人の幸せを食べて生きる
ちむる
人の幸せを食べて生きる【読み切り短編】
江戸川区の飛び地みたいになっている平井地区にほど近い荒川の土手、多くの人がジョギングをしたり、自転車を飛ばしたりするいつもの光景。
その光景に、最近一人の男の子が加わった。
その男の子はぱっと見18歳前後。
やや童顔で、高校生にも見えれば大学生にも見えなくもない。
いつも白いワイシャツと黒か濃紺のスラックス姿だ。
よくあるスポーツメーカーの背負うタイプの赤い鞄を脇において土手の高いところに座ってぼんやりと遠くを眺めている。
その男の子の存在に気づいたのはひと月くらい前だろうか。
チビという、飼い始めた当時は手のひらサイズと言わんばかりに小さかったから安直にチビと名付けてしまった、今や手を広げるほどのサイズになってしまった飼い犬に引きずられるように散歩をしていたといつものある朝。
大学に行く前にしている毎朝の散歩の時間。
温暖化の影響かもう3月下旬にもなれば暖かくなり始めたその時期からだ。
チビがその男の子に気づいてじゃれつきに行こうとしたのを、足を踏ん張って何とか制したとき、チビの視線の先にその男の子がいたのだ。
彼我の高さはざっと4メートルというところか。
「やめなさい!チビ!ダメ!」
と紐を引っ張りチビを何とか制御下に戻して、今のご時世だからその男の子には聞こえるか聞こえないかくらいの声で「すみません」と言ってその場を立ち去った。
それから、来る日も来る日もその男の子はそこにいた。
さすがに雨が降っている日はいなかったけど、いい感じに晴れた今日は男の子はそこにいた。
チビはその男の子がやはり気になるようで、今日もじゃれつこうとするチビを先制してとどめたとき。不意に声が聞こえた。
「なああんた」
「へっ?」
やばい、チビがいつも迷惑をかけているから何か言われる!!
「今日はもう帰った方がいいぜ」
「はい?」
唐突に言われたそんな一言。
「騙されたと思って回れ右して家に帰れ」
「何言ってるんですか?見ての通り散歩中なんですが」
「いいから。帰れ」
気持ち悪かった。
初めて直視したその顔は、童顔だという印象はそのままだったし、不細工というわけではなかったんだけど、なんか暗く、これを初対面で見ていい印象を受けるという人はいないだろうという顔をしていた。こう、何か違うのだ。その何かが何なのか説明はできないが。
だから、このご時世、この若者は何かやばいことをしたのかもしれない。
あるいは、毎日のようにチビが迷惑をかけているからひょっとして私の家をストーカーして突き止めようとしているのかもしれない。
そう思い至り、散歩を続けることは危険だが、まっすぐ帰ることも危険と判断し、回れ右はするものの迂回して帰宅することを即座に決定。
いつもお巡りさんがいる交番の前を通過できるルートを脳内で選定し、急ぎ帰ることにした。
「……ええ、そうします。チビ、帰るよ」
不服そうな態度を見せるかと思ったチビがすんなり回れ右したのが不思議なところ。
そして私は、普段曲がらない道を曲がり、時々で振り返り尾行されていないことに注意を払いながら、家を目指した。
タイミングよく蔵前橋通りの大通りの横断歩道の信号が点滅しているときに走って道路を渡り、振り返っても尾行者はおらず多くの車が行き交うようになったのを見計らって、住宅街の細い路地に飛びこんだ。
さすがにもうここから先は追ってこられないだろう。いくら変態でも交通量の多い大通りを赤信号で突破してくる命知らずなチャレンジャーではないだろうから。
毎日の駆け足散歩でそれなりに長距離走はできる。距離も時間も稼げた。
そこから多少迂回したが走って旧中川をわたり、墨田区内に入って、もし尾行されていたとしても完全に撒けたと確信して、家路を急いだ。
***
家についた私は、さっきの男の子に、死ぬほど感謝した。
玄関を開けたら、母が倒れていた。
