わからないもの

琴吹ツカサ

わからないもの

 わからないもの、紙に描かれた自分の顔。


 頭の悪い女が、服をしっかり着て歩きまわっているのが、わからない。

 母に抱かれる幼児が、静かに寝ているのも、わからない。


 投げつけられた石、街灯の明かり。

 なにもかも、わからない。


 髪を長く伸ばした幼児が、目に髪が覆いかぶさっているのを、払いのけもせず、首を傾げているのは、かわいい。

 かわいらしい幼児が、ほんの少しのあいだ抱いて、可愛がっているうちに、しがみついて寝入ってしまったのは、実にかわいい。


 四、五人の大人たちが、駆け寄ってくるのは、わからない。

 四十代ほどの男が、小さな風船を、目ざとく見つけて、とても節くれだった指でつまみ、大人たちに見せている、実にわからない。


 人を模した風船を紐で括り、いくつも吊し上げ、見せしめにする様は、おもしろい。

 笑うと、大人が踊り来る。わからない。


 腕をつかまれ、地面の塵を噛まされる、わからない。

 

 黒塗りの法服を着た男が、死を宣告した、わからない。

 誰も、私の言葉を聞いていない、わからない。

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わからないもの 琴吹ツカサ @kotobuki_58

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