【アプグレ】自販機&ガチャ:たぬたぬたぬ

 買い物を終えるとすぐそこの彫金工房に戻った。魔法の研磨ローラーは本当に宝石の傷を直してしまう奇跡のローラーだった。


「でも、ちょっと胸にぽっかり穴が空いたような気分……。あのハンマー、ボロボロでも使えなかったけど、あたしには大切な物だったから……」


「わかるよ。けど大切な物はこれから増やしていけばいいと思うよ」


「うんっ、これから嫌でもー、大切なものが1人増えちゃうしねーっ♪」


「そ、そう、だね……」


 そろそろ僕はこの現実を受け止めるべきターンに入っているのだと思う。こうなってしまっては全てを受け入れ、16歳の若さで作ってしまった子供を大切に育むべきだ……。


「あ、そうだー! 家に帰る前に、大事な忘れ物があったんだったー!」


「む……むぅぅぅ……」


 すっかり忘れていた。ロゼッティアとオルベリアはさっき賭けをしていたのだった。


「約束、覚えてるよねー? このお腹が引っ込むまで、リアはあたしのことを――」


「だ……大好きなロゼお姉ちゃんっっ! さっさとお城に帰えるんですっっ!」


「あはははっ、はぁぁーっ、いい気分っ♪ あたしも大好きだよー、リアッ、工房をお願いねっ!」


「う、うぅぅ……せめて、人前では勘弁してほしいんです……」


 顔真っ赤のオルベリアと別れて彫金工房を出た。

 そして僕は脇に抱えていた空飛ぶスケートボード『エアボード』に片足を乗せる。


 等価交換で支払ったのは、幼い頃に兄上にもらった古いペンだ。もう壊れているので、僕にはお守りみたいなものだった。


「やったっ、それで家まで送ってくれるのっ? たのしそーっ!」


「そんなことしないよ、お腹の子が危ないじゃないか」


「おっと、やっとこの子を認める気になったー?」


「最初から認めているよ……」


「超戸惑ってたくせに嘘ばっかー♪ よーしっ、2人で乗ろーっ!」


「ダ、ダメだよっ! お腹から転んだら大変だよっ!」


「大丈夫大丈夫、2人でこうやって一緒に足をかけてーっ、ごーっ!!」


 僕たちは空を滑るエアボードを片足をかけて、もう片足で大地を蹴って家に帰った。

 背中に当たる大きなお腹と、肩にかけられたロゼッティアの両手が僕に幾度となく現実を突き付けた。


 新しい大切なものがそこにあるのだと思うと、僕らが支払った代償なんてなんでもなかった。


「たーのしーっ! ねぇアルト、この子が産まれたらこれ貸してねっ! あたし、あの丘から街までこれで駆け下りたいっ!」


「いやどんだけっ!? そんなのダメだよ危ないよっ!」


 僕の子供はさぞ勇敢になるだろう。

 婚約者とそろって城に帰ってくると、ザンダー爺が隠しきれない笑顔をたたえて僕たちを迎えてくれた。


「仲睦まじいとは、アルト様とロゼ様のことにございますな。爺はこのお姿をお父上にお見せしとうございます」


 ザンダー爺は僕が不在の間もロゼッティアを守ってくれる。改変により生まれたこのエアボードは、僕を一瞬で街へと送ってくれる。


 ありのままの変化を受け入れてしまえば、どれもそう悪いものではなかった。



 ・



 今日建設するのは錬金術工房だけではない。次はカフェさんとの契約を果たすために【自販機&ガシャポン・ポン】をアップグレードする。


 僕は快速で空を駆けるエアボードで城を出て、街にいるはずのポンちゃんを探した。

 最有力候補はモール。グレテールさんの賭場が怪しかった。


「うちのポンちゃん、知りませんか?」


「よう、クソ領主! ポンならさっきまで上司とうちにきてたよ!」


「え、カフェさんと……?」


「なかなか肝のすわったクソアマさ。勝ち逃げされちまったよ」


「2人がどこに行ったかわかりますか?」


 小さなグレテールさんが高圧的に僕を睨んだ。


「ちょっと遊んでってくれたら、あたいも口がゆるむかもねぇ?」


 ポンちゃんたちの居所を聞き出すまでに5連敗。しめて250シルバーを暴力系ロリババァにふんだくられた。


 行き先はコンビニ・たぬまだった。


「支部長ですか……あの人も、大変ですポン……。私ごときのたぬきなら……今頃、胃に穴が空いているポンよ……」


「はは……カフェさん、仕事熱心過ぎて少し怖いもんね」