意識がないことを確認した瞬間に救急車を呼び、曳舟にある救急病院に運ばれた母を診たお医者さんから聞いたのは、あと10分遅れていたらまず助からなかっただろうということ。
しばらく入院が必要だが、退院後は普通に暮らせるだろうとも。
その10分は、普段の散歩をしていたら絶対に間に合わなかった時間だ。
つまり、私は、あの男の子に助けられた。
付き合いのある親戚はいないわけではないが、私の家族は母とチビしかいない。
父はとっくに他界していて、母を亡くしていたらどうなっていたことか。
だから決めた。
あの男の子に多少の何かがあろうとも、お礼をしようと。
チビがいつも迷惑をかけていたであろうことも事実だ。少しのことは我慢しようと。なに、もし悪いことが何かあれば、散歩コースを変えればいいだけだ。江戸川区や墨田区という土地でも、生活圏を変えるだけで会わなくて済む人とは会わなくて済むのだから。
江東区方面や押上方面に散歩コースを変えてもいい。
だから、まずはお礼を。
***
数日後の朝、母の入院に伴いおろそかになっていた散歩に久々にチビを連れ出し、ようやく散歩が出来たと息まくチビに引きずられるようにあの場所に赴いた。
私の手元には昨日丸の内で買ってきた人気のお菓子が入った小さな紙袋がある。
そして彼は今日もそこにいた。
いつもは黙って通過することを心掛け、チビが彼に走り出すのを頑張って止めているのだけど、今日は最初から彼に向き合った。
「あ……あの!」
荒川の対岸を見ていた彼の視線がこちらに向く。
「よう、その様子だと、悪いことにはならなかったみたいだな」
「はい……帰れと言ってくれたおかげで、家族を助けられました」
「そうか」
「これ……」
「ん?」
「お礼です」
「お、サンキュ」
段々になっているコンクリートを彼のいる高さまで上って手渡したそれを、彼は躊躇いもなく受け取った。中身をとりだし、クッキー缶の裏を一瞥して「お!」という顔をした。
「食べていい?」
「ええ、どうぞ」
「ん」
いつも行列ができている人気のキャラメル味のクッキーを彼はもぐもぐと食べている。彼の脇には開けられたクッキー缶と、個包装がいくつか。風がないのが幸いだ。風があればゴミが飛んで行ってしまうところだ。
今日は聞いておかないといけないことがあったから、彼の隣に座る。なに、彼は母の恩人だし視界には朝のジョギングや犬の散歩、あるいは通勤通学と思われる人たちもいる。
何かあっても最悪なことにはならないだろう。
「ねえ、一つ聞いていいかな」
「もぐもぐ……なんだ?」
「どうして、わかったの?」
「なにが?」
「だから、私の家族が大変なことになってるって」
「……そんなもん知らないぞ」
怪訝な顔をして考えた顔をした口から発せられたのは意外にもほどがある答えだった。
「え?じゃあ貴方があの日帰れって言ってくれたのは偶然?気まぐれか何か?」
「それも違う」
「どういうこと?チビ……この子チビっていうんだけど、チビが普段迷惑をかけていたから帰れって言ったの?」
「違う。お前は家に帰るべきだったから、そう言っただけだ。あとそのデカさでチビ?ウケる」
クスクスと笑われてしまった。
まあチビのことは正直私もそう思ってるからいいとして、彼の言っていることの意味が分からない。
「じゃあ、なんで私が帰るべきだって思ったの?家族のこと知ってたんじゃないの?」
「いや?お前が何人家族かも知らないし、興味もない。ただお前は帰るべきだった、それだけだ」
私は禅問答でもしているのだろうか。5月の連休を目前とした陽気に気持ちよさそうに隣で丸くなっているチビを撫でながら、何とか理解に苦しむ彼の言動を読み取ろうとする。
でも、もくもくとクッキーを食べ続け、鞄から紅茶のペットボトルを取り出して渇きを潤している彼の姿にヒントなどあるわけがなく、わけがわからなくなった。
「……じゃあ、なんで私が帰るべきだと思ったの?どうしてそう判断したの?」
