【建設】錬金術工房:バブルガム風味

 新しくなった職人街は今日も活気があった。馬やロバ、台車を引く男たちがひっきりなしに鉱石や材木といった原材料を倉庫に搬入し、一次加工品や商品を搬出していた。


 怒号がひっきりなしに行き交い、ハンマーとノコギリと歯車が大合奏を奏でていた。

 職人街の施設人口は40人。なのだけどそこに運送の人たちが加わると、その騒がしさは大都市の駅前どころではなかった。


 彫金工房はその中では、革工房に次いで静かな施設だった。施設を訪れると、まるで鉄風鈴のような涼しい音色が小刻みに響いていた。


「いらっしゃいませ、旦那さま。ロゼお姉さまなんですね、すぐ呼んできます」


「あ、うん」


 僕が工房を訪れると、オルベリアがこちらに気づいてローラーでの宝石を研磨を止めた。身軽な彼女は子鹿のように跳ねて工房の奥へと消えていった。


「あー、きてくれたんだー、アルトー!」


「はぁ……旦那様からもちゃんと言ってほしいんです……。もうこんなにお腹も大きいんですから、無理をされると困るんです……。赤ちゃん、楽しみなのに……」


 あまり待つことはなかった。

 何やら言い合っていたけど、話を聞くとそういうことだった。僕の婚約者は今月で妊娠7ヶ月目に入っているのに、まだ働こうとしていた。


 僕には理解できない。時間を無為に消費することこそ、人生における最大の娯楽なのに……。


「いや、僕の立場からはちょっと……」


「まあ、そーだよねー♪ あたしをこんなにした張本人が、アルトだもんねー♪」


 正しくは僕ではなく、改変世界の僕だけど、そんな理屈は誰にも通じない。

 ロゼッティアは幸せそうに大きなお腹を撫でた。


「それはそれ、これはこれなんです。まったく、世話の焼けるお姉さまなんです」


 ともかくこの話題が続くのは困る。『僕はこれから錬金術工房の建設に入る。もしよかったら立ち会わないか』と2人を誘った。


「錬金術……あの、そんなうさん臭い人たちを、ザラキアに招くんですか……?」


「まったく最近のリアは文句ばっかりたれちゃってー、反抗期かなぁー?」


「子供扱いしないで下さい。錬金術師といえば、真鍮や黄鉄鋼を黄金と偽って売りつける、詐欺師の代名詞なんです!」


「でもさー、本物の錬金術師かもしれないよー? そしたらさー、色々うちの工房の助けになってくれるかもー?」


「賭けてもいいんです! あのような輩に、そんな力はありませんです!」


 オルベリアは小さいのに現実主義だった。

 しっかりし過ぎててかわいげのない徒弟を、ロゼッティアは明るく受け止めている。かわいくてしょうがないのだろう。


「じゃあリアも付いてきたらいいよー。アルトにはさー、才能を引き付ける不思議な力があるんだからーっ」


「いいでしょう。もし私が正しかったら、ロゼお姉さまにはそのお腹が引っ込むまで、お城でおとなしくしてもらうんです!」


「じゃああたしが正しかったらー、あたしのことを『大好きなロゼお姉ちゃんっ』って、このお腹が引っ込むまで呼んでもらうっ!」


「んなぁぁーっっ?! な、なんなんですかっ、そのド恥ずかしい条件は……っ!?」


 なんとえげつない賭けだろう。しかしオルベリアはその条件を飲んだ。それは心からロゼお姉さまを心配していたからこそだろう。

 姉妹のようなそのやり取りに僕はあまり関わらず、ただかしましい2人を連れて職人街を出た。


 建設予定地は職人街の北。道をはさんだすぐ向かいに建てる。錬金術工房はきっと職人街とのシナジーが期待できる。


 ちなみに元々は田舎道だった北部の道は、あれから人の手によって拡張されて、荷馬車が行き来できる幅に急成長していた。


「じゃあ、やっていいかな?」


「おっけーっ♪ どんな錬金術師さんが現れるんだろうねーっ♪」


「うん、そこはすごく楽しみなところだよね」


「どうせ怪しい詐欺師に決まってるんです! ただの錫を銀だと言って、いたいけな子供に売りつけるようなっ!」


 僕から見て4つ下の小さなオルベリアは、まるで実体験であるかのように錬金術師のあこぎさを告発した。


「本当に悪いやつだったら領主として追放するよ。それにほら、このザラキアに悪い人なんて――」


 いない。そう主張しかけて言いよどんだ。

 あのロリババァ8人衆は大きな収益を上げてくれる一方で、時に戦慄を覚えるほどにあこぎだ……。


「たぶんあたしら、同じ人たち連想してるよね……?」


「せっかくだから言わせもらいますけど私っ、モールのあの賭場が許せないんですっ!」


「そ、そうなんだ……?」


「そうなんです! 今日までどれだけの飴ちゃんとチョコを、あの極悪グレテールにふんだくられたことか……っ! 1つ50シルバーもする高級チョコもあったんですよっ!」


 なるほどぁ……。

 そういう感じで、バクチのシステムが成り立っているのか……。


「とにかく建てるね!」


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 【錬金術工房】

  Lv1【費用 金1000 人材1

          鉄材50 石材50】

     【効果:金・兵糧収入+25%】

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 正面の荒れ果てた元農地を指さすと、いつもの光が辺りを包み込んだ。僕は迷うことなく確認コマンドから『・是』を押した。


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 ザラキア領主:アルト(100/100)は【錬金術工房】の建築を進めた!

 成功! 建設度が100%となり【錬金術工房】が完成した!

 土地整備により木材12を獲得! 石材5を獲得!

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 実行すると整地が行われた。朽ち果てた納屋、低木や雑草だらけの土地が鎌のエフェクトにばっさり刈られ、デコボコに隆起した大地が平らに整えられた。


 瞬く間に石造りの大きな一軒家が建った。高さは2階建てで、店舗と住居が一体化している。その煙突からは得体の知れない赤紫色の煙が上がり、店の軒先には小さな井戸が誕生していた。


 それから大きな特徴がもう1つ。その錬金術工房の左右と奥には、広大な果樹園、ハーブ園が彼方まで広がっていた。


――――――――――――――――――

【錬金術工房:Lv1】

 【効果:】

 【労働者1/1 ドロイド労働者 7/7】

 (現在のザラキアの【求職者】65)

――――――――――――――――――


 農作業型のドロイド人形がどこからともなく現れて、果樹とハーブ園の管理を始めた。


「わぁぁーっ、想像してたよりおっしゃれーっ!」


「怪しいですっ!! なんなんですかあの煙っ、毒に違いないんです!!」


「そうかなー? あまーい匂いするけどー?」


 錬金術工房からはブドウ味のガムみたいな癖のある香りが漂っている。ポンちゃん経営のガシャポン・ポンコーナーに、ガムのガチャも欲しくなった。


「中に入ってみればわかる。行こう」


 ロゼッティアの手を引いて店に進んだ。

 なんだかんだお腹の子が気になって仕方がないのか、オルベリアは先に店のドアを開けて『大好きなお姉ちゃん』サポートしてくれていた。

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