第7話 駄目な弟子を持つという事

「うう~、ぎぼちわるいです~~」


 ターラーはエールの飲み過ぎで潰れて、ゾーヤに背負われてテントに向かっていた。

 満月が天頂に掛かっていた。


「ししょ~、ごめんなさい、ごめんなさ~い」

「まあ、最初だから仕方ねえさ、おいおい覚えろな」


 二人のテントに着いて、ゾーヤはターラーを寝床に押し込み、胸元を緩めてやった。


 ターターは毛布に潜り込んで両目に手を置いてひーんと泣いた。


「なんで泣く」

「お、思ったより、私、何にもできなくて、し、師匠に迷惑ばっかり掛けて、駄目駄目で」

「あっはっは、魔女を始めたばっかの新人が何をいいやがるか」

「ひーんひーん」


 ゾーヤもブーツを脱いで寝台に潜った。


「弟子は師匠に迷惑をかけるもんさ。あたしなんざ、鉱山の華屋の私生児だったからねえ、何もかんも知らなくて、よく師匠に怒られたもんさ」

「でも、私は字も書けないし読めないし、色々何にも知らなくて……」

「覚える覚える、十年もすればターラーもベテランの魔女さまで、みんなに一目置かれるだろうぜ」


 ゾーヤは出自が出自なので、最初の頃は野良犬の方が上等ぐらいな感じだった。

 メリン師匠が笑いながら、時に怒りながら、字を教え、魔女の交渉の方法を、契約を守るという事を、旅人の心得を、魔女に必要な事をみっちり教えてくれた。


 苦しくて唸っているターラーを見て、メリン師匠が、どうして親身になって教育してくれたのかという長年の疑問が解けた。

 弟子に物を教えるのは嬉しいのだ。

 自分が良くして貰った分、ターラーにも良くして上げようとゾーヤは思うのであった。


 ゾーヤは天井に吊したランタンの火屋を開け、息を吹きかけて灯りを落とした。


 夜市はまだ続いていて、外ではどんちゃんどんちゃんと楽曲が遠く聞こえる。

 ターラーの息づかいが落ち着いてきて、二人は眠りに落ちた。


 ターラーは目を覚ました。

 頭が膨らむ感じで、鼓動に合わせてズキズキと頭が痛む。


 テントの入り口は開いていて、朝の光が差し込んできた。

 今日も良い天気のようだ。


「あったま痛い」

「おはよ、これ飲め」


 ゾーヤが木のカップに入った赤い液体を渡して来た。

 ツンと酸っぱい匂いがする。


「なんですかー、これー?」

「メイゴンの実のジュースだ、二日酔いに良い」


 一口、口に含んでみた。

 凶悪な酸っぱさがターラーを襲った。

 吐き出しそうになったが無理に飲み込んだ。


「あ、なんだかスッとしました」

「魔女たちは深酒したら、これを飲むのよ」


 酸っぱいけど、我慢してターラーはメイゴンジュースを飲み干した。

 ゾーヤはテント前の焚き火でソーセージと卵を焼いていた。

 ターラーの分を皿に取ってやり、焚き火で焼いたパンを添えた。


「ありがとうございます、えへへ」

「たんとお食べ」


 ゾーヤは、ケトルからお茶をカップに注いでターラーに渡した。


 焚き火の前でターラーは朝ご飯をぱくついた。

 農民の娘だった頃は貧相なおかゆとか薄いスープとか、あまり食には恵まれてなかったが、魔女の弟子になったら、美味しい物をいっぱい食べられるので嬉しかった。


 本日のターラーの予定は昼までテント周りの掃除とかメンテナンス。

 午後から火の組合で練習。

 晩ご飯を食べた後は、エリカちゃんと一緒に夜市を遊び回る予定である。


 ゾーヤのテントはメリン師匠の師匠があがなった高級品で、風を通さず暖かい。

 長旅でいささかくたびれてもいるので、天布の補修やほつれている所を直した。

 あと、テント場であるが、自分達の区画以外の通路や便所などを順番で掃除する義務がある。

 ゾーヤとターラーは黙々と働いた。


 お昼は飲食テント街に行き、ヌードルを二人で食べた。

 ターラーはヌードルを初めて食べたが、スープと一緒に小麦粉の麺を食べるので体が温まった。


 午後はそれぞれの組合で魔法の研鑽である。

 と言っても、ターラーは教わる方で、ゾーヤは教える方だが。


 晩ご飯はまた魔女酒場のテントに行った。

 さすがに今晩はターラーも用心してエールは一杯だけにしておいた。

 魔女酒場の料理は、まあまあであった。


 晩ご飯が済むと、エリカちゃんと一緒に夜市に繰り出した。

 ゾーヤとソーニャは飲みながら、おしゃべりをするという。


 夜市は毎日色々な催しがあって、飽きさせない。

 歌ったり踊ったり、とても派手だ。


「カジノって、何だろう」

「賭け事をする所ねっ」

「そうなのねっ」


 一時間後、魔女酒場でターラーはゾーヤに土下座をしていた。


「師匠、お金を貸してください、もうすぐ出るんです、倍にして返しますから」

「私も私も、ルーレットの目が寄り初めてるんですっ」


 ゾーヤとソーニャはタイミングを合わせたように、ターラーとエリカの後ろ頭を叩いた。


「「痛いっ」」

「メリン師匠に教わった博打の必勝法を教えてやんよ」

「私もタッカー師匠に教わったわ」

「「博打はやらないのが一番儲かる」のよ」

「そんな~~、お金がお金が」

「ふえええええん」


 ターラーとエリカは泣いた。

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