 たぬまの店長は疲れたしゃべり方をするたぬきだ。朝から深夜閉店まで、いつも焦げ色の強いその顔を店に見かける。

 ちなみに首からは、スピーカーの付いた翻訳機をたらしていた。


「ポンデ・リン支部長ならば、あそこポン……」


 疲れた目のたぬき店長は、黒いその前足を馬車駅の方角に向けた。

 遠くてすぐには気づけなかったけど、そこには公園の木の下で休むカフェさんの姿があった。


「貴方も大変ポンね……。よりにもよって、強欲のカフェ・ブンブク女史に気に入られるとは……。ああ、恐ろしいことだポン……」


「今のところよくしてもらえてるよ。ありがとう、またお弁当買いにくるよ」


「はい、ごひいきにポン……」


 アラームの響くたぬまの自動ドアをくぐると、僕はカフェさんが休む公園に駆けた。カフェさんとポンちゃんはそこで優雅に昼間から昼寝をしていた。


 よく見るとポンちゃんは、上司であるカフェさんの膝の上で眠っていた。


「おや、何かご用ですか、ご領主様?」


「これから早速、自販機コーナーをアップグレードしようと思うんだけど、カフェさんもどうかな?」


「そのために、わざわざ……? ありがとうございます、ぜひご一緒させていただきたく存じます」


 ポンちゃんを抱き上げて、尻尾ごんぶとなカフェさんは立ち上がった。

 ポンちゃんは図太いたぬきなのかもしれない。上司に抱かれているというのに起きるような気配がなかった。


「商会上層部は、あのたぬきの巨大オブジェをいたく気に入っております」


「え……?」


「あの壮大なたぬき像がもたらす、たぬきの威厳。それは、とろくさいたぬきのイメージを払拭させるもの、であると」


「そ、そうなんだ……?」


 巨大ポンちゃん像には威厳も壮大さも感じられない。むしろゆるくて、かわいくて、子供が喜ぶザラキアの癒しスポットが【自販機&ガシャポン・ポン】コーナーだと思う。


「わたくしも感動しております。アルト様はポンデ・リンにもおやさしく、わたくしの自慢の尻尾にも目がない。貴方は我々たぬきのよき理解者なのですね」


「ポンちゃんとカフェさんは好きだよ。さて、そろそろ始めるからポンちゃんを起こしてくれる?」


 ポンちゃん像を正面から眺められるところまでくると、オリジナルのポンちゃん起こした。


<( 懐かしい匂いがするもきゅぅ…… )


「ポンデ・リン、起きなさい、減俸にしますよ」


 えげつないモーニングコールだった。


<「 もきゃぁぁーっっ?! カフェ部門長もきゅぅぅっっ!? 」


「これから貴方の施設をアップグレートいたします。ありがたく思いなさい」


 ポンちゃんは『ミギャーッ』と獣の悲鳴を上げて、上司から僕の胸に逃げ込んだ。


<「 ポンちゃんこっちがいいもきゅ…… 」


「おはよう、ポンちゃん。それじゃ、まずは兵糧の取引をお願いできる?」


 始める前にラクーン商会に兵糧を400売却して、金100を受け取った。


―――――――――――――――――――――

 【兵糧】2131   (+ 1164)

 【金】 1256   (+  850)

―――――――――――――――――――――


 来月には兵糧3000を要塞に納入する約束がある。金も兵糧もギリギリのやりくりだ。さらに莫大な借金まである。


 まあともかく、これで建設資金の金1250を調達できた。さあ投資の時だ!


「ラクーン商会様々だよ。では、建てるよっ、ポンちゃんのワンダーランドをっ!!」


<「 ポンちゃんのもきゅっ!? ご主人様大好きもきゅぅーっ♪ 」


――――――――――――――――――――――――――――――――

 【自販機&ガシャポン・ポン】Lv1をLv2にアップグレードしますか?

 →・是 ・否

――――――――――――――――――――――――――――――――


 カフェさんとポンちゃんに画面を見せてから『・是』をタッチした。


――――――――――――――――――――――――――――――――

 ザラキア領主:アルト(50/100)は【自販機&ガシャポン・ポン】のアップグレードを進めた!

 成功! 建設度が100%となり【自販機&ガシャポン・ポン】はLv2となった!

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