第12話 ミリンダさんには褒められる

 ようやくたどり着いた本陣で遅い夕食を食べていると、上機嫌のミリンダ少尉がやってきた。


「いやあ、ゾーヤさん、ターラーさんよくやってくれました」


 ゾーヤとターラーは顔を見あわせる。


「クランク師に追いかけられただけなんですが」

「ああ、そういう事かね」


 ゾーヤは気が付いたようだ。


「ええ、ええ、ここの所のクランクは英雄豪傑を倒すのに夢中で戦線を離れなかったんです、久しぶりに戦線を割っての進軍でした」

「なんでそれが良いんですか?」

「ターラー、軍はみんなで戦っているでな。クランクが敵陣深く潜り込むと、前線の部隊を動かして敵陣地を攻められるんだよ」

「あーあー」

「良い陽動になってくれたということです。クランクは一度目をつけるとなかなかターゲットを変えませんので、しばらくはお二人が狙われると思います」

「ぎゃーー」

「今日はなんとか、ターラーの火炎噴射で逃げたけどな、あれは危ないんだよ、次は死ぬかもしれん」

「ええ、なので、陣地の後方に箒魔女を二人置きます、クランクは飛べないので、それで逃げてください」


 飛行魔法はまだ怖いターラーであったが、まあ、そんな事も言ってはいられ無いので反対はしなかった。


 次の日も「クランク来来」の警告と共にクランク師が突撃してきて、ゾーヤとターラーは命からがら逃げ出して、戦線の奧で待っていた箒魔女の後に乗り込み空中に飛び立った。

 一応安全マージンは取ってあるとはいえ、塹壕に落ちたり、ぬかるみに足を取られたりしてクランクに追いつかれたらそれで最後であるし、命を賭けた追いかけっこが三日ほど続き「クランク来来」は止まった。


「どうしたんでしょうかね?」

「連日本陣を攻められたから、ランドランド上部が怒ったのだろうねえ」

「そりゃそうですね」


 来来して来なかった夕暮れ、ターラーはミリンダ少尉に聞いて見た。


「やっぱり、クランク師、怒られましたかね?」

「まあ、結構本陣に打撃を与えましたのでね、こちらとしては上層部に戦果を報告できてありがたい事です。まだしばらく箒魔女は後方に置いておきますからね」

「保険ですね、おねがいします」


 ターラーはランドランドの本陣の方向を見た。


「クランク師を倒そうとかしないんですか?」

「あはは、戦争初期はそれはまあ沢山の試行錯誤を重ねましてねえ、毒だ面攻撃だ遠距離狙撃だとやりましたが……、駄目なんですよ」

「駄目なんですか」

「ターラー、この戦線は十年続いてる。クランク一人で戦線を持たせてるんだ」

「ひえ!」

「本当に戦場では無敵のお方ですから。でもまあ一人ですし、ランドランドの軍の規模も小さいのが助かりますね」


 二流の軍隊を十年支える、超一流の軍の魔女なのかあ。

 すごいけど、わりと迷惑な人でもあるな。

 ターラーはそう思った。


 その後は「クランク来来」も無く、ゾーヤとターラーは牧歌的な戦場生活を満喫した。

 まあ、それでも人死には出ているから牧歌的というのは良く無いのだが火魔法の射程での戦いは意外に現実味が薄い。

 わりと単調でもあるし、敵の軍が攻めて来たら撤退して押し包むように友軍が平らげる。


 そんな感じで三ヶ月の傭兵契約は終わった。

 ミリンダ少尉はもう三ヶ月と拝むように言ったがゾーヤはターラーに色んな仕事をみせてやらねばならんので、と断った。

 思ったよりも沢山の賃金が出て、ゾーヤはそれをターラーと山分けにしてくれた。


「師匠の方が多く取ってくださいよ」

「なあに、ターラーの方が働いたさね」


 ターラーはなんだか一人前になってようで嬉しかった。

 とはいえ、ぼっちゃんから脅し取った金貨よりは少なく、そして博打で擦った金貨よりも少なかった。

 博打は一生涯やるまい、とターラーは心に誓った。


 寝所も良く、飯も美味しくは無いがたらふく食べられて、風呂もあった、良い現場であった。


「また、稼ぎに来ましょう」

「ターラーが良いならな」


 師弟は街道を行く。


「次はどこですか」

「リンデンの王都、工房で火魔女を雇ってる所がある」

「おお、工業ですか、師匠は何を?」

「私はガラス細工工房で切り子細工さね」


 そう言ってゾーヤは鞄から切り子細工のぐい呑みを出してみせてくれた。

 繊細なカットが沢山付けられた素晴らしい物だった。


「すごーいっ」

「良い出来だろ、へへへ」


 ゾーヤは得意そうだった。


 街道を歩く二人を追い越して馬車が止まった。


「おお、おめえら、カドモシ市まで乗ってくか?」

「げええっ、クランク来来!」


 馬車から顔を出したのはクランク師であった。


「戦争はいいのかよ、クランクよ」

「なあに、ちょっとぐれえはな、さあ、乗れ乗れ、ターラーも警戒すんな、戦場の外で斬らねえよ」

「そいじゃ、カドモシまで世話になるよ、まあ、思惑もあるんだようがよ」

「へへ、ゾーヤは気が回って良いな」


 二人が豪華な馬車に乗り込むと片足を怪我した貴族の少年がいた。


「こんにちは、ゾーヤさん、ターラーさん、ランドランドの王子クリフトと申します」

「げええっ、王子様」

「ターラー無礼だよ。すんませんね、うちの弟子は山出しで礼儀がなっちゃいないんで。お目こぼしねがいますよ」

「もちろん、ここは宮廷ではありませんから」


 気さくに笑う美少年を見てターラーは、ぽっとなった。


「カドモシの大神殿に伝手あるよな、ゾーヤ」

「ああ、あんよ、ああ、クランクは無いのか」

「そうよ、王子さんの怪我を見て貰おうと思ったけどよ、伝手が無いとな、ランドランドは小国だしよ」

「馬車代の代わりに紹介しろってか、まあいいよ」

「ありがとうございます、ゾーヤー師」


 豪華な馬車はカドモシ市を目指して走っていく。

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