第2話

 中学の頃、初めて友人達とカラオケに行った。

 その際、歌を絶賛された。

 恥ずかしさはありながらも、それが嬉しく心地好かった。


 流石に『歌手になりたい』とかまでは考えなかった。


 なのに何故、動画配信をしてみようと思ったのか?


 結局そこには”変身願望"や”承認欲求”が在ったのだと思う。



  ◇  ◇  ◇



 その第一歩を踏み外した事に落ち込んでいた。

 隠れた高校デビューをしようと思ってたのに。


 「おはよっ!遠月さん!」


 声を掛けられ、キョドる。


 「え!っあっぁ。はい。お、おはようございます」


 前澤さんだ。


 「どおっ?使えた?」

 「はっ、はい。一応……」

 「すごっ!私あーいうの、苦手だから」

 「えっ、いぇ。それほどでも……」


 あの後結局、真実を話した。


 「でも、ちょっと意外で……やっぱ意外」

 「あっ……あのっ!昨日も言いましたけど、ぜ、絶っ対に秘密でお願いします!!」

 「大丈夫!誰にも言わないよ……けど、どんな歌声かは気になる」

 「いえいえいえ、そんな……場末の野良犬の断末魔の慟哭みたいなものです」

 「ははは、何それ?」


 確かに意味不明。

 恥ずかしい。

 そんな表現をしてしまった原因は家族にある。


 演歌が大好きな祖母。

 元ヴィジュアル系バンド追っかけの母。

 メタル系バンドのギタリストだった父。


 幼い頃からやや偏った趣向の音楽を聴かされ続けていた。

 友達と好きな音楽の話をしてて、そこはかとない違和感に気付いたんだっけ……。


 「いえいえ、本当にお粗末で……」

 「じゃあ、今日一緒にカラオケ行こう!秘密にする条件として」

 「ぅええっ!!?」



  ◇  ◇  ◇



 カラオケに来た。


 仲が良いとまでは言えない相手と二人でカラオケは気まずい。

 私は前澤さんの対面の席に座った。


 「飲み物注文する?」

 「あっ、え、はい」

 「何飲む?」

 「う、烏龍茶で」

 「オッケー」


 前澤さんは端末を操作する。


 「曲入れる?」


 この後、店員さんが結構早く飲み物を持って来るのは知っている。

 歌っている時に持って来る可能性も高い。


 「飲み物がきてからで……」

 「じゃ、私から歌うね」


 前澤さんは端末を操作する。


 モニターに曲名が表示される。

 あっ、母が好きな曲だ。



 前澤さんが歌い出すと、ほどなくして店員さんが飲み物を持って来た。

 だが、まるで気にすることなく前澤さんは歌い続けた。

 私なら歌を止めて、去るのを待つのに……。


 肝心の歌は……良い意味で普通。

 ただ、その肝の据わった態度により、格好良く見えた。



  ♪  ♪  ♪



 前澤さんが歌い終え、私は拍手をした。

 『無難な対応だなぁ』と、思う。


 「ありがと。じゃ、次は遠月さんね」


 前澤さんは笑顔でマイクを向けてくる。

 流石に断り辛い。


 「ででで、では歌ってみます」


 震える手で端末を操作し、送信ボタンを押した。

 曲が流れ始める。

 曲が流れると、何故だか落ち着くのだ。



  ♪  ♪  ♪



 歌い終え、我に返った。

 前澤さんは拍手をするでも、褒めるでも無かった。

 不安気に前澤さんを見ると、目を丸くしていた。


 「あっ、えっ、すみません。すみません」


 よく分からぬまま頭を下げた。


 「……じゃなくってっ!遠月さん!凄くねっ!?」

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