【移住】見捨てられた地:ザラキア
10月上旬、秋――
僕が生まれ育った帝都ホワイトアークは、秋が深まると雪が降り、春が訪れても雪が消えない試されざる地だ。
これまで何度スコップを手に空を見上げ、庭先から憎たらしい雪空を睨み付けたのかわからない。
「ほら見てくれよ、お坊ちゃん! アレが俺っちのしけた故郷、ザラキアだ!」
そんな場所で16年も生きてきた僕は今、樹木もまばらな小高い丘を越えたその先で、国内最南端ザラキアの町を目にすることになった。
「あれがザラキアの町か。思っていたよりも大きいな……」
「いやぁ小せぇ町だよ。けっ、俺っちが町を出たときより寂れてやがる」
このおじさんは退役軍人のコマネチさん。馬車駅で降りたら、たまたま行き先が同じだっただけの陽気なおじさん。
聞けばここの生まれだというので、道すがら色々と教えてもらった。
「昔はもっと栄えてたの?」
「あそこの丘に農場があったんだが、なくなってやがる。可哀想に、あそこの女の子かわいかったのに、国境荒らしにでもやられたんだろうな……」
「ふーん、国境荒らしか……物騒な土地だね」
「なんだよ、よく見りゃ風車もやられてやがる……」
指さされても遠目には風車には見えなかったけど、言われてみればそれは羽を焼かれた風車塔だった。
「ねぇおじさん、風車塔を焼き払うメリットって、何?」
「ねぇよ、そんなの! ちくしょうっ、誰があんなことを!」
丘から見下ろすザラキアの町は、川沿いの農村部では青い小麦が風にそよぎ、小さな住宅地では炊事の煙が上がる、ギラギラとした日差しが降り注ぐ町だった。
この所々荒廃した、けれど暖かく色彩豊かな土地はこれより僕、アルト・ネビュラートの領地となる。
ここにたどり着くまでかれこれ5日もかかった。基本は徒歩、時々乗り合い馬車を活用して、帝都ホワイトアークからはるばる南下してきた。
故郷ではあり得ない鮮やかな色彩、暖かな気候。気持ちのいいこれを感じられただけでも、ここまでやってきたかいがあった。僕は見捨てられた町ザラキアがすぐに気に入った。
「ノワールさん、君からは何かないの?」
ノワールというのは兄上が紹介してくれた護衛だ。北方の人間らしい銀髪に、北方人らしからぬ浅黒い肌が特徴の美貌の女傭兵さんだ。
「しけた町です。国境荒らしへの対応は、別料金となりますがよろしいですね?」
「もちろんその時はボーナスを払うよ。そういう契約だからね」
彼女は作中中盤の敵キャラだ。あるステージで主人公勢力に破れて戦死することになる。
ジョブは【ハイマスター】。兵の指揮能力は極端に低いが、単独戦闘能力に秀でる。
「理解ある雇い主で助かります、
性格はこの通りのクールっぷり。ノワールさんは孤高の女傭兵だ。契約は月5万シルバー+成果報酬となっている。
「へ、この坊っちゃんが領主……? はははっ、やっと喋ったかと思ったら姉ちゃん、冗談言っちゃぁいけねぇ」
「こちらはアルト・ネビュラート。ミュラー将軍の弟君だ」
「あ、あのミュラー将軍のっっ!? あっ、そういや噂、聞いたことある! 銀の目の――」
「黙れ」
僕の気づかってくれたのか、ノワールさんが口をはさんだ。
もう目が光っぱなしになることなんてないので、噂くらい気にしないのだけど。
「ザラキアについて知っていること、アルト様に全て話せ。……私は雇い主を喜ばせたい」
冷たい女傭兵の口元が一瞬ほころび、すぐに消えた。
・
話上手なコマネチさんの案内でザラキアの町に入り、行政官の屋敷の前で別れた。その屋敷こそが僕のこれからの拠点だ。
しかしその庭は荒れ果て、二階の窓には蜘蛛の巣が張っていた。
領主の屋敷と言うより、吸血鬼の屋敷に見える。
国境荒らしが現れる見捨てられた地の行政官。いったいそれはどんな人間なのだろう。