「んー、そうだな」
偶然とか、適当とか、そういう返事が来るかもとその時までは思っていたけど、そんな返事はなかった。
変ななぞかけだ。
「信じないかもしれないが、俺は人の幸運が見えるんだ」
「幸運が……見える」
「そうだ。今のあんたには特に幸運はないから何も見えない。だけどあの日、お前に帰れと言ったあの日は、確かにお前に幸運が見えた。ただその幸運は薄まり始めていた」
「……」
「あんたが、普段通り散歩をして、普段通りに帰っても同じ結果になるのなら、俺には何も見えない。今日みたいにな。だがあんたを背後から引っ張るように、薄まりつつあった幸運が見えた。それだけだ。だから帰れと言った」
「そう……」
”ちなみに俺自身のは見えないんだけどな”と彼は付け加えたけど、私はこれでも見切りが早い方だ。
多分、彼にこのことを聞いても全くわからないだろうし、わかる見込みもないだろう。
だから話題を変えた。
「ねえ、話変わるけど、貴方、名前は?見た感じ高校生?通学途中にここでのんびりしてるって感じ?」
高校生にしては制服じゃない。むしろサラリーマンが夏に着ている上ワイシャツ下スラックスという服装だ。
鞄もその辺で売ってるような見たことあるやつだし、通信制とかだろうか。
「いや、高校生じゃない」
「じゃあ大学生なんだ」
「それでもない」
「……じゃあ、何?ちなみに私は二十歳の大学生。都心の大学に通ってる」
「どれでもない。どこかに所属もしてないし、働いてもない。気ままに生きているだけだ」
「え、じゃあどこに住んでるの?」
「住んでない。漫喫とかを転々としてる。念のため言っておくと銭湯は毎日行ってるし洗濯もしてるからな」
「そ……そう。ご両親は?ご家族は?」
「そんなものいない」
「……本当に?」
「ああ」
「じゃ……じゃあ、どこで生まれたの?いつまでご家族と一緒にいたの?」
「さあ。この世にないもののことを言われてもなあ」
「なら、今いくつ?」
「年齢?知らない。いくつに見える?それでいいよ」
ざっと17か18に見える。
髭はないし皺も目元のたるみもない。きっと一昔前で言えば間違いなく未成年だろう。
「えっと……17とか18とか」
「なら18にしとくか。18歳が成人なんだろ?ならその方が便利だ」
「いやいやいや、自分の年齢もわからないの?本当に?」
「ああ。なんなら俺には戸籍もない」
「へ……?」
「だから学校なんか行ったことないしな。言葉も何もかも全部自分で覚えた」
信じられない。今時そんな子がいるの?
***
初めて話をする相手に対する話し方が正直なってないと思ったけど、口が悪いだけで悪い子じゃないと思った。
だから、話している内容が本当なら時間はあるだろうと言って、10時半頃にここにいてほしいと伝えて一度別れ、チビを家に置いてここに戻ってきた。
「お待たせ。いてくれたんだ」
「ああ。待ってろって言ったのはお前だろ?」
「ええ、じゃあ行きましょうか」
「どこへ?」
「どうせまともなもの食べてないんでしょ?食事よ食事」
ちなみに今日は講義がなくて暇な日だ。彼を駅前の飲食店にでも連れていくべく歩き出した。そうだ、えっと……
「ねえ、貴方、名前は?」
「名前?」
そう言えばさっき答えてくれていなかった。
「そう。なんて呼んだらいいのかわからないわ。名前くらいはあるでしょ?」
「……るい」
「瑠偉?」
「そう、るい」
「わかった。瑠偉ね。18ってことにしたんだから貴方私より年下だから遠慮なく呼び捨てさせてもらうわよ」
「好きにしてくれ」
「ちなみに私は紗季。よろしく」
「ああ、サキ。よろしく」
年上を呼び捨てにするな。まあいいけど。
というわけでやってきた駅前のパスタ屋。まだ開店直後で最初の客になった。
ここは私のおごりだ。母の命のお礼をクッキーで済ませるようなことはしない。
それぞれが好きなものを注文して配膳を待つ。
