから、絶対一人にならないようにして行くんだけど…。なに? そんなことも書くの?」


「えー。ちょっと違った見方から紹介したくていろんな話を聞きたいんです。今、顧問の方がお休みされてますけど」


「あー、これはオフレコでお願いだけど、みんな来なくてせいせいしてるよ」と部長は言った。


「どうしてですか?」


「だって、気分でいろいろ変わるし。イライラしている時は本当に八つ当たりが激しくて。何だか大人とは思えないよなぁって」と言って、口に人差し指を立てた。


 部長が


「今日は外部コーチが来てくれるんだけど…。その人が好きなのか、その人に喋る時だけ高い声なんだよねぇ」


「へぇ。外部コーチなんてすごいですね」


「…うん。ここの卒業生だけどね。バタフライの名手で、結構、早いんだよ? オリンピックに手が届かず…だけど、水泳界ではまぁまぁ有名で…。ほんと、あと一歩ってところでさ…。だから…あ、来た来た、あの人、川上コーチ」


 私は「え?」と思わず声を出してしまった。


 振り向くと、精悍な顔立ちと筋肉質で日焼けした三十代の男性が足早に近づいてきた。


「こんにちは」と部長が挨拶をする。


「やあ…。柔軟は?」


「あ、すみません。今、新聞部の取材を受けてて」と部長が言い訳をする。


「コーチ。今、コーチの素晴らしい経歴を聞きました。今年の部員たちはどうですか?」と素早く中田さんがフォローした。


 褒められてまんざらでもない顔をして


「みんな、頑張ってると思うよ。でもまだまだ努力しないとね」と白い歯を見せて笑う。


「じゃあ、練習に戻ります」と部長が言うから、中田さんが更衣室の取材をしていいかと聞いた。


 コーチの前では長話したくないらしく、頷いて鍵はプールの柱にかけてある、と教えてくれた。私たちは早速男子更衣室に向かう。


 光君はもう見えないと言っていたから、何も分からないだろうけれど、とりあえず四人で向かった。コンクリートブロックを積み上げた部室は暗くて、小さな窓が一つだけ光を集めていた。私は少し嫌な気持ちになる。川上さんと言う名前が一致していて、灯君が言っていた不倫相手かもしれない。状況的には多分そうだろう。


「出よう」とすぐに光君が言った。


「え?」と二人が聞く。


「今、連射で写真撮ってみなよ」と光君が言うから、二人はスマホで写真を撮った。


 外で見た方がいいと言うので、部室から出てみると、二人の写真にはハレーションを起こしたような白く光るものが写り込んでいた。


 悲鳴も出ずに二人は震えだす。


「なに、これ」


「噂じゃなくて、本当にいたんだよ。幽霊部員が」と光君が言った。

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