何度入り口のドアを鳴らしても、荒れ果てた屋敷から人が出てくる様子はなかった。
「反応ないね……?」
ノワールさんに首をかしげて見せる。
「そうでもありません。やっと我々に気付いたようです」
ノワールさんはまた一瞬だけ笑って、クールな彼女に戻った。
「あっ、とっ、とっ、うわぁっ?!」
立派な扉の向こうから、若い男の悲鳴と何かをひっくり返したような音がした。
それから少し遅れて扉のかんぬきが抜かれ、扉から家主が現れる。
「こ、これは申し訳ありません、ご領主様っ! 書類作りに気を取られ、とんだ失礼を……!」
ぶっちゃけ、ドラキュラ伯爵みたいなのが出てきたらどうしようかと思っていた。
ところが僕たちの前に現れたその人は、とても穏やかでやさしそうな、丸眼鏡の若いお兄さんだった。
髪は茶色。それをポニーテールにしていて、背が高い。
「初めまして、アルト・ネビュラートと申します。先日よりザラキア辺境伯を名乗らせていただております」
「あ、これはご丁寧に。私はザラキアの政務官のロドと申します」
ロドさんは僕たちを2階の書斎に通してくれた。
すると否応なく、書斎机に積み上げられたバインダーと紙の束が目に入った。
「こちらが引き継ぎの書類です」
「え、これ……全部……?」
「はい、口頭で伝えるだけでは不十分ですので。その他資料はこちらの棚に」
棚にもバインダーが整然と敷き詰められていた。
引継の資料に目を通してみると、彼が非常に希有な人材であることがわかった。
細部まで考慮された、一朝一夕では作れない資料だ。ほぼ完璧と言ってもいい。
彼は屋敷の管理体制こそ酷いものだけど、地方行政官としては極めて優秀な人だった。
「すごい……。わかりやすいし、丁寧によくまとまっている……」
「ありがとうございます、ご領主様」
「……でも、ロドさんは僕と交代で都に戻っちゃうんだよね……?」
「ええ、まあ……。ザラキアには愛着がわいていたのですが、これでも私、帝国のお役人ですので、はは……転勤を命じられれば逆らえません」
こういう人材が隣にいたら楽ができそうだ。
これだけの仕事ができる人間を、このまま都に返してもいいのだろうか。
「ねぇ、ロドお兄さん。お兄さんって、いくら払えば僕のものになる……?」
「な、なんと……!?」
「こんなに優秀な人が、なんでこんなド辺境の役人やっているの?」
「はは……ありがとうございます。ですが私は、私の仕事をしているだけです」
その当たり前の仕事ができるから価値があるんじゃないか。
「いくら払えば僕の家臣になってくれる? お手当、今いくら貰っているの?」
「給料ですか? 恐れながら、月10万シルバーほどですが……」
日本円にして月収100万円か。
とても今の予算ではこの人を雇えない。
「10万シルバーか……。わかった、財政が安定したら手紙を書くよ。その時になったら、僕の家臣になってほしい」
戦国の野望シリーズの箱庭内政では、武将の能力も大事だけど頭数も重要だった。
どちらにしろ、僕だけじゃそのうち手が回らなくなる。
……というか、あくせく働きたくなかったりする。だって僕、昨日までは家事手伝い・自宅警備員だったわけだし。
「わかりました、私もザラキアの今後が気になっていたところでした。ぜひ、その時はご一報下さい。必ずこのザラキアに馳せ散じます」
「本当っ!?」
「はい、貴方とは気が合いそうです。楽しいかもしれませんね、そんな人生も」
そう口約束を交わすと、残りの引き継ぎを口頭で受け取った。
政務官ロドは名残惜しそうに、5年半過ごしたというこのお化け屋敷を出て行った。
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