「ねえ瑠偉」
「なんだ?」
「貴方の言うことが本当なら、どうやって生きてるの?家もないならきっと収入もないわよね。土方か何かの日雇いバイトでもしているの?」
もし仮に家も家族もなく、満喫に通い銭湯に行っていて洗濯もしているなら考えられるのはそれしかない。だってそれらにもお金はかかるからだ。
「いや、そうじゃない」
「ならどうしてるの?それとも今まで言ったことはみんな嘘?」
「俺は今までサキに嘘をついたことはないが?」
「じゃあどうしてるのよ。生きる以上最低でもお金はいるでしょ?」
そう問いただして出てきた回答は、これまたおかしなものだった。
「俺はな、人の幸せを食べて生きている」
「……は?」
「正確に言うと、人の幸運を食べ物にしているってところだな」
瑠偉は思った以上にやばい相手なのかもしれない。
「へえ、でも運勢って食べ物じゃないよね。仙人が霞を食べるみたいにできるの?」
「なんだそれ。んー、そうだな。今日がいい具合にそうなるかわからないが、後で見せられたら見せてやるよ。さ、飯が来たぞ」
そうして運ばれてきたパスタ。
私はたらこスパゲッティ。
瑠偉はペスカトーレ。
「洗濯にお金がかかるなら跳ねないようにね」
「大丈夫さ。食べ方には自信があるんだ」
と言いながらフォークとスプーンをつかい始めた彼の作法は、恐ろしいほど奇麗だった。
私の食べ方がおかしいんじゃないかと思えるほどに。
まさにそう、宮中晩餐会とか、そういった席に出る人たちのそれだったのだ。
「なんだ?食べないのか?」
「いえ。食べるわ」
「瑠偉、貴方、親はいないかもしれないけど礼儀作法をきちんと学んだのでしょう?でないとその食べ方は逆におかしいわ。どこで身につけたの、それ」
「幼いころにな。叩き込まれた」
「ならその人のところに帰ることはできないの?」
「…………その人はこの世にいない」
瑠偉の過去についてはこんな返事ばかりだ。
もし瑠偉の言うことに嘘がないのだとしたら、瑠偉は人の幸運が見えると言いながら自分の不幸な境遇はどうしようもないのだろうか。
悪い子ではないと思うのだけど、不幸な境遇にも身を堕とすことなくこうしていることに少しの健気さすら感じてしまった。
***
食べ終わって店の低い階段を下りながら、瑠偉が私に言った。
「どうやって暮らしているか、やり方の一つを見せてやろうか」
と。
そして電車に乗り秋葉原で乗り換えつつ移動した先は有楽町。
下りて少し歩いた先、数寄屋橋交差点近くには、有名な宝くじ売り場がある。
「まさか宝くじ?」
「ああ。大事な収入源の一つだ」
「そんな簡単に当たるもんじゃないでしょ」
「それが当たるんだよ」
「なんで?」
「言ったろ?俺は人の幸運が見えるって」
「ええ」
「もう一つ付け加えるとな、人の幸運はこういうくじ引きみたいなものに対しては当たりくじとその人が結びついて見えるんだ」
「運命の赤い糸みたい」
「なんだそれ?」
「え、知らないの?運命の赤い糸って、将来結ばれる二人の間に赤い糸が結びついているっていう迷信みたいなものよ」
「へー……面白い話だな」
「面白いのかなあ。ロマンの世界ではあると思うけどね」
瑠偉とさっきからそんな雑談をしてばかりだけど、瑠偉は何もしようとせず宝くじ売り場から少し離れた植樹の縁に座って売り場や周囲を眺めているだけだ。
「ねえ、買わないの?」
「まあ待てよ」
そうはぐらかしながら一向に動かない瑠偉に少々苛立ちが募り始めたとき、「お!?」という声と共に瑠偉は唐突に動いた。
「ちょっと行ってくる。これ頼むわ」
「え?ちょっと!」
瑠偉は私に鞄を押し付け、財布だけを持ち早歩きでいくつか空いている窓口の一つに半ば割り込むように並んだ。
列の後ろに付こうとしていた中年のおじさんが、割り込んだ瑠偉にやや不服そうな顔をしながら隣の列に並びなおす。
そのまま瑠偉は列が掃けるとともに売り場に到達していわゆる”スクラッチ”を1枚買い、その場で削って……どうやら当たったらしい。
軽い足取りで戻ってきた彼が見せてくれた手元には5万円が。渋沢栄一氏の顔が5枚分並んでいる。
「どうだ?」
よくある10枚に1枚必ず入っているような300円じゃない。5万円は滅多に当たらない金額だ。
だからやや瞠目してしまったかもしれない。
「本当に当たるのね」
「ああ。このくじは本来俺の後ろにいたおっさんが当てるはずだったものだ。そのつながりが見えたからな。当たりくじが分かるなら買わない手はないだろ」
「信じられない。でもそれなら、この売り場なら1億とか当たるくじだって買えるんじゃないの?」
売り場に視線をやると、前回のなんとかジャンボ宝くじやその前のジャンボ宝くじ、ロト6やロト7の当たりが出たという縁起のいい売り場であると宣伝する広告が並んでいる。
「そんなもん買ってどうすんだよ。言ったろ?俺には戸籍がないから身分を証明できるものもない。だから当たっても受け取れないんだよ。満喫とかの会員証だって他の人に作ってもらったやつだからな」
「ああ……」
「だから今回みたいに、売り場で身分証明なく受け取れる金額のものに限るんだ。ほら、あの一番右手で買ってるおばさんが今手に取った宝くじ、あれは多分2等とか、それくらいまとまった金額が当たるはずだ。俺のこの5万円どころじゃないすごい幸運が見える」
指さしたのは別の窓口にいた身なりのいいおばさん。銀座といって差し支えないような地域によくいる中年女性という感じの装いだけど、あの人は少し先に大金を手にするのか。
「要するにだ、俺はこんな感じで生計を立ててるわけだ。大きな売り場に行くのは顔を覚えられないためだな」
「なるほど、人の幸せを食べて生きているってそういう意味か」
「そゆこと。ただうまい具合にいつもこういう人が見つかるわけじゃないからな。贅沢はできんのさ。じゃ、帰るか」
「帰るって、どこに?」
「とりあえず平井までだな。最近はあの辺をねぐらにしているしな」
「じゃあ、いつかどこかに移動するの?」
「そうかもな」
「そう」
少し、寂しいと思った。なぜかはわからないが、毎朝のように見ていた顔がいずれ居なくなることに寂しさを覚えたのかもしれない。
それから平井に戻った私たちは軽くお茶をして別れた。
特に約束とかはしなかった。きっと天気が良ければまた会えるから。
***
夜。
荒川沿いの、小松川地区にある公園のベンチで一人ゴロゴロしている。
職務質問とやらでも食らったらたまらないから、こちら側からは道がよく見えるがあちら側からは見えにくい場所に陣取り、逆方向に立ち去るルートも確保した上で薄ら明るい灯火に透かして夜空を眺めながら、思い出す。
今日一日一緒にいたサキという女。
彼女に一つだけ、嘘を言った。
サキに今日は幸運は見えないと言ったがそれは嘘だ。
サキは今日も幸運を持っていたのだ。
サキに説明した通り、俺が見える幸運は、幸運の先とその本人が結びついて見えるのだが、その幸運の行先は、俺だった。
そのワケが分からなくて、思わず噓をついてしまった。
こんなことは初めてだ。だからサキが気になってしまい俺のことまでぺらぺらと喋ってしまったし、実演もして見せてしまった。
「なんなんだろうな、これ」
多分明日も晴れるだろう。
要するに、明日もサキと会う。
サキの幸運の行先が俺。
それは俺の幸運の行先がサキだとでも言うのだろうか。
俺自身の幸運は見えないから、俺にとってどうなのかもわからない。
「わっかんねえなあ……さて、行くか」
今日は荒川を渡った先の街。新小岩にでも寝泊まりするか。
そう思い、京葉道路の通る橋へと足を向けた。
明日もサキと会えることを楽しみにしながら。
人の幸せを食べて生きる ちむる @sorakake
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